第2話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第2話》


「はっはぁ〜!見ぃつけたぁ」


武装した男は近づいてきた。逃げようにも、足は無情にも震え、逃げる力を与えようとはしなかった。ここがどこかも分からぬ土地で、誰に助けを求めれば良いのかも分からない。


「捕まえたぜぇ」


俺はあっさり首根っこを掴まれてしまった。そして背後の木に押し付けられ、片手で首を絞められている。


こいつ、力が強ぇ・・・!


「い、いやぁ!!!」


間髪入れずにすぐ近くから悲鳴。俺は声のした方へ目をやる。そこには泉に覆いかぶさるようにしているもう1人の武装した男がいた。


「いやぁ・・・」


そいつはたまたまか、狙ってか、汚らしくも彼女の胸へと手を伸ばしていた。


「頭(かしら)ぁ!こいつ、女だぜぇ!!」


「ほう、連れ帰って後で可愛がってやるか」


やめろ・・・。


俺は、いつの間にか恐怖で足がすくんでいたはずが、こいつらに対して怒りを覚えていた。こんな漫画みたいな事があってたまるか。ほぼ初対面の女の子が目の前で襲われそうになっているのは、鳥肌が立つくらいに不愉快だ。


「そいつはどうしましょうか?」


と、泉に覆いかぶさっている男は俺を見た。


「あぁ、そうだなぁ」


嫌な予感しかしない。と、俺を掴む男は、腰に装備している剣をスラッと抜いた。


「その高く売れそうな皮袋だけ奪えば、男に用はねぇなぁ」


男は俺が肩から提げているボディバッグに目を向けた。


俺、殺されるのか・・・?


俺は目を瞑った。泉も、絶望に涙しようとしたその瞬間だった。


「ぐぁっ!!!」


位置的には、泉が押し倒されている辺りからの、男の苦しむ声。


「何だてめぇは!?」


今度は俺の目の前の男の声。何やら焦っている。俺を掴む手の力が少し弱まり、俺は恐る恐る目を薄めに開けた。そこに広がる光景は、明らかに非現実な、まるで本当にゲームの世界に紛れ込んでしまったのではないかと錯覚するようだった。泉に覆いかぶさる男は背中から血を流し倒れ、その傷口が燃えている。彼女は気を失っているようだった。


な、何が起きたんだ!?


分けが分からず、俺は辺りを見渡す。するとほのかに焦げた臭いが鼻を刺した。


『これから死ぬ者に、名乗る必要はない』


女性の声だった。鋭く、どこか気品のある声。しかしそれが俺の首を絞めている男の背後からした声だというのに気付いたのは、男が崩れ落ちてからだった。


「あ、あなたは・・・?」


俺は命の恩人にお礼を言おうと、名前を聞こうとした瞬間、足の力は抜け、その緊張から解放された反動で気を失ってしまった。




・・・。


・・・・・・。


・・・・・・・・・。




・・・ん・・・。




・・・・・・・・・。


・・・・・・。


・・・。




「助けていただいてありがとうございます!!・・・あれ?」


俺は、フカフカのベッドの上で目が覚めた。辺りには誰もいない。外はすっかり明るくなり、窓から差し込む太陽光が暖かかった。俺は広い部屋の中にある、ポツンと置かれたベッドの白いシーツを払い、足を床に着ける形で座った。着ているものはバスローブの様なものだった。


まさか、夢・・・?


でもそんなはずはない。

ここは知らない部屋だ。中世のヨーロッパのような、煌びやかな装飾の施されたベッド、鏡台、銀のポット、いかにも高そうなティーカップ類。物語のお姫様や王様が過ごしてそうだ。ましてや、俺はバスローブを着て寝ない。着ていた服や、荷物も見当たらない。


「ここは一体どこなんだ・・・?」


頭はこんがらがるばかりだ。恐らく昨夜の事もいまいちよく分かってない。野盗?に襲われたところを誰かに助けられたのは確か。その方にお礼も言う事ができず、ぬくぬくとフカフカのベッドで朝を迎えた。状況は考えれば考える程、よく分からなかった。


「とりあえず、辺りを散策してみる、か」


泉さんも心配だ。


俺は立ち上がり、ドアに向かった。古めかしい重厚感のあるドアに近付くと、何やら静電気ではないが、ピリッとした小さな衝撃が体を覆った。痛くはない、むしろ心地いい。


何だ?


わけも分からずドアノブに手を掛けたその瞬間、手はそれを掴む事なく、俺は前のめりにずっこけた。


「おわぁ!?」


「・・・大丈夫か?」


どこかで聞いたことあるような声がし、俺は顔を上げた。そこには命の恩人がいた。うろ覚えだが、間違いない。その人は俺に手を差し出し、心配してくれた。


「起きたのだな。どうだ、体の調子は?」


「ええ、おかげさまで、何とか・・・」


あれ、言葉が通じる・・・?


何事もなかったかのように違和感を感じながらも、その手を取って立ち上がる。女性にしては硬い手だ。たが、暖かい。改めてその容姿を確認すると、とんでもない美人だという事が分かってしまった。赤い瞳、長く、光沢のある金髪、キリッとした目鼻立ち、しかしその顔とは対照的に似つかわしくない銀色の軽装の甲冑。そして腰元には刀が帯刀したあった。


「俺たちがここに運ばれてから、どれぐらいが時間が経ったんですか?」


「およそ12時間程だ」


12時間・・・結構寝てしまったな。


「そうですか、助けていただき、本当にありがとうございました。連れが心配ですので、僕はこれで失礼します」


「それは構わんが、服はどうするつもりだ?」


その女性はニヤニヤと俺の着ている物を指さした。


「あ・・・」


「まぁ、少しはゆっくりとしていけ。お前の連れなら、隣の部屋で寝ている」


俺はそれを聞いて少し安心してしまっていた。後、この人の事も知りたいと、内心思ってしまっていた。甲冑の女性は、銀のポットからティーカップに何かを注ぎ、俺に差し出した。


「そうですか。ならそうさせてもらいます。ところでここって一体どこなんですか?」


俺は再びベッドに座り込み、彼女から受け取ったそれを一口飲む。


うん、美味い。


「ん?お前そんな事も分からんのか?」


何だ、俺変な事言ったか?


その女性は自分にも飲み物を銀のポットから注ぎ、飲むとこう答えた。


「ここはアラグリッド王国内にあるグランツ城の中だが?」


・・・は?


「え、と・・・?日本じゃ、ないんですね?」


「ニ、ホン・・・?聞いたことないな、それは村の名前か?」


・・・俺はどうやら、本当に漫画のような異世界に来てしまったらしい。


「まぁ、何だ、私が聞いたことのない村ということは、かなり遠くみたいだな。帰れる段取りができるまで、ゆっくりしていくと良い」


「は、はぁ・・・」


アラグリッド王国・・・。


俺はその女性の発言で更に頭が混乱した。まるでピヨピヨと黄色いヒヨコが頭の周りをクルクル飛び回っている様子が見える程に呆然としている俺を見た彼女は、クスリと笑った。


「私はソフィアだ。困った事があれば言ってくれ。何か力になれるはずだ」


と右手を差し出した。握手を求めているようだ。


「あ、えと、谷本 コウキ、です」


俺はその手を握った。再度握った彼女の手は、やはり女性にしては少し硬かった。




ズズ、ズズズズ・・・ドガァ!!!




「何だ!?」


俺たちが自己紹介をした直後、隣の部屋から何やら無数の大きな物を無理やり引きずったり、落下した音が聞こえた。それは先程ソフィアが言っていた、泉が寝ている部屋からだろう。


「行こう」


先程までの笑顔が嘘のように、ソフィアは顔付きを変え、俺もその後に続くように部屋を後にした。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第3話》へ続く。

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