第37話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第37話》
俺は、驚いていた泉に、事の経緯を説明した。先日のモグラ型の魔獣から黒ずんだ魔石が出てきた事、それの研究のために調査隊が編成され、それに自分が入れる手配をソフィアがしてくれている事、そしてマスクを受け取った事。彼女は『おめでとう!』と喜んでくれた。
これだけの事を伝えるのに、ほぼ1日掛かってしまった・・・。
今日1日を振り返っただけで疲れが増しそうだったが、これでようやく一歩が踏み出せそうだと考えると、大きな一歩になった事に充実感が込み上げてきそうだった。
「じゃあ、今日もお祝いしなきゃね!」
今日『も』か・・・。
俺は騎士団に合格した時の事も思い出す。あれからまだ1ヶ月も過ぎていないが、進展としては順調であろう。
「うん、ありがとう!・・・だけど、今日はごめん、疲れてるんだ」
作った笑顔は泉にはどう映っただろうか。嬉しそうに見えたか、悲しそうに見えたか、それとも、寂しそうに見えたか。普通に考えれば、お祝いを断った事により生まれた罪悪感から、不快感を与えないように作った笑顔に取るだろうが、今日の俺は本当に疲れているだけだった。笑顔を作るのもこれが精一杯。
「そう?あ、訓練とかあるもんね!ゴメンね、そんな事も分からないで・・・」
申し訳なさそうに謝る彼女の顔はシュンとしていた。本当はそうではないのだが、と思いながらも話題を変えようと、俺は階段から降りてきた事を話す。
「そ、そういえば、この上に住まわせてもらってるの?」
すると彼女は、頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに答えた。
「えーと、まぁ、そんなところかな?本当は自分で探して住むところ決めようとしてたんだけど、ここのオーナーが、探してるならうちの2階の空いてる部屋使いなよ、って言ってくれてね。ここで働いてるスタッフの何人かはここに住んでるの」
住み込みって事か。
何にせよ、王国内から出てなくて良かった事と、知っている場所にいた事に安堵した。
「もうご飯は食べたの?」
「あ、うん、さっきね」
「そう・・・」
次第に細くなる彼女の声に、妙な罪悪感を覚え、泉が来てから食べた方が良かったのか?と次の言葉を詰まらせた。
「最近、私も元の世界の料理をいくつかここのレシピに加えさせてもらってるの」
あぁ、それで『皿うどん』みたいな料理が出てきたのか。
こちらの料理ではなく、俺たちがいた世界の料理だったことに驚きはないが、合点はいった。
騎士団に合格した時に泉が出してくれた『白身魚のポワレ』。それ以外にもメニューに続々と加えられているということは、彼女の腕が信頼されている証拠だ。
「それは凄いね!もしかして、このままこっちでお店を出せちゃったり?」
調子に乗って言ってしまった事に、俺はハッとした。泉を見ると少し俯き、制服の裾をギュッと掴んでいる。
バカか俺は!あの時は精神状態が不安定だった事による発言だったじゃないか!
あの時とは、泉とこちらの世界に飛ばされてまだ日が浅い頃の事。初めて異世界の料理を食べた後に腹が満たされて安心したのか、半狂乱状態になった時に彼女が発した『それで最終的には、こっちでお店を持つのも良いなー・・・』という言葉。余りにも衝撃的だったので忘れる事はなかったが、今のは明らかに口が滑った事を後悔している。
「あ、いや、今のは・・・冗談だよ・・・?」
泉の顔色を窺うも、彼女は気にしてなさそうに顔を上げた。
「そ、そうだよね・・・!私が、こっちの世界でお店出すなんて・・・。・・・ずっといるわけじゃないもんね・・・」
彼女も取り繕ってはいるが、明らかに動揺はしていた。これがどういう意味だったのか、言葉の真意は分からなかった。
もしかして、帰れないってなったら、本当にこっちでお店を持つ事をするのだろうか。
会話の流れからはそう考えるのが妥当だろうが、帰れない、という選択肢は、本来あってはならない。『帰りたい』という気持ちと『帰れない』という現実は共存してはいけないのだが、この時は、彼女にとってはこのまま帰らない方が幸せなのかもしれない、と思ってしまった。それは元の世界での泉の失敗を無かった事にするための逃避。
『帰れない』という道もあるのかもしれない。そうなったら、覚悟を決めよう。
それは、ここで永住する覚悟、王国騎士団の一員として職務を全うする覚悟、元の世界に残した幼馴染みに2度と会えない覚悟。しかしそれは、帰れないという現実が目の前に現れた時にすれば良い。今は、まだそうと決まったわけではない。むしろ帰れる可能性を探す事は始まったばかりだ。
「うん、そうだよ。だから、ここでやれる事は、やれるだけやろう」
何の具体性もないが、今はこれしか言えない。
「うん・・・!」
すると泉もそれに応えるように笑顔になり、先程まで掴んでいた裾を払って、できかけていたシワを伸ばし、『ビッグ・ディッパー』のホールへと歩いていった。
何としても、今回の遠征、成果を上げて帰ってこよう・・・。
と胸に誓いを立てた矢先に、泉はホールへ向かう足を一瞬止めて振り返った。
ん?
「そういえば、ここのお客さんに『異世界から来た人』を知っていて、『最近その人を見てない』って言ってる人がいるのを思い出した!」
え?
「毎日もう少し後の時間に来る人だから、私の方も、少しでも情報集めとくね!」
えぇ!?
そう言うと泉は人混み賑わうホールの中へと混ざって行った。唐突に告げられた思わぬ情報に言葉が追い付かなかったが、不確かな情報に嬉しさは込み上げていった。全くないよりかは、疑いの段階でもあった方が良いに決まってる。仮に徒労に終わったとしても、足掻いた事が結果に残る。
「・・・マジか・・・!」
泉の疲れが吹き飛ぶ言葉を抱えながら俺は寄宿舎に帰り、訓練の日々を乗り越え、いよいよ調査隊発表の日を迎えるのだった。
あ、泉さんにリゲル隊長の好物を作ってもらうよいに言うのを忘れてた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第38話》へ続く。
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