第44話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第44話》


それは、まだ日が昇りきらない、早朝と呼べる時間だった。


『みなさん、おはようございます!!ルナール・フォックスです!朝早くからすいません、テントから出てきてください!!』


その声を聞き、文字通り言葉に叩き起こされた調査隊のメンバー。何だ何だ、と目を擦りながらも、俺も今にも閉じそうな目を必死に開けながらテントから出る。するとそこには、ルナールを先頭に横に並ぶ、イヌア村の人たちがいた。その光景に、一同の目は覚める。


「村のみんなでよく話し合いました」


先程とは違う、静かな声で、ルナールは口を開く。


「私は、正直言って、この村から出たい一心で、騎士団の試験を受けました。合格すれば騎士団の一員としてアラグリッド王国で暮らせるから。そしたら、村長の件はやらなくても済む。でも、今回のこの一件で決心が付きました」


そうか、騎士団を離れる決心が付いたのか・・・。


まだ働きが甘い頭で思うが、その考えは的中した。


「一度、騎士団を辞めさせてください!私には、やる事ができました。ここの長となり、連れ去られた村人を救い出し、村の安全を確信した後に、騎士団に再び入れるように試験を受けます!」


ルナールの澄んだ声は、周りの森まで、遠く響くのではないかと思う程だった。決意の表れと、覚悟を決めた者の声は、何にも遮られずに俺たちの元へと届いた。昨日、老婆が言っていた『責任感と正義感は人一倍強い』という言葉の通り、彼女は既に、この村の長になるような雰囲気さえ纏っている。俺からしたら年上になるが、まだ村長としては若い部類だ。だが、ここで別れ、次会う時には、彼女が身も心も長としてそこにいる姿が想像できてしまう。


「良いんじゃ

『ダメだ!!』


俺の言葉に、強めに被してきた人物がいた。ルナールは詰まりながらも聞き返す。


「・・・どうしてですか、アレス副隊長」


反対したのはアレスだった。彼は腕を組み、仁王立ちしていた。


「まず1つ。除隊の際は王国の許可が必要だということ。ここで俺たちだけでは判断できない」


まぁ、そりゃそうなるよな。


続け様に、アレスは指を2本立てる。


「2つ。任務放棄は違約金が発生する。例外はあるが、今回の場合だと私情がほとんどだ。まず給料の3ヶ月分の違約金が発生するだろう。果たして今君にそれだけの額が払えるのかどうか」


マジか、それは気を付けないとな。


アレスは3本目の指を立てた。


「そして3つ。これが重要だ。イヌア村の人たちだけじゃなく、俺も、村人を救いたいと思っている。だから、何も君が全てを背負わずとも、俺たちを使ってくれて構わない」


ん、どういう事だ?


3つ目の途中までは理解できるが、最後のは何だ、と調査隊の他のメンバーの頭の上にもハテナが浮かぶ。が、カーニャや、勘の良い面々が、なるほど、と次第に頷く中、俺とアリス、レグルスは分からぬまま話が進んでいた。


「ここで起きた事、そしてジュラス王国に対する処置、並びに村人の救出を、我がアラグリッド王国騎士団に、任務として任せてほしい!!」


そういうことか・・・!!


それなら、ルナールが騎士団を抜けなくても、俺たちが調査隊として活動している間に、王国の騎士団が動いてくれる、というわけだ。その最後の言葉に、俯き加減だったルナールの顔が徐々に上がっていった。


「・・・それじゃあ・・・」


「あぁ、君が騎士団を辞める必要はない。一緒に戦おう」


「・・・はい。ありがとうございます」


ルナールの目は、まさに『火』の魔法使いと呼ぶべき程に燃えていた。ここにきてまた別の任務が増えたのだが、気になるのはまだあった。


一番はやっぱり、エドワーズ・アテンサムの事だよなぁ。


分かっているのは、奴が、かつてアラグリッド王国と戦争をする程対立していた『ジュラス王国』にいるということ。そしてそこの遣いの者と言っていたことから、こちらと同じ騎士団のようなものがあり、それの任務でイヌア村まで来たということなのだろう。


にしても、【魔石の精製】って一体・・・。


などと考えていると、深刻な空気から流れを変えるように、老婆が口を開いた。


「改めて、助けてくれた事に礼を言わせてくれ。儂(わし)はこのイヌア村の現村長のシャルル・フォックスと申す。ルナールは孫じゃ」


シャルル婆が頭を下げると、残された村人も頭を下げ、それにつられるように、俺たち騎士団の調査隊も頭を下げる。


「ルナールから聞いたのじゃが、お主達は、この村の古くからの伝えの『朝、昼、夜が1つになる時、悪しき権化が顔を覗かせる』というのを、何かしらの答えに繋がると思って、来たのじゃろ?すまぬな、今となってはこの言葉の真の意味は分からぬ」


彼女は申し訳なさそうに首を横に振る。俺たちの中にも、少し溜め息が漏れる声が聞こえていた。


「じゃが、儂なりに、一晩考えてみた結果、1つの伝説を思い出した」


伝説・・・?


「かつてこの大地には、3頭の龍がおった」


龍、だと・・・?


ファンタジーの代表格である存在がいた事に、俺の胸は高鳴る。


「赤龍(せきりゅう)、緑龍(りょくりゅう)、黒龍(こくりゅう)。赤龍は太陽を創り、緑龍は森を創り、黒龍は海を創った。赤龍と黒龍が覇権を争うようになり、その戦闘の果てがこの世界の大地となった。最初は2頭で争っていた事が、緑龍も加わり三つ巴になり、そして3頭がぶつかった瞬間、1つの石が生まれた。それが【魔石】じゃった。それを人間が拾い、魔法使いが世に現れるようになった」


ルナールが言っていた村に伝わる言葉に酷似してるな。


『朝、昼、夜が1つになる時、悪しき権化が顔を覗かせる』。朝が赤龍、昼が緑龍、夜が黒龍と位置付ければ、『1つになる時』は3頭がぶつかった瞬間の事。そして『悪しき権化』は【魔石】という事になる。


こんな上手くいって良いのかな?


順調な事はこの上ないが、順調過ぎて少し不安すら覚えてきていた。こういう時、何かしらのアクシデントは付き物だ。用心しておく事に越したことはない。


「アレスさん」


「あぁ」


俺はアレスと目を合わせて頷くと、彼も考えは同じだったようだ。


「シャルルさん、情報提供ありがとうございました。またジュラス王国からの襲撃がないとも言い切れません。今後の村としての動きはどうするおつもりですか?」


「それなんじゃがのう。儂らはこの地を捨てようと思うとる」


!?


「大丈夫なんですか・・・?」


俺は、昨日シャルル婆が言っていた事を思い出す。『この場の誰よりも村を愛し、人を愛し、土地を愛しておる』本当に、これで良いのだろうか。いや、これ以上の被害がない事に越したことはないが、産まれ育った地を離れるというのは、相当の覚悟が必要だ。


「儂らは愛する者が居ればそれで良い。その者が居る所で安住できれば幸せなのじゃ」


シャルル婆は両手を合わせて拝んだ。それは先日のジュラス王国の襲撃で命を落とした者たちへの弔いの意味と、この地を離れることを許してくれという意味だろう。


「それでしたら、アラグリッド王国の領地に村人を移住できるか掛け合ってみましょうか」


それを聞いて、カーニャが案を出した。


「私が所属している防衛部隊は、領地を警らするのも業務の1つです。隊長に領地の空きを確認します」


「それじゃ、このまま調査を続ける為に残る者、一度王国に戻り事の経緯を伝える者の2班に別れよう。それでどうかな、コウキ?」


アレスが俺にゴーサインを求めてきた。その考えにはもちろん賛成だし、むしろ今後のイヌア村の人たちの事を思うと、それが一番良さそうだ。


「はい、それで良いと思います」


俺の一言で、アレスとカーニャが動き、すぐに2班に別れ、各々が目的を確認し合う。


「それでは私たちはイヌア村の方々を護衛しながら王国に一度帰還します。合流はどうしましょう?」


カーニャの問いに、アレスは頭を捻りながら答えた。


「そうだな・・・。ここから少し戻り、かつジュラス王国の領地ではない港町が西に行ったところにある。船乗りは各地に赴く故に、情報通が多いから、そこで龍の事を聞こう」


港町、か・・・。そういえば、同期のシャークが港町出身って、アイザックが前に言ってたな。


「アレスさん、その港町の名前は?」


「夕陽の港・トラモントだ。」


トラモント・・・。


こうして俺たちは2手に別れ、カーニャたち数人のグループはイヌア村の人々の護衛兼、一時帰還で報告。残った者たちは途中まで同行しつつ、西の港町、トラモントへと向かうのであった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第45話》へ続く。

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