第21話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第21話》


先程の号砲を確認して、アラグリッド王国のグランツ城の中にある屋内演習場に戻ってきたのは、俺たち含めた3組だった。まずは俺たち。次にアイザックのいるチームと、最後はカペラたちの因縁の相手、エドワーズだった。何故か彼1人しか戻ってきておらず、カペラたちは、エドワーズと対面するや否やすぐに睨みつけており、当人の彼は涼しい顔でそれを受け流していた。俺もカペラとシャウラからエドワーズの事を聞いてからは、あまり良い印象はない。流石に城内では不審な動きをする事はないだろうが、念のため気を張っていた。


「おう、お前ら、すまねぇな」


整列している俺たちに、プロキオンが謝りながらヌッとその場に現れた。褐色のスキンヘッドの頭をワシワシと擦り、幾分申し訳なさそうだ。彼の後ろにはソフィアもいる。


「今回の魔獣の出現に関してだが・・・」


プロキオンはこめかみに汗を滲ませていた。


「完全にアクシデントだ。受験者のみなを危険に晒した事、深く詫びる。申し訳ない」


彼とソフィアは、深々と頭を下げた。そこには、『責任』という大きい重圧を背負う騎士団長の姿があった。上に立つ、という事は全ての責任を取る覚悟を持つ事。強さだけが全てでは無いことを思い知らされた。そして2人は頭を上げる。口を開いたのはソフィアだった。


「それで、本題だ。この様な事が起きて尚、試験を続けるわけにはいかない」


・・・今回の試験は再度行われる感じかな?


「なので、今ここにいる全員を仮合格とし、各部隊へと配属させる事とする!!」


『えー!?!?』


俺の考えとは真逆の発表に、受験者一同は驚愕の渦を巻いた。


「マジっすか!」

「田舎の両親に良い報告が・・・」

「あぁ、ありがとうございます・・・」


「やかましい!!!」


感想が口々に溢れる中、ソフィアの喝が入る。その思わぬ言葉に、一同は黙り、ピンッと緊張の糸が張り巡った。視線が彼女に集まったところで、口を開いた。


「・・・まだお前たちは、仮合格に過ぎない。各部隊に配属し、王国に対して、民間に対して、人類に対しての貢献具合を判断し、使えぬ人材だと分かった時点で問答無用で追い出す。分かったか?」


ソフィアの言葉には重みがあった。それを聞き、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえそうな程に静まり返っていたが、1人の男が手を挙げた。


「あ、じゃあ、自分は辞退します」


その方向へ顔を向けると、カペラとシャウラの因縁の相手のエドワーズがにこやかにしていた。その爽やかな笑顔に不気味ささえ覚える彼は、事情を知らない人たちからしてみれば、ただの青年だろう。が、カペラたちからの話を聞いている俺たちからしてみれば、怪しさこの上ない。


「お前は・・・?」


「エドワーズ・アテンサムと申します」


「何故辞退を?」


ソフィアの問いに、エドワーズは答えた。


「簡単に言えば、今回の試験の参加は腕試しでした。自分がどこまでやれるのか、という。しかし、アクシデントによる中止、残っている者の仮合格。こういった結果は望んではおりませんでした。ですから、僕はこの仮合格を辞退しようと考えておりました」


もっともな理由に、ソフィアとプロキオンは押し黙った。


その場での判断が難しいのか?


長い沈黙があったが、それに待ちきれなくなったのか、エドワーズは踵(きびす)を返し、去っていってしまった。


奴が何を考えているかは分からないが、一先ずカペラたちと一緒にならずに済んだか。


「・・・まぁ、行ってしまった者を呼び止める必要もない。その他の者も、この結果に納得がいかなければ遠慮なく言って欲しい。我々も意志を尊重しよう」


ソフィアのこの言葉には、誰も異論はなかったようで、誰もこの場を去る事はなかった。


「ならば、覚悟を持て。これからお前たちは、まだ仮とはいえ、このアラグリッド王国の所有する王国騎士団に所属をする。持つのは死ぬ覚悟ではない、守り抜く覚悟だ」


みなを引っ張る事に掛けて随一の力を発揮するソフィアの言葉は、仮合格者の心に突き刺さった。目に炎を宿しているようにギラギラさせている者、冷静に自分に言い聞かせている者、目がハートになりソフィアを崇め倒している者。反応は様々だったが、俺もその内の1人なのだと自覚を持ち、覚悟を決めた。しかし俺が試験に臨んだのは王国騎士団に入隊したかったのではなく、本心は、遠征や民間人との交流、隊員たちとの対話で、元の世界に戻るための情報を入手するため。その為なら、守り抜く覚悟だって、何だって持ってやる。俺のやる気スイッチがオンになったところで、話はこれからの事についてになった。


「コウキ、荷物は纏めておけよ?」


「え?」


「今日から寄宿舎(きしゅくしゃ)で生活だ。同期たちと同じ屋根の下、同じ釜の飯を食らう事で日頃からコミュニケーションを取り、騎士団での仕事に生かしてもらう」


おぉ、何かここに来て一気に軍隊っぽいぞ?


「それでは、寄宿舎の場所や今後の予定などは陽が登っているうちに通達する。今日は解散だ」


そう言い残すと、ソフィアとプロキオンは城内へと去っていった。2人の姿が見えなくなると、アイザックが話しかけてきた。


「コウキ」


「ん、どうした?」


「今日の夜は暇か?」


「まぁ、荷物纏めて寄宿舎に移動できたら何もないから暇だな」


「今朝のお詫びをさせてくれないか?」


「というと?」


「飯でもどうか、と思ってね。これで俺たちは同期、仲間だ。お互いを知るには、良い機会じゃないか?」


ふむ、断る理由はない、な。むしろ、何でこんなに良い人になってしまったのかと不安になるな。


俺は初対面の時のやり取りが嘘のような彼に、疑念さえも抱いた。何かを企んでいるのか、と。だが魔獣にやられた後からはそんな鼻につくような態度がなくなっていることから、その出来事を境に変わってしまったか、こっちが本来のアイザックの姿なのかは、今夜判断する事にした。


「みんなもどうかな?今夜は俺に奢らせてくれないか?」


その言葉に、カペラは食いついた。


「アンタ分かってんじゃないの!よーし、今夜は飲むぞー!」


「・・・連れて帰るのが大変だからほどほどに」


シャウラの苦労を垣間見たところで、今日のところは解散になった。

そしてその夜。俺はソフィアから寄宿舎の場所と今後の予定が書かれた紙を受け取り、移動を終え、アイザックが指定した場所へとやってきていた。


「・・・『ビッグ・ディッパー』。何か活気ある店だな」


俺がやったきたのは寄宿舎がある宿場通りを大通りに抜け、数十メートル歩いた先にある大きな店構えの酒場兼飯屋だった。木造平屋だが、その敷地面積は広く、目測でも軽く大手外食チェーン店を4、5店舗をギュッと纏めたぐらいはあるだろう。


もうみんないるのか?


建て付けの悪そうな引き戸をガラガラと開けると、中は外で感じ取った賑やかさの数倍は活気があった。あちこちでガラの悪そうな奴らが飲んでいる。


・・・場違い感ハンパねぇ〜。


などと感じていると、可愛らしい声の女性に声を掛けられた。


「あの、お一人様ですか?」


ホールの女の子だろう。


「あ、いや、連れが先にいるはず・・・って、あれ!?」


振り返ると、そこには泉がいた。


「泉さん!こんなところで何やってんの!?」


白色のフリルが付いた茶色の給仕嬢の服は、彼女には似合いすぎていた。思わず言葉を失いそうになった。


「私は、王国給仕係のマルナさんに弟子入りを志願したら、まずはここで働けって言われて・・・。コウキくんこそ、何故ここに?」


「・・・お、俺は、今日の試験の仮合格を祝っての打ち上げ。もう先に入ってる奴がいると思う。赤い髪の、俺と同じぐらいの年の男なんだけど」


泉は腰エプロンのポケットに入っているメモ帳を取り出して何かを確認していた。


「アイザック・オールトンさんですね。向かって右奥の個室に入ってるよ」


泉はその方向を指差す。と逆の方向にある厨房から男性の叫び声が聞こえた。


『サヤカー!コレの味を見てくれー!』


「あ、はーい!」


それに返事をすると、彼女はそちらに走り出したが、途中で振り返った。


「仮合格おめでとう!また後で!」


手を振って返すと、この短期間でオドオドした雰囲気がまるで無くなっていた事と、既に順応している彼女の急成長ぶりに驚きを隠せないまま、俺はアイザックがいるであろう個室の前まで行き、扉を開けた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第22話》へ続く。

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