第40話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第40話》


「さぁ、イヌア村までは5日の行程を掛けて進む。皆のもの、体調は良いか!?」


アレスの声に、俺以外の13名の背筋が伸びる。リーダーである俺は、アレス達が議題に挙げた事の、最終決定を決める役目となった。しかし俺も経験不足。そんな俺を支えてもらう為に補佐に任命したのは、突撃部隊・副隊長のアレス・サーロインと、防衛部隊・副隊長補佐のカーニャ・グラタン。そしてもう1人、アレスとカーニャが話し合っていた時に口を挟んでいた男、遊撃部隊兼調査機関に所属しているデネブ・ボロネーゼだ。彼は遊撃部隊に所属しているものの、籍だけ置いている調査機関の研究員だという。普段は戦闘には参加しないのだが、今回の調査隊を編成するにあたり、調査機関と浅からぬ関係の、陽動部隊・

隊長のシリウス・ホーキングからの強い推薦があり、同行している。栗色の短髪からは優しさしか感じられない好青年で、俺は彼の研究している題材に興味しか湧かなかった。『転移(てんい)・転送魔法(てんそうまほう)』だ。俺が元の世界に戻る為の情報の1つとして、彼を同行させてくれるようにしてくれたのかは分からないが、仲良くしといて損はなさそうだった。


しかし、俺の周りに居る人間のファミリーネームがサーロインにグラタンにボロネーゼ、か。


改めてこちらの世界のファミリーネームには驚かされる一方だ。


お腹いっぱいになりそうだな。


そんな事を思いながらも、アレスの話は終わりを迎える寸前だった。


「それじゃ、最後に、コウキ。喝を入れてやれ!」


彼は振り返り、俺に合図をする。俺はコホンと1つ咳払いをすると、目線が集まる。


あー・・・やり辛い・・・。


昔から注目される事には慣れてはいたが、現役軍人達の視線の圧は凄い。刺さるを通り越してもはや貫かれそうだった。


「えー、と・・・。俺は、今回のこの調査に、命賭けてます。何としてでも情報を持ち帰り、これからの事の階段の1段目としたいです」


俺の言葉に、嘘偽りはない。命は賭けないと帰れないし、何としてでも元の世界に帰る為の情報は持ち帰りたい。そう、嘘偽りは全くない。俺の言葉を聞いて、感嘆のため息があちこちで聞こえた。心に刺さった人たちが多かったようだ。


「それじゃ、出発!!」


『おぉぉぉぉ!!!』


俺の声を遥かに超える大きさで、俺たちを先頭に出発する。


「アレスさん、今日の野営の場所なんですけど」


同期の遊撃部隊に配属されたルナール・フォックスの故郷、イヌア村までは、地図を見た限りおよそ120kmぐらい。5日間の行程だとアレスは言ったが、大人の足でも徒歩で時速約4km、そして山越えもあるとなると、1日約6時間以上は歩くことになるだろう。後半になるに連れて過酷さは増すだろうから、初日でなるべく距離は稼いでおきたい。


「そうだな・・・」


と地図を見ながら歩くアレス。この辺の地理には詳しくないので、俺は決定を出すだけで立案は他の者に任せる。


「初日だから、距離を稼いでおきたいというのもあるが、無理もできん。だから、ここはどうだろうか?」


俺が思った事と全く同じ事を思っていた彼が指を刺したのは、王国から約20km程離れた、沢がある山道。水もあるし、見晴らしも良さそうだ。何かあってもすぐ対応できそうな場所だった。


「ここは俺が昔、拳術の修行に使っていた場所でな。昼間は野生の猪とか熊とか出るから、ちょうど良かったんだよ」


などと笑顔で話すアレス。


いやいやいやいや、猪!?熊!?猛獣じゃん!!・・・って、俺も魔法使えるじゃん。


誰も得をしない、損もしない自問自答で頭の中を整理する。後、今俺がいるのは元の世界の軍隊よりも強い集団かもしれない事に、安堵のため息を吐いた。


たかだか野生の猪や熊で驚いてはいけない。俺たちはそれよりも強大なモノを倒してきたじゃないか。


俺は自分に言い聞かせ、歩みを進める。

そして、特に変わった事がないまま歩き続け、俺たちは本日の目的地である、沢のある山道に辿り着いた。朝から出発したから、まだ陽は降りかけの途中だ。明るい内にテントを建ててしまおうと、男陣が奮闘する。


「よーし、お前ら!ちゃっちゃと建てて美味い飯を食おう!!」


『おおおお!!』


アレスの掛け声と共に、男性陣が続々とテントを建て始めた。場所は太陽を遮るような高い木が乱立している林の中にある開けた場所で、すぐ横に広めの沢がある。澄んだ水がある事から、あまり人の出入りは無さそうなのだが、やけに整地されているような場所に、やや困惑気味だった。


「小さい頃に行ったキャンプ場を思い出すなぁ・・・」


「キャンプ場・・・?」


と感慨に耽(ふけ)っていると、レグルスが顔を覗き込んだ。


「あぁ、こうやって、テントを張って仲良い奴らで集まって、肉焼いたり魚焼いたり、野営を楽しむ所だ」


そういえば何年も行ってないなぁ。


家族との思い出も、その小さい頃のキャンプで止まっている気がした。ただ、場所は変わっても仲の良い奴らで集まってキャンプをするのは楽しい事に変わりはない。


まぁ、初対面の奴らの方が多いけどさ。


「あ、テントは3人1組で男女で別れるみたいだよ。僕たちは同期同士で、コウキ兄ちゃんとアルタイルさんと同じテントで寝るんだって」


「そうか、アルタイルも一緒か」


古代魔法の事を知っている彼とは、少し話をしてみたかったところだ。何か関係があれば、情報として持っておきたい。そうこうしている間にもテントは合計で5基建てられ、すぐに女性陣により飯の用意がされ始めた。焚き火が数カ所、その周りに座るのか、丸太を数本、アレスと力自慢の奴らが持ってきていた。


すげぇパワーだな。


圧巻のショーを観ているようで、数名から拍手を頂いていた。


「よし、じゃあ肉を獲ってくるか」


へ?


と疑問を投げかける前に、アレスと一緒に丸太を担いでいた数名が林の中へと入っていった。そしてものの数分後、彼らは巨大な猪を担いで帰ってきた。


「速いな、おい」


ツッコミを入れるも、彼らは親指をグッと立てて満足そうだった。そこからは流れるように解体がされ、鍋に入れられて野菜と共にコトコト煮込み、あっという間にシチューが完成した。辺りには何時間と煮込んだかのような深みのある香りが広がる。



・・・グゥゥゥ〜・・・・・・。



その匂いを嗅ぎ、俺の体は正直に応えた。


「ちょっと早いが、飯にするか?」


その音を聞いてか、火の番をしていたアレスは笑みを浮かべながらこちらを向く。


「・・・そうですね、ゆっくり食事を摂りながら、明日以降に備えて体を休めましょう」


俺が恥ずかしそうに答えると、それを聞いた他の連中も盛り上がり、一斉に食事が始まった。

宴会の様に盛り上がりを見せた最初の晩飯は、体に染み込んでいくようだった。


こんなに飯が美味いと感じたのは何時ぶりだろうか。


そして時間はあっという間に過ぎ、辺りは暗くなった。火の番をする者、再び林の中で狩りをしてその肉を食らう者、酒盛りをする者、早めにテントに入って体を休める者、様々だった。俺は俺で、体を休めたいのとアルタイルに話を聞きたいのとで、持ってきていた布を沢で濡らして体を拭き終えるとすぐに、俺たちが寝る予定のテントへと向かった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第41話》へ続く。

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