第32話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第32話》
「でりゃぁぁぁぁ!!!」
あれから数分が経ったであろうか、『水』の放出系のシャーク・レゴイースは奮戦していた。
「うりゃぁぁぁぁ!!!!」
どれだけ攻撃してもビクともしないモグラ型の魔獣に対し、どれだけ魔法を撃ったのだろう。
「うおりゃぁぁぁ!!!!!」
先に彼の魔力が尽きるか、水浴びに満足して魔獣が帰るかが先か、それは神のみぞ知る境地だったのだが、俺やアイザック、ルナールは元より、その場にいる全員は気付いていた。『いや、あいつじゃダメなんじゃないか?』と。しかし、数分前、自分にやらせてほしい、と意気込んで戦い始めたのはシャーク本人だ。その気持ちを無下にはできず、見守っていたのだ。
(・・・なぁ、そろそろ良いんじゃないのかぁ?)
(うーん・・・、と言われても。なぁ?)
(わ、私に振らないでよ・・・!)
俺、アイザック、ルナールは小声で話す。その間にも、シャークは魔法を撃ち続け、その必死さはヒシヒシと伝わってきている。
『うらぁぁぁぁぁ!!!』
こうしている間にも、床は水浸しに近い状態になり、避難をしてきた住民たちがさらなる避難を余儀なくされている。
これじゃ、何から避難してきているか分からんな。
シャークの行動に危機感を忘れ、和んでさえきている場の雰囲気は、さぞかし悪くはない。だが、どこかハリがない。それは『魔獣と戦っている』というリアリティだ。モグラ型の魔獣が俺たち目掛けて攻撃してきたのは最初だけ。後は攻撃しているシャークにしか攻撃していない。
「・・・もしかして・・・!?」
俺は、とある事を思い出した。そしてモグラ型の魔獣の真後ろを取り、一声あげる。
「こっちだ、モグラァ!!!」
俺の行動に目を丸くするアイザックとルナール。そしてシャークと避難してきた住民たち。呼ばれたモグラ型の魔獣はノソッと振り返り、声の場所へと右腕を振り下ろす。が、当の俺は安全面を考慮して3メートル左へ、声をあげた直後に移動している。誰もが吹き飛ばされる事を予想して目を瞑る者、目を逸らす者、様々だったが、魔獣の右腕は空を切り、俺が先程までいた場所を殴っていた。
やっぱり!
俺は確信した。すぐさま、アイザックたちのところへ戻り、小声で説明する。
(奴は音に反応してる)
((音!?))
アイザックとルナールは同時に同じ反応をしてくれた。
(いつも地中で暮らしてるから、視覚が退化しているみたいだ)
2人して顎に指を這わせ、何か考えているようだった。僅かな時間が流れ、ルナールが口を開く。
(私に任せてほしい)
自信のありそうな顔付きに、俺とアイザックは無言で首を縦に振る。彼女はそれを確認すると、『火』を白狐のお骨に纏わせ、それを自身にも纏う。音もなく高速で移動し、魔力の尽きそうなシャークの襟元を咥えて避難場所から離れるように四つ足で走る。
「シャーク、奴は音に反応して攻撃してくる!ここから逃すために大声で奴を呼んで!」
「お!?おおよ!!」
急な展開にシャークは驚きつつもそれを了承し、思いっきり叫ぶ。
『おらおらおら!!こっち来い、このモグラ野郎!!!』
なんちゅう挑発の仕方だよ。
一昔前のヤンキーが言いそうな言葉に俺はどこか懐かしさを覚えながら、モグラ型の魔獣の動向を伺う。すると魔獣はシャークの声を聞き、離れているのが分かったのかノソノソと動き始めた。それを確認する俺とアイザック。目を合わせて頷き、ソロソロと音を立てずに後を着いていく。移動の間も小声だ。
(ルナールは、どんな作戦で倒すんだろうか?)
(さぁな。でも、彼女の魔法は強力だ)
ほーん・・・。やっぱり、試験の時の不甲斐ない感じは、シャークを気にして本気出してなかった、って事か?
俺は騎士団の入隊試験の、バッファロー型の魔獣と相対している時のアイザックのチームの事を思い出した。あの時は全員、シャークの魔法レベルに合わせていたことが分かった。あの時ルナールは『火』を飛ばしていたと思えたが、『付与系』の彼女が『放出系』のような魔法を放つ事ができるのか、それはルナールが飲み会の席で言っていた『特殊な使い方をする』というのが絡んでいるのだろうか。
うーん、分からん・・・。
ウサギ型の魔獣との戦いの前に、陽動部隊の副隊長、ニコラス・テスラールも言っていた。『自分の得意魔法以外の取得じゃなければできるはずだ』と。その話が確かならば、俺は『風』の古代魔法【エアロブラスト】以外の攻撃手段のある魔法の取得は、恐らくできない。だがあの時の【魔力探知(まりょくたんち)】や、まだ見ぬサポート系の魔法の取得ができるかもしれない、と思うとワクワクが止まらない。
あれ、俺、この異世界に馴染んできてる・・・?
この世界に来て日は浅いが、好奇心と高揚感は紛れもなく本物だ。
このまま染まったらどうしよ?
いらぬ心配をしてみる。騎士団に入ったのも元の世界に戻るための情報集めをするためだ。本懐を遂げるまでは安心できない。
大丈夫、必ず帰ってみせる・・・。
自分に言い聞かせるように強く念じた瞬間、何やらモグラ型の魔獣が追って行った先で、大きな衝撃音が聞こえた。
ドォォォォォン!!!!!
「何だ!?」
衝撃音の先では、アイザック達は元より、俺は彼らよりも更に驚きの光景が広がっていた。それは、力なく横たわる巨大なモグラ型の魔獣の上に立つ、少し具合の悪そうなミヤビ・ジャガーノートの姿だった。彼女は白衣を着たまま、少し顔をしかめながら上半身をフラフラとさせていた。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第33話》へ続く。
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