第31話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第31話》


デカい・・・。


俺はそのモグラのデカさにただただ呆然としていた。


魔獣化すると大きくなるのか・・・?


腕を組んで冷静に分析していると、アイザックに首根っこを掴まれてそのモグラから距離を取らされた。


「お前正気か!」


「いや、俺の知ってるモグラって、だいぶ大人しい性格なんだよなぁって」


「はぁ?」


彼も、俺のあまりの危機感のなさに呆れているようだった。その異変を感じ取ったのか、同期のルナールとシャークも寄ってきた。


「どうしたの?」


「いやね、いくら魔獣化したって、モグラってそこまで凶暴になるもんなのかな、ってさ」


俺の発言に、2人も頭を傾げた。


「自分の知るモグラは、確かに穴掘ってそのトンネルに落ちてきた虫やらミミズを食べて生活している、人間に危害を及ぼさない生き物だと思ってますけど・・・」


シャークも俺と同じ考えだった。と、一旦4人して巨大なモグラを見上げる。その間、モグラ型の魔獣は動かず、ただ破壊した床を見つめていた。


・・・かわいいな。


何とかして元いたトンネルへ返してお帰り願えないものかと考えを巡らす。


「でも、何名か負傷者が出てるらしいじゃないですか?このままほっといたら、これも暴れ出すんじゃ?」


ルナールは見上げたまま口を開いた。右手には、いつでも付与魔法を使えるように『白狐(しろきつね)のお骨』を持っていた。


うーん・・・一理ある。こいつが今暴れる気分じゃないからこうして穴を見つめているだけで、スイッチが入ったら手に負えなくなるのかも。


と、意を決しようとした途端、モグラ型の魔獣が動き出した。しかしその出だしは鈍く、ただの高校生である俺ですら、簡単に攻撃が避けれてしまいそうだった。


「何だ、意外と大した事ないのかもな」


余裕をかましているアイザック。しかしその余裕は、モグラ型の魔獣の腕の一振りで覆る。



ボヒュッ



凝縮した音は、洗練され、かつ無駄のない動きを表していた。それを体で受け、彼は壁へと激突した。


「ぐはっ・・・!!」


ガラガラと残骸が体に降り注ぐ間もなく、モグラ型の魔獣はノソノソと、アイザックが激突した壁へと歩み寄る。そした再び腕を振り上げ、彼に追い討ちを掛けようとしていた。


何だ!?何故急に攻撃してきた!?


わけも分からぬまま、今はただアイザックを助けようと、飛び出そうとするが、俺より先に動いていたのはルナールだった。彼女はあらかじめ魔法を使えるように『白狐のお骨』を出し、警戒していたところだったので、すぐに発動させていた。


そういや前に『変わった使い方をする』って言ってたけど、どんな風に使うんだ?


アイザックの事ももちろん心配だが、ここに来て、ルナールの魔法の使い方の方が気になっていた。そして彼女は期待に応えるかのように『火』をお骨に付与させた。その火がルナールを取り巻き、彼女自身が四つ足で走り、まるで火で作られた妖狐の様な姿になった。


「おお・・・」


感嘆の声が思わず漏れる。緊急指令時じゃなければもっと観察したいたい程だったが、今はそれどころではない。ロールプレイングゲームなどでは、今のルナールの姿になると総じて身体能力が大幅に向上し、尚且つその動物の様な動きをするのが定番だ。しかし前にバッファロー型の魔獣から逃げている際は、何か飛ばしていたような気もしたが、あれも魔法の一部だったのだろうか。


「行くわよっ!」



ヒュンッ



「・・・疾(はや)い!!」


驚くべきことは、彼女のそのスピードだ。瞬間的な速さであれば、遊撃部隊長のリゲル・サンドウィッチをも凌ぐ程だろうか。ルナールはその速さで、アイザックの襟元を咥えてモグラ型の魔獣の脇をするりと抜け、こちらに再び戻ってきた。その間わずか数秒にも満たない。まだまだ余力を残していそうだったので、本気を出せば1秒以下で彼を救う事もできたかもしれない。それ程の速さだったのだ。


「お、お前ら本当は強かったのか!?アイザックもアイザックだ、何でバッファロー型の魔獣の時にウサギ型の魔獣と戦った時のように動かなかったんだよ!」


俺は疑問をぶつけた。試験の時は手を抜いてた、何て返しが来たら、自分がバッファロー型の魔獣と本気で戦った事がバカらしく思えて来るからだ。俺の雰囲気に、一瞬は飲まれそうになっていた2人だが、駆け寄ってきたシャークに肩を叩かれ、現実に戻された。


「何してんすか!?今はそんな事話してる時じゃないっすよ!?」


こいつもどうせ強いんだろ?


妬(ねた)みという感情は浅ましい。自分の中でも、いや、人間の中でも嫌な感情の1つだ。だが、そういう感情が芽生える程、今回の件は俺の中に疑念や、これからやっていくのに力を隠されているという『仲間外れ』とはまた違う、何とも言えない感情を植え付けた。すっかりやる気はなくなりかけていた。自分が魔法を自在に扱えないという劣等感は、思いの外、心にダメージを負わせた。しかし、俺のそんな負の感情は、シャークの魔法を見た瞬間、どこかに行ってしまった。


「はぁぁぁ・・・、出ろ!水!!」



チョロチョロチョロチョロ・・・・・・。



それは、先程まで威勢がよく、俺らの口論になりかけていた空気を変えてくれた男の魔法だった。


・・・え?


思わず目を擦る。


え、こいつ、わざと、なのか・・・?


俺を不安にさせないように、わざと弱い魔法で元気付けてくれているのだろうか。しかし今の俺には逆効果。だが、シャークの顔は真剣そのものだった。


え〜・・・っと・・・。マジ、なのか・・・?


俺の違う意味での疑念をよそに、シャークは2発目をモグラ型の魔獣にぶつける。


「出ろ!水!!」



チョロチョロチョロチョロ・・・。



「くそ、自分の魔法が効かないっす!3人とも力を貸してほしいっす!」


あ、えと、これはさては本気だな・・・?


呆気に取られる俺の肩を、アイザックは叩いた。


「な?試験の時、あいつの前で本気でやったら、それこそやる気なくなりそうだろ?」


あぁ、なるほど、分かった。これはあれだ。


「マジなやつだ!!」


つくづく期待を裏切るこいつらの事が愛おしくてたまらなくなったのは、俺だけじゃないはずだ。誰に伝えているかは分からないが、誰かに伝われば良いと思う。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第32話》へ続く。

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