第36話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第36話》
「ぜーっ・・・ぜーっ・・・!」
俺は町中を走り回っていた。泉が泊まっている宿を知っているであろう人たちに場所を聞いては、『あの人なら知ってるかもしれない』という不確かな情報を信じ、そこに行ったらまた知ってるかもしれない人を紹介されるという、わらしべ長者感覚の人探し。一度覚悟を決めてしまえば苦ではないのだが、昼間から動いているために汗は止まらず息は上がる。最初に陽動部隊長のシリウスに聞いてから、王国の給仕長兼料理長のマルナ、突撃部隊長のソフィア、遊撃部隊長のリゲルを経て、今度は防衛部隊長のプロキオンの元へ向かってる最中なのだが、これがまた見つからなかった。
「どこにいるんだ・・・?」
太陽が落ち掛け、人々は夕暮れを急かす様に帰宅を始めている。ここに来る間も、道ゆく人々にプロキオンが居そうな場所を聞いて回っていた。もちろん、防衛部隊の隊室は確認済みだ。
「こうなったら、いっそのこと・・・」
俺は一か八かで、とあるところに顔を出す。
『いらっしゃいませ〜。お好きな席にどうぞ〜』
来たのは、アイザックの親父さんが経営している居酒屋兼食事処の『ビッグ・ディッパー』。時間はまだ早いが、プロキオンに会うのが先か、泉に会うのが先か。もうここまで来たらこのまま食事を摂りながら泉を待つのが早いかもしれない。そう思いながら、俺はカウンターに腰を下ろす。
「あの〜・・・」
座るや否や給仕の女性を呼び止めようと手を挙げる。メニューはだいたいオススメを注文している。俺は嫌いな食べ物はない。しかし給仕の女性は止まることなく、聞こえなかったのか別の場所で呼ばれた先に行ってしまった。
「あの〜」
まだ時間的には忙しいとは言い難いが、程よくガヤガヤした店内では、俺の声は届かなかったらしく、またしても店員はスルーしていった。
「あの!すみません!」
今度は強めに呼び止める。
『はいはい〜、注文ですか〜?』
雰囲気柔らか目の女性が俺の声に反応し、メモ帳を取り出した。
「本日のオススメを1つお願いします。飲み物はオレンジジュースで」
酒に酔っていてはちゃんと報告できない気がする。モグラ型の魔獣が襲来した際、酔っていなければもっと迅速な対応ができたかもしれない、という事もあり、今回は止む無く酒は断念したのだ。
「お待たせしました〜。オレンジジュースです〜」
先程の女性が俺の目の前にオレンジジュースを置いた。辺りは徐々に活気を増し、料理が来る前には全席の7割が埋まっていた。
そろそろプロキオンさんも来そうだな。
「お待たせしました〜。本日のオススメの『揚げ麺の餡掛け』です〜。ごゆっくりどうぞ〜』
そう思いながら待っている最中に、早速料理が運ばれてきた。『揚げ麺の餡掛け』。元の世界で言うところの『皿うどん』の様なものだろう。パリパリの麺を解す度に上の熱々の餡が絡み、小気味いい食感を生み出している。餡自体には塩ベースの味があり、しかし単調な味ではなく、肉の出汁、野菜の甘味が溶け出していて食が進む。
これは美味い・・・!
散々走り回った後の塩気が体に染み渡り、疲労もどんどん回復しているようにも感じる。
空腹だった俺はそれをガツガツと食べ、あっという間に皿は空に。少し物足りないぐらいだったが、今はこの舌に残る微かな奥深い味の余韻に浸りたかったのもあり、後は残ったオレンジジュースをチビチビと飲みながらプロキオンか泉を待とうとしていた。がその時、店の外で鈍い大きな音が響いた。
ドゴォン!!!
その音に店中はどよめいた。何事かと俺もカウンターからヒョイと外に目をやる。するとそこには、プロキオンと、その周りに倒れている3人の男たち。
「え、何してんの、あの人・・・?」
俺はテーブルにお代を一先ず置き、外に飛び出す。
「プロキオン隊長!」
「おう、コウキ。ちゃんと食ってるかぁ?」
「ええ、今日のオススメは美味しかったです・・・じゃなくて、何してんすか!?」
俺はプロキオンではなく、倒れている3人へと視線を向ける。お世辞にもキレイな服とは言い難い、ところどころつぎはぎのある服を着ている、言い方が悪いが、ゴロツキの様な人たちだった。
「こいつらは前々から騎士団に捕縛の依頼があった奴らだ。獲物を探して角から顔をヒョコッと出したところを儂(わし)がとっ捕まえてやったのよ」
プロキオンは腕を組んでいた。
何だ、そういうことか・・・。
『プロキオン隊長!遅れて申し訳ありません!』
『すいませんでしたぁっ!』
ん?
俺は聞いたことのある声に振り向く。
「お・・・」
そこには、防衛部隊に配属された同期のアルタイル・イーグルハートとシャーク・レゴイースの2人が走ってこちらに来ていた。
「ん?」
「あ?」
2人とも俺がいたことに気付いた様子で、手を挙げたり、振ったりして挨拶を交わした。
元気そうだな。
「アルタイル、シャーク、こいつらを頼む」
『はいっ!』
気持ちのいい返事をすると、彼らは3人に手縄をし、王国の方へと連行していった。地下に牢屋がある事は俺は知っている。こちらの世界に来た最初の朝、部屋を爆破させた事により一時的に幽閉(ゆうへい)された。恐らくあの3人もそこに入れられるだろう。プロキオンの捕り物を見終えると、ギャラリーもいつしか解散し、プロキオンもどこかへ消えていた。
「あ、あれぇ?プロキオンさん、どっか行っちゃったのかな?」
ポツリと呟き、俺は店内に戻る。するといつの間にかプロキオンが俺のいた席に着いて酒を飲んでいるではないか。
「いや速いなぁ!」
遠巻きにツッコミを入れ、俺は席がなくなってしまった事で手持ち無沙汰になり、気分も変えようと一回トイレに行く事にした。いつの間にか満席に近い程に席が埋まっている中をすり抜け、突き当たりの更に角を曲がった奥にあるトイレへと駆け込んだ。
ジャーッ
ふぅ・・・。
この世界の文明の進み具合からして水洗なのはやはり魔法の力を使っているのか、俺たちが前に居た世界と大差はない。
これもミヤビさんが一枚噛んでたりして。
そう笑いながらトイレから出ると、目の前に設置してある、右に向かって2階に続く木製の階段が目に入った。人がすれ違えれるほどの幅がある階段は、一歩毎に軋みそうな古めかしい見た目になっていた。
2階もあったのか・・・。今は閉鎖してるのか?
見上げると、明かりすら点いていない。前までは2階にも席があったが、何かの理由で使わなくなってしまった、というところだろうか。憶測に過ぎないが、不気味な雰囲気のある階上に、思わず目を逸らす。
「と、とりあえずプロキオンさんに泉さんの事聞いてみるか・・・っ」
とその場を離れようとした瞬間、階段の上から木が軋む音が聞こえた。俺は立ち止まり、唾を飲み込む。聞き間違いかどうか確かめるために息を殺し、耳を澄ませる。
・・・ギシッ
確かに音が聞こえている。しかもその音はだんだんと階段に近付いている。
・・・離れないとヤバいか・・・?
再び、音が鳴りそうな程に唾を飲み込む。しかし今は俺も王国騎士団の一員。もし泥棒とかなら捕まえなくてはならない。迷ってる暇はない、階上の足音や軋みは確実に近付き、この目の前の階段から確実に降りてくる。
一旦隠れよう。
俺はトイレの扉を少し開け、階段の様子を窺(うかが)う。ものの1分もしない内に、規則正しい足音を立てながら、何者かが階段を軋ませながら降りてくるのが確認できた。が、その降りてきた何者かは、俺が今一番会いたい人だった。
「え、泉さん!?」
彼女も俺の声にビックリした様子で、目を丸くしていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第37話》へ続く。
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