第43話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第43話》


「どういう事だ・・・!?」


俺は先程のエドワーズの言葉に睨み付ける。『邪魔するんだね?』この言葉が何を意味しているのかは分からないが、奴らがこのイヌア村を襲った事は明白だ。


「お前は何者だ?」


アレスがゆっくりとした口調で怒りを露わにした。


「申し遅れました。私はエドワーズ・アテンサムと申します。『ジュラス王国』の遣いの者です。以後、お見知り置きを。アラグリッド王国の騎士団の皆様?」


『ジュラス王国』という言葉を強調して、俺たちに自己紹介をしたエドワーズは、口元をニヤリと上げた。すると俺以外の調査隊のメンバーが背筋をピクッとさせる。


ん、みんなどうしたんだ?


この世界の情勢がどうなってるのかは分からないが、俺にはただ、虎の威を借る狐のような気がしてならなかった。


「・・・お婆さん、『ジュラス王国』って、一体・・・?」


俺が問い掛けるとゆっくりと静かに口を開いた。


「我々、イヌア村が領地を置かせてもらってる国じゃよ・・・。今となっては過去の話にはなるが、お主たちアラグリッド王国と敵対し、戦争すらしていた国じゃ」


え・・・?


「我が国に敗れて衰退したはずでは・・・」


アレスが呟く。その顔は、信じられない、と言ったところだろうか。


「私もそこまで詳しくはないのですが、かつて『凶星』と謳われたカイゼル・ベル騎士団長も、今や現場には出ず指揮を執るだけ・・・。アラグリッド王国の新人たちの腕もたかが知れている。それを踏まえて、我がジュラス王国では、長年研究していたあるプロジェクトをスタートさせました」


エドワーズは靴をいやらしく鳴らしながら俺の前へと来た。


「【魔石の精製】ですよ」


悪寒すら覚えるその笑った顔は、背筋をゾクッと震わせた。


「しかしそのプロジェクトには圧倒的に足りないものがあった。何だか分かりますか?それはーーー」


まるで教鞭を振るうように、エドワーズは俺たちを見回した。ふふん、と、靴の次に今度は鼻を鳴らして答えを明かそうとしたその時、簡易安置所の外から別の男の声がした。


『エドワーズ・アテンサム!何をしている!帰還命令だ!』


そう呼ばれた本人は、やれやれ、と言った顔で首を振り、小さくため息を吐いた。


「この答え合わせは、またのお楽しみ、だ」


「待て!!」


俺の叫びも虚しく、エドワーズは簡易安置所から出て行った。色々と謎が生まれたが、今は何もできない。外にいる奴の気配が消えたのは、そこから数分経った後だった。

一同は黙ったまま、俯くだけだった。しかしその空気を良い意味で壊したのは、アリスだった。


「ふんっ、あれぐらいの奴、私の魔法でチョチョイのチョイよ!」


それを聞き、アレスを始め俺たちは自然と笑みが溢れた。が、事は深刻を脱してはいない。この村で何が起きたのか、まずはそれを聞かないことには進まない。ルナールは簡易安置所の角に腕を組んでもたれており、何とも言えない、悲しみや怒り、虚無が入り乱れた表情をしている。俺は改めて老婆に目線を合わせた。


「お婆さん、ここで何が起きたのか、ゆっくりで良いので話せますか?」


すると、老婆はゴニョゴニョさせながら、口を開いた。


「あ奴らは、突然村を襲った。『火』の放出系の魔法使いたちに村を焼かせ、抵抗した奴らを武力で制圧し、村中の男どもを連れ去った・・・」


その話は、聞くだけで目を背けたくなるような凄惨ささえ窺えた。


「この村の人たちも、魔法は使えたんですよね?」


「中には使えん者もおったが、3分の1以上の者は使えたはずじゃ」


俺の問いに、老婆は顎に指を這わせて思い出すように答えた。


「・・・まさに、多勢に無勢とはこの事じゃ。我らは、なす術なくものの数分で制圧されてしまった。そしてその後に、お主らが来た、というわけじゃ」


「先程の男が【魔石の精製】について触れていましたが、ここにはそんな技術者がいるんですか?」


「いや、そんな奴はおらんよ。むしろ、何故この村が襲われたのかを我らが教えてほしいくらいじゃ」


アレスが口を挟むと、老婆は緊張が解けてきたのか、徐々に口が達者に動くようになってきていた。そして老婆はルナールを一目見る。


「ルナール。先程のお主の感情。儂(わし)が一番無力を感じて嘆いておる。この場の誰よりも村を愛し、人を愛し、土地を愛しておる。怒りを覚えておるのは、お主だけではない」


彼女はグッと唇を噛む。


「・・・分かってる。ごめん」


そう言うと、ルナールは簡易安置所から出て行った。俺は後を追おうとするが、老婆に腕を掴まれて止められた。


「あの子はここの時期村長候補の1人。内に秘めた責任感と正義感は人一倍強い。幼い頃に、人前では涙は見せぬと己に誓ってからは、謝ってからどこかに行ってしまう。察してくだされ」


辛いのは自分だけではない。それは誰しもに言える事。吐ける場所がないから自分で作るしかない彼女の心境は、この場の誰もが全てを理解しきれないだろう。


ここはそっとしといてやろう。


それから俺たちは、一先ず亡くなった村人の弔いをすべく、ルナール不在の中、残った村人たちと共に村の外れに墓を立て、手を合わせた。

その夜、唯一倒壊を免れた家に残された者たちが集まり、俺たちは外でテントを張って野営と見張りをすることになったが、ルナールは『みんなと過ごさせてほしい』と言い、アレスや俺たちはそれを快諾し、送り出した。


今後の村の事について話し合っているのかな。


あんなことがあったその日の夜に、宴をするわけがないとは思うが、ルナールはもしかしたら、騎士団を離れるかもしれない。そう予感がしていた。村に残り、復興の手伝いや、時期村長候補としての仕事に就いた方が、村のためにもなるだろうし、何より、あれだけ抱え込んでいるルナールを見るのは初めてだったから、余計に彼女の事が心配になってしまう。ルナールの事を思えばこそ、ここに残った方が彼女自身のためになるのではないか、そう思っている自分がいる。


それが唯一残された幸せになる道なのかな。


そう考えながら、夜が更け、俺も眠りについたのだった。そして翌朝、俺たちはルナールの声で目を覚ます事になる。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第44話》へ続く。

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