第29話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第29話》


俺は、まっしぐらに木の根へ向かい、目線をそこに向ける。後ろでは、カペラが【アクアレイブン・剛矢の型】を放つために力を溜めている。横を併走しているアイザックとシャウラも、彼女が放つ矢を合図に飛び上がり、小屋目掛けて魔法を放つという作戦だ。俺もそれと同時に、木の根に向かって『風』の古代魔法、【エアロブラスト】を放たなければならない。


ペッパーミルもあるし、出すことには支障はない。・・・が、問題は・・・。


俺が危惧しているのは、その数だ。小屋の中に何人居て、根元のウサギ型の魔獣の巣に何羽いるか、だ。と、その時。


『行くわよぉーーーー!!!』


背後から威勢の良い叫び声が聞こえる。もうここまで来たら、木の上にある小屋の中にいるであろう野盗たちにも聞こえているのも覚悟の内だ。そしてこの騒ぎに違和感を覚えてか、木の根本から、2、3羽の、目を紫色にしたウサギが顔を覗かせていた。


「いた!!魔獣だ!!」


俺は叫ぶ。それを確認したアイザックとシャウラは飛び上がる。シャウラは下に『火』の魔法を撃ち付けて飛び上がっているが、アイザックに至っては、バッファロー型の魔獣と対峙した時とはまるで別人のような魔法の使い方をしており、シャウラに付いて行く。


アイツ・・・、キャラ変わりすぎだろ・・・。


まるで試験の時に手を抜いていたかのように、アイザックは自身の魔法の使い方を熟知しているようだった。足に『風』の魔法を付与しているのか、彼の両足に風の渦が見えている。


「すっかり騙されたぜ・・・」


彼のまだ何か隠し持っていそうな雰囲気は置いておき、俺は自分の役割を果たそうとペッパーミルを手に取る。刹那、俺の横を、カペラが放った矢が通り過ぎ、大木の幹に突き刺さる。それは大木にヒビを巡らせ、強い打撃を与えれば倒れるんじゃないか、と思わせる程、目で見て分かるようになっていた。


俺も負けたられない・・・!


とペッパーミルで胡椒を削り、鼻の前に当てる。すぐにクシャミが出そうになりながらも、視線はアイザックとシャウラの方へ一瞬向ける。彼らも魔法を撃ち出そうとしている。俺がいつクシャミをしても合わせてくれるだろう。そして俺の鼻のムズムズは、限界に達した。


「ぶぇっっっくしゃい!!!!」



ドォォォォォン!!!!



「〜〜〜あ゛ぁ・・・出た出た」


最初こそ戸惑いはあったものの、ここ最近では何となくだが、したい時以外はクシャミが出なくなってきている気がしている。が、早いところ以前シリウスから紹介をされたミヤビさんに依頼したマスクが来ないものかと待っている。あれから数日、だが、そろそろ何かの連絡があってもおかしくはない頃合いだ。


『・・・【赤光砲(しゃっこうほう)】!!』

『うぅおりゃぁぁぁぁ!!!』


その声に見上げる。自分が放った魔法が与えた巣穴への損害を確認する間もなく、アイザックとシャウラは豪快な一撃を小屋に放っていた。



ドゴンッ!!!!!!



もはや辺りに響かない程、力が詰まった互いの一撃は、カペラが与えた幹のヒビ、俺が抉り取った根本が功を奏し、メキメキと音を立てながら大木ごと倒壊した。どうやら、小屋の中には誰も居なかったようだ。


でも、だとしたら何故かペラは『野盗』だと判断したのだろう・・・?


そこは少し疑問が残るが、ひとまず野盗が襲いに出てこなくて良かった、と一安心した時だった。木の根本の巣穴があった場所の土が盛り上がっている。そしてその盛り上がりは、大きくなっている。


何か、来る・・・!?


咄嗟にそう判断した俺は、アイザックとシャウラをその場から離そうと叫ぶが、少し遅かったようだった。


「危な・・・おわっ!!??」


隆起した土は、まるで爆発を起こしたようにその場にいた俺を吹き飛ばした。粉塵が視界を奪い、先程まで酒盛りをしていたであろう副隊長のアレスとニコラスの緊張の糸が張ったのが、離れていても分かった。


「コウキ、大丈夫!?」


カペラが心配そうに走り寄ってきた。俺が吹き飛ばされた事により、アイザックとシャウラのコンビとは分断されてしまい、恐らく反対側にいるのだろうが、目視できなかった。


「おい、大丈夫か!?」


アレスも俺に走り寄り、地面で擦られてできた傷を撫でた。


「すまない。この傷の仇は、ちゃんと『打つ』・・・!」


え、えぇ〜・・・。いや、大した事ないんですけど〜・・・。


感動屋のアレスは、まるで俺が一番瀕死の傷を負ったような口振りで、土が爆発したところを睨み付けている。


俺はこのまま倒れていれば良いのだろうか・・・。


何ともやるせない気持ちの中、2人の副隊長が立ち上がる。


「ニコラスさん、頭は任せましたよ」


「やれやれ、年上はもっと労らんかい」


と言いつつも、ニコラスはやる気満々で拳の骨をコキッコキッと鳴らす。複雑な心境だが、この2人の魔法を見てみたい、そういう好奇心が勝っていた。


「・・・出たぞ」


ニコラスが低く唸る。地面を揺らし、砂埃を上げ、俺たちの眼前に地中から現れたのは、小型の何十倍もの大きさの、目を紫色に光らせたウサギ型の魔獣だった。大きさだけ見れば、俺らが試験で対峙したバッファロー型の魔獣よりも大きい。


「・・・な、何だコイツ・・・!」


「どうやらこいつがボスみたいだな」


俺が驚きたじろいでいると、アレスが部隊名の如く突撃していく。拳に付けている何かに『火』を纏い、思いっきり左腕を振り被って腹部に下から一撃喰らわせる。


「どぉりゃぁぁぁ!!!!」


その衝撃で、巨体が少し浮き上がる。


なんちゅうパワーだ・・・!!


俺はその純粋な火力に圧倒されていた。何トンともあろう巨体が落ち、地面を揺さ振る前に、アレスはもう一撃喰らわせていた。


「どっせい!!!」


今度は右手で下から打ち上げる。さながら、フェザー級のボクサーのような体捌きから繰り出される超重量級以上の威力のあるパンチは、これがもし人間に繰り出していたなら、まずもって骨折は免れないだろう。


『相変わらず凄いパワーだ』


そしていつの間にか巨大なウサギ型魔獣の上を取っているニコラス。その頭に両手を当てて力を込める。


「【水明(すいめい)・震(しん)】」


まるで凪いでいる水面のように静かに、だがどこか猛々しささえ感じるニコラスの魔法は、『水』の放出系だろうか。彼は手から流れ出ている水に激しい振動を与え、内部から破壊しようとしていた。魔獣と言えど元は動物、体内に水分は大いにある。それに共振し、見た目からは分からないが頭部に大ダメージを与えたのか、ウサギ型魔獣は力なく地面に叩きつけられようとしていた。そして更にこれでもかと横からアレスの重い一撃が魔獣を襲う。


「とどめだぁ!!!!!」


ゼロ距離で、『火』を纏った右拳をウサギ型魔獣の横っ腹にコークスクリューの様に拳を捻って打ち込む。刹那、爆発にも似た轟音と共に巨体は軽々吹き飛び、数十メートル先で沈黙した。呆気にとられる俺たち4人を置き去りにする強さを持つアレスとニコラスは、魔獣が起き上がってこないのを確認して振り返る。


『お前たち、大型の魔獣はまず頭を潰せ』


2人声を揃えて言ったセリフに、俺たち4人は心の中でこう声を揃えた。


『いや、無理です』


副隊長格でこれ程に強いのであれば、本気の隊長格はどれ程の強さなのか、そして普段の雰囲気は仮初の姿なのか、と興味が湧きながら、今回の依頼は成功に終わった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第30話》へ続く。

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