第35話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第35話》


「え!?分からない!?・・・ですか・・・?」


俺は突撃部隊の隊室で大声を出してしまった。先程会議室から戻り、自分のデスクで書類に目を通している最中のソフィアは耳を塞ぎ、周りにいたアレス副隊長や、他の隊員は目を丸くしていた。


「何をそんなに焦っておるんだ?」


アレスが、そんな俺を心配そうに気遣う。


「いや、焦ってはいないんですけど・・・」


「この王国を出てるんであれば、門の警備兵が見ているはずだ。今のところ何の報告もないし、王国内にはいるだろう」


冷静に返され、俺も少し熱くなっている頭を冷やす事ができた。少しでも吉報を早く伝えたいだけなのだが、周りからみたら焦って見えたようだ。


「そういえば、宿を借りて暮らしてる、とまでは聞いてはいるんだがなぁ・・・」


その宿を知りたいんですけどねぇ。


「リゲルに聞いてみてはどうだ?アイツは王国ではあるが、片田舎の出身だ。下町には詳しいだろう」


今度はリゲル隊長か・・・。


何故か泉が寝泊まりしている宿が下町にあるかを限定したのはさておき、俺は突撃部隊の隊室を離れ、リゲル・サンドウィッチが隊長を務める遊撃部隊の隊室に行くのであった。

場所は突撃部隊の隊室から2、30メートル離れた同じ階の部屋。扉の作りも同じだ。



コンコンッ。



『どうぞ〜』


俺のノックに答えたのは女性の声だった。


そういえば遊撃部隊の隊室に来るのは初めてだな・・・。


開くドアに胸を躍らせ、俺は誘われるがままに隊室へ入る。すると、出迎えてくれた女性は、まるで新卒社員の様にリクルートスーツを着ており、手にはA4サイズぐらいのクリップボードを持ち、メガネを掛けた、何とも知的な方だった。黒いストッキング姿も何とも言えない。年は俺より少し上だろうか?しかし、俺より小さい身長なところが何とも良い。


この世界にもストッキングみたいな物があるんだなぁ。


視線に気付いたその女性は少し顔を赤らめてクリップボードで足を隠す。


あ、見てたのバレてた。


すぐさま目を逸らし、頭をポリポリ掻く。


「あ、あの、失礼ですが、どちら様でしょうか?」


メガネの女性はコホン、と1つ咳払いした。


「あ、俺〜・・・、いや、私は、タニモト・コウキと申します。どの部隊にも所属はしていませんが、一応、王国騎士団の一員です。今日は遊撃部隊のリゲル隊長に少し聞きたい事があって隊室までやってきた次第です」


自分の立場からして、接点のある人以外からは『どこの馬の骨とも分からん奴に隊長と話なんかさせられるか』と思われる、もしくは言われるのが妥当だろう。俺は、少しでも悪い印象を持たせないように丁寧に言葉を選んで説明した。


いずれお世話になるかもしれないんだ、ここで正式に挨拶しといても損はないだろう。


「これはこれはご丁寧に」


メガネの女性も深々と頭を下げた。


「私は遊撃部隊のスケジュール係のエヴァ・グラタンと申します」


エヴァ?グラタン・・・?・・・エビグラタン・・・。


リゲルのファミリーネームのサンドウィッチと言い、この人と言い、遊撃部隊はお腹が空く名前の人が多いらしい。


そういう集まりなのか?


名前に少し親近感を覚えながらも、俺はリゲルを探す。


「あ、リゲル隊長でしたら、今は屋内演習場に居られるかと」


「屋内演習場ですか?」


「はい、先日のモグラ型の魔獣の奇襲の際に空いた穴を塞ぐのに、『土』の放出系の方々と一緒に行って指揮を執ってます」


俺たちが戦った奴のところか。


場所は分かる。久しく話してないというのもあり、俺はエヴァにお礼を言うとすぐさまグランツ城内にある屋内演習場へと向かった。

現場では、穴を埋める方が数名、出入りを繰り返しており、その中にリゲルはいた。


「あ〜、そうそう、その辺にザーッと流し込んじゃって」


「リゲル隊長!」


「ん?」


俺の呼び掛けに、彼は振り向いた。


「どうしたのかな、無所属のタニモト・コウキ君?」


嫌味な言い方に腹が立ちそうになったが、俺は年上だ、冷静に行こう、と自分をなだめる。リゲルはこれが平常運転なのだろう。


「泉さんの泊まってる宿、知りませんか?ちょっと彼女に話があるので」


「今忙しいんだよね〜」


「そこを何とか・・・!」


何か知っていそうな雰囲気に、俺は食い下がる。懇願する俺の姿に気を良くしたのか、リゲルは少し考え、あからさまに、うーん、と口にした後に開いた。


「じゃあ、サヤカに会った時に、僕の好きな食べ物作ってきてくれる様に頼んでもらえる?」


「そんなのお安い御用ですよ!」


俺の顔が一気に明るくなる。リゲルの好物が何かは知らないが、それだけの事なら全然許容範囲だ。


「で、泉さんの泊まってる宿は・・・?」


「え?そんなの知らないよ?」


「・・・はい?」


俺の時間が一瞬止まった。


「何で僕がサヤカの寝泊まりしてる宿まで知らなくちゃいけないのさ」


「いや、さっきの会話の流れから、知ってるもんだと・・・」


「ほら、作業の邪魔邪魔!早く行きなって!あ、さっきお願いした事はちゃんと伝えてね〜」


「・・・はい」


何か、とてつもなく損した気分だ。


振り返った俺の背中が余りにも寂しい雰囲気を醸し出していたのか、リゲルが最後に言葉を投げ掛けた。


「プロキオンなら知ってそうだけどね。あの人毎晩飲み歩いてるみたいだから、サヤカの寝泊まりしてる宿ぐらい見当付くんじゃない?」


「あ、ありがとうございますぅ・・・」


今度はプロキオンさんかよ・・・っ!


色々振り回され、心身ともに疲れが見え始めた頃だが、まだ泉には辿り着けそうにないことに俺は落胆した。


こうなったらとことん振り回されてやろうじゃんかよ!


こうなれば半ばヤケクソだった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第36話》へ続く。

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