第34話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第34話》
「ふんふふ〜ん♪」
俺は上機嫌で部屋を後にし、鼻歌混じりに廊下を歩いていた。これで元の世界に帰るための準備が始めれるかもしれない、と思うと、心が先走って仕方がない。早く調査隊の編成がされ、王国の外で活動できる日が来ないものか。今からワクワクが止まらなかった。
とりあえず、泉さんに報告しなきゃだな!
真っ先に思い浮かんだのは、一緒にこの世界に飛ばされてきた泉の顔だった。彼女も、アイザックの親父さんが経営する居酒屋とレストランを合わせた飲食店『ビッグ・ディッパー』で働きながら、情報を得ようとしている。そんな彼女にも、第一歩を踏み出せるチャンスが巡ってきたと報告するのは、義務の他ならない。
「まだグランツ城の中に住んでるんだっけか?」
まだ働きに出る時間じゃないだろうから、以前泊まらせてくれていた部屋に行ってみることに。
「おい、コウキ!」
「ん?」
聞き慣れた声に振り向くと、そこにはシリウスがいた。先程会議室で別れた後に追ってきたようだった。
「どうしたんですか?シリウス隊長?」
「これをお前に渡すのを忘れてたんだよ」
彼は右手に持っていた袋を俺に渡した。開けてみると、そこには革製のマスクが2枚入っていた。
これは・・・!
「モグラ型の魔獣が現れた日にミヤビさんが突然現れて、飯をたらふく食った後にこれをコウキに渡しそびれた、って言い残してそのまま帰ってしまったんだよ」
・・・あれはマスク渡しに来てくれてたのか。
途中から空腹を満たす事が目的になってた気がしたが、しっかりと仕事してくれてた事に感謝し、ようやくこれで人目をはばからずにクシャミ出来ることに安堵しかなかった。
まぁ、今までもあまり人前でクシャミしたことないんだけどさ。
そんな事を思いながらもイソイソとマスクを着ける。着け心地は悪くない。むしろ元いた世界のマスクよりも着け心地は良い。肌に馴染むような気がする。
「どうだ?その、マスクとやらは」
「良いですね。アンチマジックベアーの獣臭さは全くないですし、革地なのに通気性も抜群です」
それを聞くとシリウスは、ほぉ〜、と興味津々な顔でマジマジと覗き込んできた。やはり、こちらの世界にはない代物だから気になるのだろう。しかしこのマスク、本当に革地かと疑う程に通気性が良い。
やっぱり魔法の力が作用してるのか?
再び外し今度は俺がマジマジと眺める。
こんなん売り始めたら儲かるだろうな〜・・・。
と要らぬ企てすらも考えさせてしまう程ミヤビの作った物は素晴らしく、是非他の人にもこの感動を分け与えたくなってくる。そういう妙な魅力を放つ物だった。
「良いな〜、俺もミヤビさんに頼んでみようかな」
この世界、風邪とかオーソドックスな病気なさそうだから必要ないだろうな〜・・・。
「泉さんはもうこのマスクは受け取ったんですか?」
「あぁ、サヤカが飯作ってたんだろ?その時に貰ってるはずだ」
「今からちょっと泉さんのところに行くんですけど、まだグランツ城の中に住んでるんですよね?」
俺がそこまで言うと、シリウスは何かを思い出したように手を叩いた。それに俺は驚いてのけぞったが、彼はそれを気にせず話した。
「サヤカはこの城を出たんだよ。それで、今は宿を借りて住んでる、らしいぞ?」
らしいぞ?って・・・。
「いや、そんな事ですか・・・」
シリウスの思い出した事に少し落胆したが、自分の予想とは違った事が何よりも驚きだった。
「どこにいるかは分からないんですか?」
「さぁな〜・・・。マルナさんなら知ってるんじゃないか?」
マルナさん、このグランツ城の給仕長と料理長を務める女性だ。泉が一度弟子入りを志願している事と、数日前にミヤビにご飯を作りにこの城のキッチンを使わせてもらったのであれば、行き先を伝えられている可能性は高い。
同じ女性同士だし、何かあった時の為に話してるだろう。
「分かりました。マルナさんに聞いてきます」
「おう、また宜しく伝えといてくれ〜」
シリウスの言葉を背中に受けながらも手を振って返し、俺はグランツ城のキッチンへと足を運んだ。中では数人のシェフが今日の晩ご飯の為に仕込みをしている最中で、全員黙々と作業をしていた。声を掛けるのを躊躇する程だ。そんな中にマルナさんを見つける。
うわぁ〜・・・。話し掛け辛ぇ・・・。
彼女も黙々と野菜の皮を剥きながら、献立と睨めっこしていた。しかし俺は意を決して声を掛ける。
「あ、あの〜・・・」
「下ごしらえ終わったのかい!!!???」
耳がキーン、となる程大きな声が俺を貫く。
「おや、君は確かサヤカと一緒にいた・・・」
「あ、えーと、コウキと申します。今は、騎士団に所属してます」
耳を押さえながらも軽く自己紹介を済ませ、俺は泉の所在を聞く。
「泉さん・・・いや、サヤカさんが今泊まってる宿を知りたいんですけど、マルナさん、どこか知ってたりします?」
俺の質問に、マルナは野菜の皮剥きの手を止めずに答えた。
「さぁ〜、知らないね〜・・・」
「そうですか・・・」
残念さが顔に出ていたのか、マルナは気を使い、新たな情報をくれた。
「ソフィアお嬢さんなら知ってるんじゃないかしらね?結構頼ってたでしょ?」
あぁ、確かにソフィアさんなら知ってるかもしれないな。
「ありがとうございます!聞いてきます!」
威勢の良いお礼と共にキッチンを後にした俺は、次は突撃部隊の隊室へと向かった。が、しかし、この泉探しが、まだ始まりに過ぎない事を俺は知らない。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第35話》へ続く。
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