第6話
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第6話》
会議室を後にした俺たちは、一度服を着替えに俺が寝ていた部屋に寄ってから、グランツ城の敷地内にある屋外演習場へとやってきた。もう一つ、敷地内には屋内演習場があり、そこでは近接戦闘を中心に稽古をしている、とプロキオンが教えてくれた。屋外演習場の広さは体育館より少し大きめ。そこでは兵士が実戦形式で魔法の稽古をしていた。ざっと100人程だろうか。ソフィアたち各隊の部隊長が入ってきた事で、兵士たちの目は自然とこちらを向いた。その時の反応も様々で、尊敬の眼差しを向ける者、鍛錬を止めない者、真っ先に俺たち気付いて不審の目を向ける者。俺たちに向けられた視線は、痛い程突き刺さった。
「お前たちご苦労!今日はもう休んでくれ!」
『はっ!!お疲れ様でした!!』
プロキオンがでかい声で兵士たちを退かす。そして全ての兵士たちが屋外演習場から姿を消した頃、プロキオンは魔法を発動させていた。ごにょごにょ小さく呟いていた為名前は聞こえなかったが、彼を覆うように、土の鎧が形成されていた。
何だ、あの魔法は?
俺でも興味が沸く。いかにも防衛部隊と言わんばかりの防御力がありそうだった。
「プロキオンは『土』の付与系だ。己の肉体に『土魔法』を付与させる。濃い魔法密度による防御力は現部隊一位だから、遠慮せずに『アレ』を撃つが良い!」
ソフィアはどこか楽しそうだ。
「いや、撃てって言われても・・・」
ここでクシャミをしろって事なの、か?
まだ発動方法がクシャミだと決まったわけじゃない。でも試しにクシャミをしてみて、ダメならそれで解放されるだろう。この人たちが見たいのは古代魔法なんだ。と自分に言い聞かせるが、この状況で自然にクシャミが出るわけがなかった。見られているという緊張と、出さなきゃいけないという使命感から、俺の鼻はムズムズとしなかった。
「あ、あの〜・・・出ないんですけど・・・」
俺は控えめに手を挙げてみた。溜め息を吐くシリウスとリゲル。プロキオンは構えを解いた。
「なんと・・・!」
ソフィアはシリウスたち以上にガッカリした様子だった。しかし、そんな俺を見兼ねて、泉はソフィアの耳元でごにょごにょと何かを尋ねていた。そして一度頷くと、どこかへ走って行ってしまった。
どこ行ったんだ・・・?
「ふむ・・・確かにあの時、魔力を感じたのは一瞬だけ・・・。発動には条件があるのか?」
ソフィアは呟いた。
「おいおい!拍子抜けだな!!」
間合いを取っていたプロキオンが叫ぶ。豪快なその姿に圧倒されながら、俺は口を開いた。
「すいません、たぶんクシャミが発動条件なんでしょうが、この状況では難しいですね・・・」
その場にいる全員からの視線がある中、生理現象であるクシャミが自然に出せるのは余程キモが座っているか、緊張感がないかのどちらかだ。
「クシャミぃ!?」
プロキオンは誰よりも分かりやすく驚いた。シリウスやリゲルは呆れた表情をしていた。『コイツはまた笑えない冗談を・・・』と言いたげな顔だ。だが、ソフィア1人だけ、真剣な顔で俺を見ていた。そして思い出した。
「そうだ!今朝目覚めてサヤカの部屋に行ったあの時、コウキは私たちに向けないようにクシャミをしたんだ!それと同時に轟音と共に壁や天井が爆風のようなもので抉り取られた・・・。コウキのクシャミは、この世界に来た事でただのクシャミじゃなくなってしまったんだ」
「おいおいマジかよ?」
プロキオンは信じられないようだった。それもそうだろう。ただの生理現象が古代魔法になったんだ。その目で見てみるまでは信じろと言う方が無理な話だろう。
「ちょっと待ってくれ、ソフィア嬢。今『この世界に来た事で』って言ったけど、どういう事だ?」
シリウスは聞き慣れない単語に聞き返した。
「そう言えば、まだ説明していなかったな」
と、ソフィアは他の部隊長たちに俺たちの経緯を話してくれた。各々反応はあれど、ソフィアの真剣な説明に、誰一人疑う者はいなかった。それ程、彼女は信頼を培い、良い関係を築いてきたという証拠だった。しかし黙る一同。何を考えているのかは分からないが、再び疑心の目になるリゲル、対照的に興味津々なシリウスとプロキオン。沈黙は少し続いた。が、その空気を壊したのはどこかから戻ってきた泉だった。
「ありました!谷本くん、これを使って!」
と、手に渡されたのはペッパーミルだった。
これって、中に胡椒の実が入っていて、下の部分を回すとその実が削れて胡椒が粒状になって出てくるアレだよな・・・?
こうマジマジと見たのは初めてだが、やっぱり、やらなくてはいけないのか、という思いに駆られペッパーミルをギュッと握りしめた。よくよく考えると異様な光景だ。ペッパーミルを握り締めた高校生が土で武装したガタイの良いおじさんにクシャミをぶつけようだなんて。
あー、俺何してんだろ・・・。
真面目なはずなのに、ツッコミ所満載な空気感に、俺は意を決してペッパーミルをガリガリと回して粒胡椒を手に取る。
「お、ようやくやる気になったか!」
プロキオンは両手の拳をガンッと合わせた。
「スーッ・・・ハーッ・・・」
深呼吸をして、思いっきり手に取っている粒胡椒を鼻付近に擦り付ける。胡椒たちは俺の鼻を通って、すぐさまムズムズさせた。恐らく、これは普通はやってはいけない行為だと思う。
〜〜〜!!キタキタ!!
「ふぅぁ・・・っ、へぇっ・・・!!」
「来るか・・・!」
プロキオンは構え直した。
あ、出る。
「へぇぁっくしゃい!!!!」
俺は意図的にクシャミを出した。今回は轟音を聞き逃さないように注意したが、その注意を上回る音が辺りに響いた。
ドォォォォォォン!!!!!!!
爆発でも起きたかのような音に、耳を塞ぐ者もいた。クシャミをする時、何故か目を瞑ってしまうのは何故だろう?と思いながらも目を開ける。すると俺の目に飛び込んできたのは、あまりの衝撃に言葉を失っている泉、ソフィア、シリウス、リゲルと、纏っていた土の鎧がバラバラに打ち砕かれて気絶しているプロキオンの姿だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
俺はすかさず駆け寄る。まだクシャミが出そうなムズムズが鼻にあったが、必死に堪える。が、さすがに胡椒には抗えない。ならばせめて小さく、と、誰もいない地面に向かってクシャミを乱発する。
「っくしゅ、っくしゅ!・・・っくしゅ!」
ドン、ドォン、ドォン!
小さな爆発は地面を抉った。ようやくスッキリした所で、俺はプロキオンに顔を向ける。
「プロキオンさん!大丈夫ですか!?」
「・・・・・・う、うぅむ・・・」
良かった、大事には至ってないみたいだ。
俺は安心し、へたり込んだ。まさか本当に自分のクシャミが辺りを吹き飛ばす空気砲と化していたなんて、夢にも思っていなかった。
これからクシャミする時は厳重に注意しないとな・・・。
なるべくならしない事に越した事はないのだが、生理現象であるクシャミは、一度出そうになったら止まらない可能性もある。
何とかならないもんかなぁ・・・。
などと考えていると、泉が口を開いた。
「あ、あの、私も、ある行為がこっちに来て変わったんですけど、聞いてもらっても良いですか・・・?」
《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第7話》へ続く。
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