第26話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第26話》


王国騎士団・突撃部隊の部屋の空気は、重っくるしかった。中には数名がおり、全員が全員机に肘をついたり、腕を組んで溜息を連発していた。その様子に、ソフィアは何事かと副隊長らしき人物へと歩み寄る。


「この有り様はどうした?」


「あぁ、ソフィア隊長・・・」


話しかけられたのは、気弱、とは無縁そうな大柄な男性だった。


「ソフィア様、その方は?」


アイザックがひょこっと覗く。それをチラッと見た大柄な男性は、彼を見るや否や飛び付いた。それにはアイザックも身を引こうとするが、現役の軍人の体躯に圧され、ついには抱きつかれてしまった。


「君が今季の新入隊員かね!?よく来た、俺は突撃部隊の副隊長を務めている、アレス・サーロインだ。よろしくなぁ〜!!」


名乗ったと同時にギュッと締め付けられる様な抱擁に参っているアイザックを尻目に、ソフィアは自分の席であろう、いくつかある席の上座へ座り、口を開いた。


「そいつはアイザック・オールトン。『風』の付与系だ。それで?アレス、何があった?」


「そうか〜、アイザックというのか〜、よろしくなぁ〜!」


「・・・アレス!!」


呆れながらも彼の名前を呼ぶ。


普段からこういう人なのか・・・?


俺も半ば呆れながら様子を見ていると、アレスは渋々、と言った表情でソフィアに言葉を返した。


「・・・少しは現実逃避させてくださいよぉ〜!」


「何があったんだ?」


「依頼ですよ・・・」


「依頼?仕事がある事はいい事じゃないか」


「その依頼内容なんですよ、問題は」


アレスは机の上に置いていた依頼書を渡し、それに目を通すソフィア。一通り読み終わったのか、それを置いて溜息を一つ。


「・・・なるほどな。お前らがやる気を無くすわけだ」


ペラッとそれを放り投げるソフィア。俺とアイザックの目の前に落ち、拾い上げる。そこには、魔獣の討伐依頼と書かれた内容の紙。何の変哲のない内容だ。これのどこに意気消沈する理由があるのだろうか。


魔獣の強さが問題なのだろうか?


と俺は内容をよく読み返す。


ウサギ型魔獣・小型の討伐依頼、周辺の調査。依頼先、突撃部隊及び陽動部隊。各部隊3名ずつ選出。


うん、どこが理由かよく分からん。


頭にハテナマークを浮かべていると、ソフィアが簡単に解説してくれた。


「こいつら、陽動部隊のシリウスと仲が悪いんだ」


なるほど・・・。


恐らく黄色い声援を浴びまくる陽動部隊長のシリウス・ホーキングに対しての嫌悪感は、嫉妬の何者でもないだろう。心の中で笑ってしまい、ここにどういう人たちがいるのかがすぐに分かった。


「とりあえず3人、行ってもらわなければならんな」


と、ソフィアは俺たちを見る。そして視線をアレスに移す。


あ、嫌な予感がする。


「アレス、新人2人を連れて行け」


やっぱり。


俺の予感は的中し、アイザックと顔を見合わせた。


「向こうの隊長が出てこない事を祈ってますよ。アレ以外の人は良い人いますからね。特に副隊長は。じゃあ行こうか、アイザック、・・・と?」


俺は自己紹介をしていない事を思い出した。


「あ、俺は、タニモト・コウキです!アレス副隊長、よろしくお願いします!」


威勢の良い挨拶に気を良くしたのか、アレスは、うむ、と返して部屋を出て行った。俺たちも後に続き、場所は依頼主の家へと移った。

依頼主の家は、グランツ城を出てから数分歩いたところにあった。表にはそこそこ大きな通りがあり、裏は畑の様に整地され、平屋が並んでいる場所の一角だった。ドアをノックすると、育ちの良さそうなお婆さんが迎え入れてくれた。


「あぁ、騎士団の方ですか?どうぞお入りください」


「ありがとうございます、ご婦人」


アレスは先程とは全く違った雰囲気を醸し出し、誘われるがままに家へと入っていく。中には既に陽動部隊の3名がおり、相変わらず少し体調の悪そうなカペラとシャウラ、それともう1人、見たことのない初老の男性がいた。


「よう、カペラたちも抜擢されたんだな」


「えぇ、新人の力を試すためだって、こちらの副隊長が選出してくれたわ・・・」


とカペラは初老の男性を紹介した。


「私は陽動部隊・副隊長のニコラス・テスラールだ。君たちが、今季の突撃部隊の新人かね?」


「はい!アイザック・オールトンと申します」


アイザックはここでも歯切れの良い返事を返す。


「あ、いや、俺は正確には突撃部隊ではないのですが・・・」


「そうか!君があの店の息子か!いやー、ビッグ・ディッパーにはお世話になっとるでなぁ、会いたかったぞ」


ニコラスは俺の言葉を遮るようにアイザックに握手をしていた。


俺は〜・・・?


相変わらずの不遇の扱いに不満すら覚えなくなってきたその頃、依頼主のお婆さんが椅子に座りながら口を開いた。


「あのぉ・・・」


「あ、申し訳ありません、ご婦人。依頼でしたね」


それにアレスが答え、話を聞くことに。


「前々から年に1、2回、魔獣による畑荒らしの被害はあったんですけど、ここ最近妙に増えてきまして・・・。犯人を突き止めようと夜も寝ずに待っていたら、目を紫色に光らせたウサギが数羽で作物を荒らしている姿を目撃しました。それも一回だけではなく、連日連夜、物音に起きると荒らしています・・・。どうかこの魔獣の討伐をお願いできないでしょうか?」


お婆さんの痛ましいお願いに、ニコラスは思わず手を取る。


「安心してください、ご婦人。民衆の為に我々がいます。必ずや、そ奴の巣を見つけ、根絶やしにしてみせましょう」


傅(かしず)く彼は、男の俺でも惚れてしまいそうな程男らしかった。ここまで言い切るのだ、相当自信があるに違いない。何故この人が部隊長を務めていないのかが不思議でならなかった。頭にシリウスの姿を想像しながらそんな事を思っていると、アレスが動き出した。


「よし、相手はウサギ型の魔獣だ。何か餌でおびき出そう。アイザック、この金でリンゴ、ニンジン、ウサギが好きそうな食べ物をありったけ買ってこい。買ったら一先ず西門に集合だ」


「はい!」


アイザックはお金を受け取ると、一目散にその家を飛び出した。


「私たちは近隣に聞き込みだ。カペラ、シャウラ、日中に目撃者がいないか聞いてきてくれ」


『はいっ!』


まだ辛そうなカペラを連れて、シャウラも出て行った。


「ん?そういえば、君は誰だい?」


ニコラスは俺と目が合うと、こんな奴いたっけかな?みたいな顔でキョトンとしていた。


「先程自己紹介しようとしましたが、遮られてしまいましたので、改めて。タニモト・コウキと申します。所属は『無所属』となってますので、今後突撃部隊だけではなく、陽動部隊や遊撃部隊、防衛部隊にもお世話になるかと思いますので、何卒よろしくお願いします」


「あ、何、コウキはソフィア隊長が言ってた『無所属』の人だったの?こりゃ失敬したね」


アレスは、『無所属の新人が来る』という事しか聞かされていなかったようだが、何とか昨夜の同期たちとは同じ騒ぎにならずに済んだ。これにはニコラスも同じような反応で、知るや否や握手を求められ、その初老とは思えない元気さでブンブン握った手を振り回した。


は、はは・・・。この反応、後2部隊の副隊長ともやるのかな・・・。


俺は不安しか感じないこの副隊長たちだが、あの曲者だらけの隊長を支えてる人たちだと考えると頭が上がらない。俺も『無所属』なりに各部隊を回る事で人脈を広げ、元の世界に帰るための情報が少しでもある事を期待しつつ、最初の仕事に取り掛かるのであった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第27話》へ続く。

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