第11話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第11話》


俺たちが分かりやすいリアクションを取ると、ミヤビは続けた。


「フランスで科学者やってまシタ!パパがフランス人、ママが日本人のハーフデース!」


小さい子供の様に手を広げて自己紹介をした彼女。恐らく年上なのだろうが、それをそのように思わせないのはその天真爛漫さだろう。シリウスの好奇心の塊のような天真爛漫さではなく、純粋にただ子供のように、はしゃぐ姿が容易に想像できる。


「そうなんですね、俺は谷本 コウキ。こちらは泉 サヤカさん」


泉は会釈していた。


「オー!コウキにサヤカですネ?ヨロシクでーす!」


俺たちをそれぞれハグをしたミヤビ。彼女からは良い香りがしていた。


ははは、困ったな・・・。ん、あれ?


その良い香りの正体は、洗濯後の服の匂い。間違いない、ミヤビは服を洗濯している。ハグされた泉も同じような顔をしていた事から、恐らく彼女も気付いているはずだ。シリウスが言っていた、『今日会わせたい人なら、もしかしたら仕組みを理解して、できちまうかもしれない。』という言葉は、まさかの現実になっていた。


「で、シリウス、今日ここに俺たちを連れてきたのはどういう理由からだ?」


洗濯と風呂に期待を持ちつつも、俺は本来の目的を思い出した。


「ミヤビさん、こいつら、クシャミとアクビがとんでもない魔法になっちまったんだ。日常生活も普通に送れない程に・・・。すまないが、何か良い考えがないものかと」


彼は俺たちに視線を向けると、ミヤビも俺たちの方を向いた。そしてボソボソと呟いている。顎に指を這わせて何か考えている様子だった。


「・・・一度その魔法をミテみない事には判断ができませんネ。こちらへ来てくだサーイ」


とミヤビは隣の部屋へと誘った。隣の部屋は、より暗く、窓すらない。何がどこにあるのかも見えない部屋だったが、目を凝らすと、一部の床下から光が薄らと漏れている。


何だ?


口に出す前に、ミヤビがその光が漏れる場所へと歩み寄り、ゴソゴソとしていた。重っ苦しい音と共にそこは開いた。隠し扉だったのだ。中に降りるとそこは煌々と明るい光が照らしていた。机一つ置いてなく、殺風景だ。しかし俺は『地下室』というだけで胸が躍っていた。


「すげぇ・・・」


LEDライトぐらい明るいんじゃないのか?どうやってんだ?


そんな事を思いながらも感嘆の声が漏れる。それにはシリウスも言葉にならずに溜め息が漏れていた。


「とりあえず、ここでその魔法を使ってみてくだサーイ」


んな無茶な・・・。


きっと同じ様に思っているだろうと泉の方を見る。と、彼女は既にペッパーミルを片手にスタンバイしていた。


「大丈夫、いつでもクシャミさせれるように厨房から借りて持ち歩いてるの!」


「・・・あっそう・・・」


胡椒で無理やりクシャミを出す事自体あまり体によくなさそうだという事と、またしても人に向けてするのだという事で、あまり乗り気ではなかった。


魔法で武装したプロキオンさん相手ならまだしも、インドア系の女性だしなぁ〜・・・。


魔法を使って相殺させれるのであれば問題はないだろうが、今のところ魔法を使えるという発言はしていない。


「やるのは良いんですけど、防げるんですか?一応王国騎士団のプロキオンさんでも防げなかったんですけど・・・」


心配するのは当たり前だった。が、当の本人は腕を組んで自信満々の顔をしていた。


「大丈夫デース!心置きなくマックスパワーでぶっ放してくだサーイ!」


「はぁ・・・。どうなっても知りませんよー?」


仕方なく俺は泉からペッパーミルを受け取ると、ゴリゴリと手のひらに広げる。一回ミヤビの方を向くと、鼻歌混じりにポケットに手を突っ込んで待っていた。


「じゃあいきますねー」


俺は手に取った胡椒を鼻へ押し当てて吸う。


あー、キタキタ・・・。


今回はすんなり出そうだ。


「・・・ふぇっくしぇい!!!!」


鋭いクシャミは【エアロブラスト】となり、ミヤビへと襲いかかる。瞬きをする間もなく、それは彼女に到達し、例の如く諸々を抉るもんだと思っていたが、俺が見た光景は、そんな凄惨なものではなかった。


「・・・あれ?」


「え?」

「おぉ・・・」


同じ疑問符を並べた泉と、再び感嘆の声を漏らしたシリウス。そこには腕を伸ばして手のひらをこちらに向けているミヤビの姿。そして手のひらには毛皮のような物が見えた。


「どうやら、コレである程度は防げるみたいデスネ」


痛たた・・・、と彼女は【エアロブラスト】を受けた手のひらを振っていた。


「ミヤビさん、その毛皮は?」


シリウスが近寄る。受け取り、マジマジと眺め、一つの結論に至った。


「『アンチマジックベアー』の毛皮デス」


アンチマジックベアー・・・?


直訳すれば『魔法を受け付けない熊』だが、この世界に魔法が効かないのもいるとしたら、純粋に武装して物理攻撃のみで倒すのか。それとも別の方法があるのかは想像できないが、ミヤビが俺たちのこの問題を解決してくれそうな気配を醸し出しているのは間違いなかった。


「ワタシでもコレ1枚で防げたということは、この毛皮を使ってマスクを作れば、万事オッケーデスネ!」


「おぉ!本当ですか!?」


「ええ、コレは魔力を無効化する力がありマース。見た目以上に柔らかいので加工もし易いデース」


ミヤビは親指をグッと立てた。安堵の表情で泉と目を合わすが、この人なら何とかしてくれる、と紹介してくれたシリウスの顔が、何か考えている表情になっていた。これには、ミヤビも泉も少し心配そうだ。


何だ、どうしたんだ?


俺が顔を覗き込むと、彼は唾を飲みこみながら口を開いた。


「アンチマジックベアーは、魔法はもちろん、この世界で作られた、魔力の籠もった刃物では一切傷つかない。おまけにその毛皮はほとんど流通してないから加工の仕方が分からないんだ。どうやって倒そうか・・・?」


そうだよな。魔法が日常的に使われているのであれば、そういう考えになるよな。


「それは大丈夫デース。ワタシに考えがありマス!」


「・・・おぉ、何と心強い・・・!」


これには王国騎士団、陽動部隊長のシリウス・ホーキングでも崇めるほどの頼もしさだ。だがしかし、そんなシリウスはもう一度顔をしかめた。


「何だ、今度は一体どうした?」


ただならぬ顔付きに、俺まで顔が真剣になる。


「・・・なぁ、コウキ。マスク・・・って、何だ?」


「・・・そんな事かぁ・・・」


俺の深い溜め息と共に、ミヤビと泉からは笑いが漏れた。


「それはできてからのお楽しみデース。それじゃ後は、サヤカの魔法も見させて貰って、今日は帰っても大丈夫ネ」


そう言うと、ミヤビは人差し指を立ててウインクをして見せた。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第12話》へ続く。

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