第42話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第42話》
【ダンデライオン】と唱えたアリスの両手からは、無数の炎による光が出現した。それらは風に乗るたんぽぽの綿毛のように浮遊し、赤く光るナイトウルフの目の方向へフワフワと飛んでいく。決してゆっくりではないが、目で追って体の動きを止めてしまう程の優雅さを纏っており、気付いた頃には、俺たちを囲んでいるナイトウルフ全ての額にくっついた。
「そぉーれ!!」
アリスは開いていた掌をグッと握る。
ドォォォン!!!!!
刹那、ナイトウルフの額にくっついた炎の綿毛は大爆発を起こした。爆風によって巻き上げられた中には誰も居なかったテントや、薙ぎ倒された木々たちが、その威力を物語っている。
これがアルタイルの言っていた『火の古代魔法』、【ダンデライオン】・・・。
綿毛1発の威力は俺の【エアロブラスト】には劣るだろうが、広範囲に攻撃ができるのが強みだろう。アリスは振り返ると、綺麗なVサインを俺たちに見せ、ニッと笑った。
「終わりましたっ!」
「お、おう・・・」
あまりの衝撃的な出来事に、これ以上の言葉が出てこなかった。アルタイルを見てみると、目を輝かせてアリスを見つめていた。
次の日、ナイトウルフの奇襲を跳ね除けたアリスはアルタイルに付き纏われ、酷く迷惑そうな顔をしているのを俺は見て見ぬふりを貫いた。初日の夜にナイトウルフの襲撃があってからは、2日目も3日目も4日目も、多少の魔獣の襲撃はあったものの、1人で蹴散らせるか、戦闘とは呼べるレベルではない、『火』を見せただけで怯えてしまう弱い魔獣が来る程度だった。
全ての魔獣が脅威ってわけではないんだなぁ。
ここまで幅広い性質を持つのだから、もしかしたら、人語が通じる魔獣もいるのかもしれない。
そういう時は話し合いとかできたら良いのになぁ。
無駄だとは思うが、思うのはタダだ。まるでクラスのマドンナが自分に一目惚れしてくれる程の淡い期待を持ちつつ、予定日の最終日、俺たちは目的地のルナールの故郷のイヌア村まで、もう後少しのところまで来ていた。天候にも恵まれ、道中のアクシデントもなく、むしろ少し予定を早める事ができるぐらい、時間には余裕があった。
「後どれぐらいなんだ?」
「この森を抜けたらイヌア村よ」
俺の問いに、ルナールが答える。
この5日間で調査隊のメンバー全員と仲良く、とまではいかないが、世間話が自然とできるようにはなっていた。最初こそリーダーに反対していた防衛部隊・副隊長補佐のカーニャ・グラタンでさえ、話し合いの中で俺のゴーサインを待つようになっている。彼女の魔法はまだ見れてはいないが、その口ぶりから強力な物に違いない。俺は未だにあの時のカーニャがリーダーを降りた理由の『私は、もっと違うところで力を発揮する人間ですので』という言葉が戦闘において活躍する、ということだと信じている。世間話のついでに聞いてはみたものの『ふっ、まだ秘密です』の一点張り。
今回の最初の遠征で全員の魔法は見れるのかな?
まだ魔法を見れていないメンバーもいる。何せ俺含めて15名いるのだから、これ程ワクワクする事はない。
あ、デネブさんは非戦闘員だった。
彼の研究している『転移(てんい)・転送(てんそう)魔法』については、この5日間でまだ話すきっかけすらない。昼間歩いている最中は、カーニャの判断で私語は無し。それは歩く距離を稼ぐためには仕方のない事だったが、俺としては少し寂しいところもあった。学生の遠足みたいだったからだ。
「・・・待って・・・!?」
そんな事を考えて歩いていると、突如ルナールの足が止まった。
「どうした?」
「何か焦げ臭いような・・・。嫌な予感がする」
何か思い詰めた様子で走り始めたルナールの顔は焦りと不安の表情をしていた。俺たちも急いで森を抜ける。そしたらそこには、本来なら広大な草原と共に、独自の文化を持つ集落が存在しているはずだったであろう場所に、荒れた焼け野原と、壊滅寸前の1つの集落があった。数ある家屋は崩れ、複数人が倒れている。中には倒れた家屋の下敷きになっている者もいる。
「・・・これは・・・!?」
ルナールよりも先にカーニャが口を開く。
「何があったんだ・・・?」
アレスも心配そうだ。と、ルナールが一目散に倒れている者に向かって走り出した。
「おい、ネアン、何があった!?」
倒れている少女の肩を揺さ振る。しかし反応はない。
「・・・・・・!!」
言葉にならない声を必死に堪え、ルナールは生きている者がいないか、しきりに辺りを奔走する。
『誰か!!生きている者はいないか!!』
「俺たちも動くぞ!!《水》の放出系の魔法が使える奴は消火活動に当たれ!突撃部隊の力自慢は倒壊した家屋の撤去、他は人命救助だ!!1人でも多くの命を救え!!」
アレスは慣れた様にみんなを動かす。そして言われた通り、《水》の放出系は先陣を切って消火を始める。アレスの言う『突撃部隊の力自慢』とは、初日に彼と一緒に丸太を担いで来た奴らの事だった。すぐに3名が出動し、1人で家1つを持ち上げては人のいない焼け野原に投げ込んでいた。
「俺たちも人命救助だ!!」
見惚れていては救える命も救えない。俺は声に出して無理やり体を動かす。
そしてものの数分で、アレスの指揮のおかげか、はたまた個々の能力が高かったかは分からないが、すぐに鎮火し、倒壊した家屋は撤去され、小規模といはいえ村人を全員、集落の外に設けた簡易安置所へと運び終えた。故郷の窮地に涙1つ見せる事なく物怖じせずに突き進んだ彼女は、俺に言葉を返すと横たわる1人の老婆の横に立つと、胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。余りの速さに、俺たちは呆然とするしかなかった。
「お前が居ながら、何故死人が出る!!!」
今まで見た事のない迫力のルナールに、俺たちは呆然を超え、唖然としていた。無言の老婆に彼女はさらに攻め立てる。
「この惨状はいったい何だ!!私が居ない間に何が起きた!?」
「・・・・・・」
「・・・お前じゃ話にならん。誰か、説明できる者はおるか!?」
ルナールは掴んでいた老婆の胸ぐらを乱暴に離すと、スタスタと簡易安置所内を歩き回る。
「・・・大丈夫ですか?」
俺は目線の高さを合わせてその老婆の肩に手を乗せると、その老婆は俺の手の上に更に自身の手を重ねて震えるだけだった。
ずいぶん冷たい・・・。余程の出来事があったんだな。
俺は顔を上げ、周りを見渡す。するとある事に気が付いた。
「あれ・・・、男性がいない・・・?」
俺の言葉に調査隊全員が振り向き、顔を見合わせる。ルナールもハッとした表情だ。刹那、ゾッとする悪寒とともに、1人の男の声が簡易安置所に響き渡る。
『おやおや、まだ男がいたんですか?』
聞き覚えのある声に、俺やレグルス、アルタイルとルナールも咄嗟に振り返る。
「・・・お前は・・・!!」
そこに立っていたのは、かつて俺たちと同じ試験を受け、合格したにも関わらず『試験は腕試しだった』と言い自ら辞退した、同期のカペラとシャウラの因縁の相手、エドワーズ・アテンサムだった。
「君は確か、試験の時の・・・。そうかい、邪魔するんだね?」
彼は試験の時の服装とは違い、カブトの無い騎士の様な白い甲冑を身に付けていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第43話》へ続く。
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