第33話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第33話》


「誰だ、知り合いか?」


「シリウス隊長が以前紹介してくれた人だ!」


俺はアイザックの質問に背中越しに返しながら、ミヤビの元へ走っていく。


「一体どうしたんですか!?こんなところで!」


彼女はお腹を押さえており、以前会った時の様な元気さはなかった。


「あぁ、コウキ・・・。お腹、空いたのデース・・・」


はい?


「何か、食べさせてくだサーイ・・・。じゃないと・・・」


・・・じゃないと・・・?


「雷が落ちマース」


「え?」


俺が聞き返したと同時ぐらいに、ミヤビのお腹が鳴った。



グゥゥゥ〜・・・。



と同時に、彼女の体に雷が落ちる。



ドォォォォォン!!!!!



俺たちはその衝撃に吹き飛ばされ、土煙で視界を遮られてしまった。がしかし、その土煙はすぐに晴れ、パリパリと帯電しているミヤビの姿が目に映った。


ミヤビさんの魔法は確か『雷』。俺の魔法の発動条件がクシャミ、泉さんがアクビ。もしかして・・・。


俺たちがこちらの世界に来たと同時に生理現象が魔法に変わってしまった事を考えると、恐らく彼女の発動条件は『空腹』。お腹が鳴り、空いていればいる程、その威力が増す、と言った感じだろう。


俺の【エアロブラスト】もそうだしな。


クシャミが大きければ大きい程、威力が増しているのは、肌で、いや、鼻で感じている。泉のアクビも、長ければ長い程その間ブラックホールが展開されたままだった。


いや、それはそうと・・・!


このまま空腹で歩き回られると、更なる被害が出かねない、と、泉に叫ぶ。


「泉さん!ミヤビさんに何か食べる物作ってあげて!!」


それを聞いた彼女は、事を察した様子で親指をグッと立てて走って行った。


「さて、と」


その後ろ姿を見送ると、俺は黒焦げになっているモグラ型の魔獣と相対する。


「こりゃ、すげぇ・・・」


感心する程の威力に、ただただ自分たちの情けなさを痛感していた。が、真に心に傷を負ったのは、シャークであろう。自分の魔法をいくら撃っても会心の一撃にはならず、急に現れた女性の一撃によって沈黙し、その人は『お腹が空いた』と言うだけ。事情を知っている俺や泉、シリウスにとっては、『流石!』の一言だが、何も知らないであろう人たちにとっては何が起こったんだか分かっていないだろう。


「・・・」


そんな中、シャークは黙ってモグラ型の魔獣を見つめていた。


「・・・あんまり気にするなよ?あの人は災害みたいなもんだ」


我ながら失礼な言い回しをしたのは、シャークを傷つけないためだ。自分自身の魔法も、側から見れば災害なのだろう。なんせ『古代魔法』なのだから。現代の人々が使わない、もしくは使えない魔法だ。それが使えるとあれば、羨む人間もいれば、妬む人間もいるだろう。俺はそういう立場にある事を、ミヤビのこの一件で再確認することができた。


「自分、悔しいっす・・・!」


シャークの一言は、重みがあり、今までの行動、やり取り、全てが詰まった一言だった。滲む涙、握る拳。大きな背中はたちまち震え、彼は静かに泣いた。声にならない、押し殺した涙は地面に落ち、やがて渇いた。と、シャークの肩をルナールが軽く叩いた。


「まだ終わってない。仕事はちゃんとやろう」


「・・・あぁ・・・!」


あぁ、何か良いな、こういうの・・・!


シャークには悪いが、物語の一幕を観ているようで、胸が熱くなる。まるで一人称視点の映画をずっと観ているようで、この世界は飽きない。


「避難してきた人たちの誘導を!」


まだまだ避難してきている住民は多い。俺たちは必死に平常を取り戻しつつ、避難誘導、防衛を繰り返した。そして気付けば、朝日が昇っていた。朝日を浴び、モグラ型の魔獣たちは一目散に王国の中央に開いた穴から逃げていき、瞬く間に無音の空間を作り上げた。ところどころでは歓声や雄叫びが上がっている。


「はは・・・終わった・・・」


その場にへたり込むと、緊張の糸が切れた様に、他の3人も仰向けに倒れ込んだ。シャークは爆睡し、ルナールはそれを見て笑い、アイザックと俺は安堵の表情を浮かべた。そんな中、避難してきた街の住人たちが帰宅を始めていた。


『ありがとな、兄ちゃんたち』

『かっこよかったよ!』

『ホント、うちの子にしたいぐらい!』

『何かあったらまたよろしくね』


老若男女、何人から声を掛けられたかは分からないが、俺も聞き取れたのはこれぐらいだ。後はその場で寝てしまっていた。

王国騎士団が街の人から慕われているのは、有事の際に活躍し、尚且つ、街の平和を守る民衆のヒーローの様な存在だからだろう。いくら軽く酔ったまま入眠しようとしていたところを叩き起こされようが、いくら緊急指令だと言ってモグラ型の魔獣を相手にしようが、最後の感謝の言葉を浴びれば、どんな苦痛すらも吹き飛んでしまう。


人の言葉には強い力があるなぁ。


まるで寝言の様に心の中で呟いた。

そしてその悪夢の様な夜明けから数日が過ぎた。訓練に明け暮れる中、俺はソフィアに呼ばれてグランツ城内の会議室へとやって来ていた。中には各部隊長がいた。


「来たか、コウキ」


俺は何を言われるのかと思い冷や冷やしながらも一歩、また一歩と進んだ。


俺何かしたか?


この数日、何ら変わった様子もなかったから逆に怖かったが、いよいよ何か動きがあるのか、と内心、不安とワクワクが交錯していた。ただ変わったというか何というか、この数日は人の出入りが普段より多かったぐらいだろうか。


「ここ最近、やたらと魔獣の出現が多かった」


お?


「先のバッファロー型の魔獣は元より、モグラ型の魔獣と研究機関に預けて調査したところ、余り喜ばしくないんだが、モグラ型の方から、少し黒ずんだ魔石が発見された」


「少し黒ずんだ魔石、ですか・・・?」


思わず復唱してしまった。魔石は無色透明、もしくは白濁色だ。それは最初のバッファロー型の魔獣や、ウサギ型の魔獣でも確認している。


黒ずんだ物が出た、ということは、どういうことだろうか。


予想できるのは、悪意の強い物か、変異種か、それかただの汚れか。最後の汚れについては冗談だが、もし仮に悪意の強い魔石が生まれ、それが王国に入り込んでいるとなると、今後、街の人たちが危険に晒される事が増える可能性がある。


「その黒ずんだ魔石というのは、解析が済んでるんですか?」


「それがまだなんだ」


小さく溜め息を吐くソフィアに、遊撃部隊長のリゲルが捕捉した。


「こんな物は初めてらしいよ」


王国の研究機関がどれ程の技術があるのかは分からないが、初めての物は誰もが興味を示す。


「・・・それで、その黒ずんだ魔石と俺にどういう関係があってここに呼ばれてるんですか?」


「あぁ、それはだな。お前、王国の外に出て、元の世界に帰るための情報を集めたいんだろ?」


防衛部隊長のプロキオンが俺の頭をワシっと掴む。


「は、はぁ・・・」


俺は『誰かに言ったっけな?』と思いながらも愛想笑いをすると、陽動部隊長のシリウスが口を開いた。


「今回のこの黒ずんだ魔石の元を調査したい、ということで、王国の外に出て調査をする班を作る事にしたんだよ」


おお、それは願ったり叶ったりだ。


「それで、俺をその班に入れてもらえる、と?」


「そうだ。だが、これは騎士団の任務でもある。ちゃんと調査報告も忘れるなよ?」


ソフィアが念を押す。だが、その声は既に、俺の耳へは届いていない事を彼女は気付いていた。やれやれ、と言った顔で椅子に座り、淹れてあった紅茶を一口飲むと、更に最後に俺に念を押した。


「に ん む だ!それは忘れるなよ?」


「はいっ!」


威勢の良い返事をすると、彼女も安心したようで紅茶を飲み干した。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第34話》へ続く。

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