第38話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第38話》


がやがやとした、まるで学生が合格発表を待っているかのように、グランツ城内の屋外演習場には王国騎士団の全隊員が顔を連ねていた。見知った顔は、同期や隊長たちも合わせると20名程だが、全隊員はそれらを遥かに凌ぐ人数だった。各部隊ごとに集まっているのだが、俺は唯一の【無所属】。隊長たちが前に並んでいる中に、しれっと俺も混ざって並んでいる状態だった。


背中に刺さる視線が痛い・・・。


俺の背中に集まる視線は、大多数が『何だアイツ、何で隊長たちと同じところに並んでるんだよ』と聞こえてきそうな程、嫌な圧力があった。


「この度は、よくぞ集まってくれた」


前に立つ、騎士団長のカイゼルが静かに言葉を発する。すると自然と、先程のガヤガヤとした学生の雰囲気から一変、そこには誇りを胸に抱いた一介の騎士たちがいた。突き刺さる嫌な圧力から、息が詰まる程の圧力になり、俺はその圧力を受けながらも姿勢を正し、カイゼルの方へと向いた。


「先のモグラ型の魔獣の奇襲の際、みな、よく働いてくれた。まだ回復しておらぬ者も中にはいるが、まずはご苦労だった、と言葉を添えておく」


彼の言葉を、隊員たちは一時も目を逸らさず聞いている。


「さて、早速本題だが、今日集まってもらったのは他でもない。もう既に何名かは知ってはおるだろうが、モグラ型の魔獣から【黒ずんだ魔石】が出た。その【黒ずんだ魔石】の解析は、調査機関で行っておるが、流石に限度があるようで、今回、その【黒ずんだ魔石】の調査をするべく、隊を組む事にした」


カイゼルは場を見渡す。


「今から名を呼ぶ。呼ばれた者は前に来るように」


更に空気が変わる。こういう時、選ばれる人間はどの様な基準で選ばれているかによって今後のモチベーションは変わる。俺みたいに、それを足掛かりに本懐を遂げようとしている者は別として、これがどれだけやりがいのある仕事なのか、昇進に影響があるのか、今後の伸びしろを期待されての指名なのかは分からない。適材適所という言葉もあるくらいだから、もしかしたら研究者や、学者や、そう言った類に特化した人たちも選ばれるのかもしれない。しかし逆に、選ばれる者が厄介者やら問題児だらけだと話は変わってくる。そいつらにそういう仕事を回すということは、騎士団から追いやりたい、もしくはめんどくさい仕事、という認識になる。


さてさて、どういう人選になるのやら。


そうこうしている間にも名前は次々と呼ばれていっていた。今のところ、ざっと見た感じ10人ぐらいだろうか。各部隊から2〜3人ずつ選出されている。


ちゃんとしたやつなのか?


選ばれた者からは脱力の雰囲気は感じられず、むしろ覇気を纏っているような、やる気に満ちているような、形容し難いが、少なくとも負の感情は感じ取れない。


ということは、割と栄誉ある仕事みたいだな。


一緒に行ってくれる人たちにいい加減な人は居なさそうな事に俺は安心した。


お?アルタイルも選ばれてる。ルナールも?あ、レグルスもだ。


見覚えのある同期たちに一安心すると、カイゼルが最後に俺を見た。


「タニモト・コウキ!」


「はいっ!」


呼ばれるや否やすぐに返事をし、前に出る。


「以上、15名が、今回選出した調査隊のメンバーだ。色々準備もあるだろうが、明後日の朝、出発してもらう。では、他の者は解散。調査隊に選ばれた者たちはここに残り、リーダーを決め、明後日以降のスケジュールを決めると良い。では、武運を祈る」


そう言うと、カイゼルはその場から去り、流れるように調査隊以外の隊員が解散し始めた。


「さぁ!リーダーを決めよう!」


そう言葉を発したのは、俺の見覚えのある顔だった。その大柄な男は、頭に鉢巻きをし、最初に会った時とは雰囲気とはまるで違う、突撃部隊の副隊長のアレス・サーロインだった。


もうこの人がリーダーで良いんじゃないのか?


俺がそう思うより早く、1人が手を挙げた。


「あの、誰かを決めるより、アナタがやれば良いのでは?」


「ん?君は?」


アレスが声のする方へ振り向く。彼の視線の先には、真面目そうで眼鏡を掛けた少女がいた。綺麗な黒髪のおかっぱで、遊撃部隊のスケジュール管理係のエヴァ・グラタンに似ており、エヴァより目つきを少し鋭くし、ほんわかした雰囲気をピシッとしたような、どこか似てるが似ていない。そんな女性だった。


「私は、防衛部隊所属、副隊長補佐のカーニャ・グラタンです」


カーニャ・グラタン。・・・カニグラタン・・・。


恐らく遊撃部隊のエヴァ・グラタンと双子の姉妹なのだろう。髪型と目つきと纏う雰囲気以外は体格もソックリだった。階級的には彼女の副隊長補佐より、アレスの副隊長の方が上なのだが、カーニャはアレスに食ってかかる。


「この場の誰よりも、リーダーにはアナタが相応しい。少なくとも、私はそう思います。突撃部隊・副隊長のアレス・サーロインさん?」


ズイッと自身が身に付けているメガネに手を掛けながら詰め寄ると、アレスも目を逸らしながらも、その圧に困りながらも後ずさる。


「いや、俺は今回、ソフィア隊長からリーダーに任命されても降りろ、と指示されてるんで、できないんだよ」


ははは、と乾いた笑いを浴びせると、カーニャも大きめの溜め息を吐いていた。まとめ役とリーダーは似ていても役割は違う。恐らくアレスは、現段階ではまとめ役だ。誰か立候補してくれるならありがたいのだが、他のメンバーは目線を動かし、明らかになすりつけ合っている。


こんなんで大丈夫なのか・・・?


同期のアルタイルやルナール、レグルスでさえ戸惑っていた。目が合うも、首を小さく横に振る。レグルスは首が取れるんじゃないかと思う程に横に振っていた。


まぁ、新人にやらせるほど甘くはないか。


俺がそんな事を考えている最中にも、アレスとカーニャの間にまた誰か男性が割って入って話をしている。


また増えてるし。


「ですから、アナタ以外に適任がいるとは思えませんので、頼んでいるわけじゃないですか」


「いや〜、そんな事言われてもねぇ・・・」


「はぁ・・・、突撃部隊のソフィア隊長は、こんな栄誉ある仕事を『やるな』とは、また酷な事言いますね。うちの隊長なら豪快に笑いながら『受けろ』と言いそうですけど」


「じゃあ、カーニャ、君がやれば良いだろ」


「私は、もっと違うところで力を発揮する人間ですので」


アレスとカーニャ、そしてもう1人の男性の会話が次第にヒートアップしていきそうな雰囲気に、周りの集中力も切れかけたその時、アレスの視線が俺の方を向いた。


「コウキ、ちょっと来い!」


あ、嫌な予感する。


【無所属】だから階級が関係あるかは分からないが、渋々俺は呼ばれた方へと向かう。


「この騎士団、唯一の【無所属】、タニモト・コウキだ」


アレスは俺の肩をガシッと掴む。


「それがどうしました?」


カーニャは腕を組んでいる。もう1人の男性も、心許なさそうに俺を見ていた。


「俺は、コウキが適任だと思う!既に全隊長と同格に話す事ができる胆力、強力な魔法、誰とでも仲良くなれるコミュニケーション能力!これらを考慮して、俺は彼をリーダーに推す!!」


・・・やっぱり。


それを聞き、カーニャは再び溜め息を吐いた。呆れているのか、失望しているのかは分からないが、納得していなさそうだ。


「アナタはそれで良いの?」


釣り上がった目尻が俺を睨み付ける。整った顔が蔑む様な顔になるのは、ゾクゾクする奴らが現れそうだ。カーニャの問いに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。それを見た彼女は、すぐさま言葉を挟ませる。


「じゃあ、テストしましょうか。ここにいる全員を納得させる程の力があれば、リーダーとして私もアナタを推薦し、立てましょう。どうですか?」


正直なところ、やりたいわけではないが、やりたくないわけでもない。誰もいなけりゃ、その内自分から挙手しようと思っていたところだ。


「・・・分かりました。それで大丈夫です。魔法を見せれば良いですか?」


「そうね。アナタがどんな魔法を使うかは知りませんが、あの木に一撃与えて、どれ程の損傷が出るかで判断しましょう」


カーニャは、グランツ城の屋外演習場にある大木を指差した。


「アレを攻撃すれば良いんですね?分かりました!」


と、俺はマスクを外して鼻を弄る。もう、この手の場面でのクシャミはお手の物だ。側から見れば、何してんだコイツ、と思われそうだが、その間にもクシャミは出そうになっている。


来た来た!!


「まぁ、あの大木ですから、幹の半分ぐらい削れれば良い方で

「ぶえっくしゃい!!!!!!」


カーニャの言葉をかき消す程の大きさのクシャミは、古代魔法【エアロブラスト】となり、対象の大木にぶつかる。刹那、当たった幹は抉り取られ、その太さを優に超えて大木を薙ぎ倒してしまった。轟音が辺りに響いた時には、その場にいた全視線は俺に集まり、呆気に取られていた。


「あ、あ、アナタ、一体何者なの・・・!?」


動揺を隠しきれないカーニャの横に、腕を組んで頷いているアレスが口を開く。


「なっ?コイツが適任だろ?」


彼はニカッと笑っていた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第39話》へ続く。

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