第5話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第5話》
「失礼する」
ソフィアが会議室の扉を開けて中に入った。俺たちもそれに続く。中は俺たちが寝ていた部屋と同じぐらいの広さで、中心に円卓が置いてあり、その周りに高そうな背もたれの長い椅子が8脚。部屋の隅に予備の同じ椅子がいくつかあり、これまた予備の椅子の反対側の壁際には銀のポットとティーカップが置かれたテーブルが置いてあった。入り口からでも窓から見える景色は悪くないと分かる。そしてその8脚の椅子のうち、2脚は埋まっていた。
「そいつらも連れてきたの?」
翡翠(ひすい)色の髪の男の子がまず口を開いた。首にマフラーらしき物を巻いており、椅子に対して小さな体がちょこんと音を立てて座っているようで可愛らしかった。年齢も俺よりいくつか下だろう。ただ、ほぼ初対面の子に『そいつら』と言われるのは少し憎らしい。顔は中性的だ。
「何だ、こんな子までも騎士団の部隊長なのか?」
俺は先程発言権がなかった反動で、つい口走ってしまった。
「むっ・・・!」
その子は明らかに敵意を剥き出しにして睨み付けてきた。両手を腰の後ろ側へ回し、何かを握っているようにも見えたが、その間に割って入ってきたのは、褐色肌でスキンヘッドの、ガタイが物凄い良いおじさんだった。
「リゲル、そう殺気を出すな」
渋い、落ち着いた声で彼がそう言うと、リゲルと呼ばれた少年はスッと警戒を解いてくれた。両手もテーブルの上に乗せていた。
「すまんな、こいつは初対面の男には誰彼構わず敵意を表す奴なんだ」
と、ゴンッと1発、彼の頭に拳骨を喰らわしていた。リゲルは顔をしかめ、とても痛そうだ。
「プロキオン、アイツはまだおらんのか?」
ソフィアは褐色肌でスキンヘッドのガタイが物凄い良いおじさんに話しかけた。彼の名前がプロキオンなのだろう。
「また女の尻でも追っかけてるんじゃないのか?ガハハ!!」
プロキオンは豪快に笑った。
「ソフィアさん。アイツ、とは?」
俺は、やれやれ、といった顔でいる彼女に聞いた。するとソフィアは、国王と同じように溜め息交じりに答えてくれた。
「陽動部隊長の『シリウス・ホーキング』。水の放出系の魔法を使う奴だ。女好きが過ぎる仕方のない奴なんだよ」
そんな奴が部隊長なのか。大丈夫なのか、その陽動部隊というところは・・・。
「ああ、紹介が遅れたな。こちらは、防衛部隊長の『プロキオン・ロック』だ」
プロキオンは俺の背中をバシバシと豪快に叩いた。
「ガハハ!!よろしくな!」
「あ、あはは・・・」
俺はその対応に笑うしかなかった。
あれ、ここに集まったのって、俺の今後の処遇を決める為じゃなかったっけ?何で明るく自己紹介されてんの?
「で、こっちは『リゲル・サンドウィッチ』。こう見えて遊撃部隊の隊長なの」
「こう見えて、は余計だけどね」
リゲルはジトーッとソフィアを睨んだ。その視線には彼女はものともせずに、彼の隣の椅子へ腰掛けた。
サンドウィッチ・・・。ファミリーネーム、だよな?
俺は小腹が空くような名前に小さく笑った。
「あぁそうだ、ちなみに私は突撃部隊長の『ソフィア・アラグリッド』だ。改めてよろしくな、コウキ、サヤカ」
ソフィアは改めて自己紹介をしてくれた。
突撃部隊なんて物騒な所の隊長なのか・・・。
と彼女の後ろに立とうとしたところで、会議室の扉が勢いよく開いた。
「いや〜、遅れて申し訳ない!」
快活な声と共に現れたのは、絵に描いたようなイケメンだった。白銀の髪が眩しく、タキシードと甲冑を合わせたような装備がまた一段とそのイケメンさを際立たせている。
まさか、こいつ・・・。
「遅いぞ、シリウス!」
やっぱりー!?
俺はどんな奴がとんだ色男かと思っていたが、正真正銘のイケメンだった事に一番驚きを隠せなかった。
「子猫ちゃんたちが逃げ回るから、つい追っかけ回したくなるんすよね〜・・・。ん?」
シリウスは頭を掻きながら会議室の椅子に座ろうとしたが、俺の方を向いて止まった。
な、何だ・・・?
俺が気持ちで負けていると、彼は俺の方へ勢いよく歩いてきた。気迫から、ぶん殴られるような気配さえ感じとれ、咄嗟に腕を前でクロスさせて防御体勢を取った。が、シリウスは俺をスルーした。
え?
「いや〜、お美しい!僕は君みたいな人と結ばれる運命なんだよ、きっと!」
と泉の手を取り、目を輝かせるシリウス。当の泉本人は困りながら目を泳がせていた。対極の反応の2人だが、泉がこちらに助けを求めるような目線を送り、ソフィアがそれに気付いた。
「ほらシリウス、座ってください。部隊長会議を始めますよ?」
再び、やれやれ、といった表情で指揮を執るソフィアはテーブルの上で手を組んだ。先程までふざけていた部隊長たちも座り、真剣な顔付きになった。
「それで?今回のこの部隊長会議、ただ事じゃないんだろ?」
プロキオンは先程までの陽気な雰囲気から一変、大人の顔になっていた。この中の1番の年長者であるが故に、文字通りしっかりとしていた。最年少であるリゲルですら、この場に『遊撃部隊長』としているだけあって真面目に話を聞く姿勢になっていた。
「ええ。私が見た限り、後ろに立っている『谷本 コウキ』が放つ魔法は、長年研究がされていて、未だ解明されていないものよ」
『!?』
他の3人の部隊長が3人とも同じ反応を示した。しかしその『驚き』の感情の中には『疑心』の念も混ざっていた。
「それって、『アレ』なんでしょ?そんな事、本当にあるわけ?第一、僕たちは見てもいない。実際見てみない事には判断ができないよ」
リゲルはクリッとした目を細めた。
「そうだぜ?コイツが『アレ』を使うだなんて、俺も信じられない方に1票!いくらソフィア嬢が言ったって、この目で見てみないとな〜」
シリウスは頭の後ろで手を組んだ。
「うむ、では、屋外演習場で見せてもらおうじゃねえか『アレ』を」
プロキオンはそう言うと重い腰を上げた。手を付いたテーブルがギシッと音を鳴らし、4人の視線は一気に俺の方へ向いた。ソフィアからは期待の視線が、リゲル、シリウス、プロキオンからは疑心の視線が突き刺さった。
「え、え〜、と〜・・・。『アレ』『アレ』って言ってますけど、さっきから一体何の話何ですか・・・?俺が魔法?何かの間違いなんじゃ・・・?」
疑問符ばかりが出てくる。
「それを確かめに行くって言ってんだろ?ほら、さっさと部屋から出ろ!」
とシリウスに背中を強引に押される。
ちょっと待てよ、何か納得いかん!
「いやだから!『アレ』って言葉を濁さないでちゃんと説明してくださいよ!俺が一体、何の魔法を使ったんですか!?せめてそれだけでも教えてくださいよ!」
俺が苛立ちながらそう言うと、ソフィアが腕を組んだ。
な、何だよ、俺を擁護してくれるんじゃないのかよ・・・?
先程の期待の視線どころか、何か企みさえも感じ取れる視線の彼女からは、俺の耳を疑う言葉が放たれた。
「・・・あまり、大々的に口に出しては言えないんだけど」
・・・何だよ・・・。
俺はゴクリと唾を飲む。
「コウキ、あなたがサヤカの部屋を吹き飛ばしたのは、紛れもなく魔法なの」
はいぃ?
他の3人の部隊長どころか、いつの間にか泉さえも真剣な眼差しで俺を見ていた。
「私の目と知識が間違ってなければ、あれは『風』の古代魔法、[エアロブラスト]なのよ」
はいぃ?
「我が王国が長年研究してきた古代魔法を放つ人間がいるということは、とんでもないことなのよ。だから、その真偽を問わせてほしいの。これは、この王国の為、いや、この世界の為になることなの!」
はいぃぃぃ?
ソフィアがそう言うと、俺はプロキオンに羽交い締めにされて会議室を半ば無理やり退室した。
「いやああああぁぁぁぁぁ〜〜〜・・・・・・」
俺の声は城内にこだました。
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第6話》へ続く。
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