第19話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第19話》
ブフォァァァァァ!!!
「のわっ・・・!!」
俺はバッファロー型の魔獣の突進を間一髪で避ける。シャウラが探しに出てから魔獣はこの攻撃しかしてこず、俺の額からは汗が流れた。いい加減足腰に限界が来そうだった。レグルスがちょいちょい気を引いてくれていなければ、あっという間にやられていただろう。
「よし、いける!!」
俺はその声に振り返った。するとそこには、カペラが半ば後ろに体重を掛け、魔法の力で変形させたクロスボウを構えていた。先程まで荒々しかった光も落ち着き、適度な神々しさを放っていた。
「コウキ、そいつをこっちに向けて走らせて!!」
「分かったぁ!!レグルス!!」
「うん・・・!!」
俺は、レグルスに向かって叫ぶ。余計な言葉は発さずとも、この時はすぐに理解してくれたようで、俺の要望通りの援護が来た。
「【ロックキャノン】・・・!」
彼の手から放たれた岩の砲弾は、寸分狂いもなく魔獣の足元へ着弾し、それを避けた魔獣は俺の方へと体を向けた。
「・・・ほら、来いよ!」
挑発してみる。言葉が理解できているのか、知能が発達しているのかは分からないが、分かりやすく煽ってみた。すると、奴は後ろ足で地面を蹴り上げ、闘牛がマタドールに突進する前の行動を取った。明らかに挑発は成功している。俺がゴクリと唾を飲むと、一気に間合いを詰めようと魔獣は飛び出した。
ブゴォォォォォォォ!!!
「うぉぉぉ、こぇぇぇ!!!!」
「飛び込んで!!」
カペラの指示に、俺は彼女の横をすり抜けるように飛び込む。その間はスローモーションに見え、1秒が何十秒にもなる感覚に陥っていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!」
彼女は掛け声と共に渾身の一発を放つ。風を切る音と、空間を裂く様な轟音を発しながら、カペラの放った『水』の魔力を込めた矢は、バッファロー型の魔獣の頭部に直撃した。辺りには、頭蓋骨を砕いたかの様な不快な音が響いた。
「どうだぁ!!」
おお・・・。
魔獣は頭にダメージを負った事で足元がおぼつかなくなり、その巨体の重さに耐えきれず、ついには力無く平伏せた。衝撃で地面が揺れる。
「はぁ・・・はぁ・・・。やった、倒した・・・!」
魔力の消費が激しかったのか、カペラは大量の汗をかき、その場にへたり込んだ。
「大丈夫ですか・・・?」
駆け寄ったレグルスも、どこか疲れた表情をしている。魔力を消費すると体力も少なからず影響しているらしく、ただ俺が走り回って体力を使うのとは少し違うのか、腕や足が小刻みに震えているのも、彼女らから確認できた。
「ありがとう・・・。シャウラが戻って来る前に倒せちゃったわね・・・!」
カペラは疲弊した表情の中で笑って見せた。それが彼女の強さでもあり、心配させまいと自然と出た年上なりの優しさなのだろう。俺は倒れ込んでいるバッファロー型の魔獣へと歩み寄る。
「どうしたの?」
カペラの声に振り向く。
「何でこんなモノが王国の防壁まで来ちまったんだろうか・・・?」
俺は無用心にも魔獣をペタペタと触る。カペラの放った水の矢にも目を向けると、その水の矢の威力がどれ程だったのかがよく分かった。深く、矢の羽まで後数センチというところまで頭に刺さっていた。
「こんだけ刺さっていれば流石に死んだろう」
「・・・終わってる」
そんな中、シャウラが戻ってきた。右手には数本のススキの様な草を持ち、左手にはツクシの様な物を持っていた。
「私がやったのよ〜♪」
カペラはVサインをシャウラに見せた。しかしその疲弊した姿を見たシャウラが、カペラを優しく抱き締めた。
「わっ・・・?」
「・・・死ななくて、良かった」
こちらにまでシャウラの優しさが伝わる。場が和み、俺はとある方へと目をやる。
「・・・おーい、起きてんだろ?」
それは、バッファロー型の魔獣から魔法の攻撃を受けて倒れ込んでいるアイザック達のチームだ。俺は、カペラが矢を撃つまでの時間稼ぎをしていた時、気を失っているはずの彼らの指や足がもぞもぞと動いているのを確認していた。
「大丈夫か?」
半ば呆れながらも、俺は彼らの元へと歩み寄る。すると彼らは、服や肌に汚れはあるものの、何の滞りもなくその場に正座した。
「・・・あ、あぁ」
「思ったよりダメージが少なくて良かったな」
「・・・・・・」
アイザックは黙った。しかしその表情からは、彼が何を考えているのかは手にとる様に分かった。対したダメージも与えられず一撃でやられ、子分にしてやると絡んだ俺のいるチームが魔獣を倒した。自分たちは何もできなかった不甲斐なさでいっぱいなのだろう。
「・・・まぁ、なんだ、俺らもコイツを倒せたのは賭けに勝ったようなもんだからな。気にする事じゃねぇよ」
「すまない・・・!俺は、君に無礼な事をしてしまった。許してくれ、この通りだ」
アイザックは、初めて会った時のウザさはどこかに消え、素直に頭を下げた。俺は予想だにしてなかった事に少し戸惑い、そんな事を言われると思っていなかった為に次の言葉に詰まってしまった。
うーん、何か調子狂うなー・・・。
頭をポリポリと掻いた瞬間だった。俺の後ろから叫び声が聞こえた。
『・・・コウキ兄ちゃん!!後ろ!!』
俺はレグルスの声に反応して振り返る。いつも自信なさげの声から一変、緊急性の高い声は、俺を緊迫した空気感へと戻した。
「・・・おい、嘘だろ・・・?」
俺は息を飲んだ。振り返ったそこには、頭に深く、カペラの放った矢が刺さって沈黙したはずのバッファロー型の魔獣が四つ足で立っており、先程よりも怒りを露わにし、俺の背後わずか数メートルの位置で息を荒くしていた。そしてそいつは、俺が状況を整理する前に、禍々しく湾曲した両角に魔力を溜めていた。
マズい・・・、アレをこの距離で食らったら・・・!!
間違いなく死ぬ。直感で、肌で、その魔獣が放つ魔法の危険性を判断した。アイザックたちに放った時よりも光が強く、恐らく、威力は数倍に膨れ上がっているだろう。
どこに避ける!?右か、左か・・・!?
いや、そんな事をして俺が仮に避けれたとしても、後ろのアイザックたちはどうなるのか、想像もしたくなかった。折角まともに話せるようになったのに、こんな事でそれを壊されたくない。
クソ・・・。ここまでなのか・・・?
「【ロックキャノン】!!!」
レグルスの放った『土』の魔法で、巨大な岩が大砲の如く魔獣に向かって飛ぶ。
ズガッ!!!
頭部に命中するが、ビクともしない。
「【赤光砲(しゃっこうほう)】!!」
シャウラも飛び上がり、ゼロ距離で魔獣の背中に『火』の魔法をぶつける。辺りに爆発音と共に噴煙が上がるが、魔獣の俺に対する殺意が勝ったのか、魔力の集中を止めようとしない。
「・・・コウキ、これ。必要なんでしょ?」
シャウラは魔獣に近付きながらも、俺に取ってきた草を投げ渡した。ススキの様に草の頭がファサファサしている。俺の要望通りの物だ。
「・・・それ、どうするの?」
「こうすんだよ!!」
それを鼻の前、少し触れるぐらいで撫でる。
キタキター・・・!!!
これを見た他の人たちには、コイツこの状況で何してんだ、と思うかもしれない。だが、俺にとってはこれが魔法の発動条件なのだ。
「ぶえっくしゃい!!!!!」
俺の放ったクシャミは『風』の古代魔法【エアロブラスト】となり、直撃した魔獣の左頭部を抉り取る。
ブゴォォォォ!!!?
魔獣も流石に驚いただろう。抉った傷は完全に脳の位置まで届いており、血もおびただしい量が噴き出ている。俺が放った【エアロブラスト】の一撃は、思いの外、分かりやすく魔獣にダメージを負わせる事ができた。地面を再び揺らして倒れ込み、今度こそ魔獣は沈黙した。
「どうだぁ!!!」
俺は思わず叫んだ。しかしまだ終わってなかった。
「待ってコウキ!!」
「えっ!?」
俺は、カペラが叫び指差す方を見る。そこには沈黙してもなお発光を続ける、魔獣の禍々しく湾曲した両角。行き場をなくした溜まった魔力は、臨界点に達しようと激しく点滅した。
「暴発する!!!?」
今度こそ終わりなのか・・・?せっかく倒したのに・・・!
全てを諦め、目を瞑ったその時、強大な魔力が辺りを包み込んだ。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第20話》へ続く。
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