《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話》

神有月ニヤ

第1話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第1話》


『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・!!』


『ま、待って・・・、速い・・・!』


俺たちは林の中を走っていた。武装した何者かに追われていたからだ。辺りは暗い。夜だろうか。何故俺たちが追われているのかは、正直分からない、が、予想はできた。恐らく、『得体の知れない連中が突然現れたから』。そして追ってきている奴らが野盗なら、合点がいく。いや、このご時世、野盗なんて日本にいるのだろうか?と頭を傾げそうだが、どうやら今俺たちが走っているこの地は日本じゃないようだった。逃げている最中に目に入った見慣れない道具、動物、まるでゲームの中の様な錯覚にさえ陥っていた。


『・・・一旦隠れよう』


『うん・・・!』


少し先に大木があった。俺ともう1人の女性はなるべく音を立てないように草を掻き分けて、その大木の影へと回り込んだ。追手からは確実に見えない位置だ。俺たちは屈んで、更に見つからないようにしていた。


来た・・・!


俺は殺気立っている奴らの気配を察知し、乱れた息を押し殺した。隣の女性もパーカーのフードをかぶってブルブル震えている。


『どこだぁ!?』


『兄貴、例の魔道具使いましょうや!』


『おお、そうだな』


ま、魔道具ぅ・・・!?


俺たちはどうやら、ファンタジーの世界に来てしまっていたようだ。追手は動物の皮袋から方位磁石の様な物を取り出した。小さくカチッと音がしたと思ったら、何やら音波の様なものが出、ドーム状に奴らの半径10m程を覆った。


何だ、何をしてるんだ・・・?


追われている事を忘れる程の興味が、それにはあった。ゲームのそれなら、ドーム状のバリア、もしくは対象の存在や気配を探知する道具。


って、後者ならヤバくないか?


と思ったのも束の間、追手はこちらを振り返ってニタリと笑った。俺は目が合ったようにも思え、慌てて顔を大木の影へと入れた。徐々に近付いてくる足音。俺は突然襲ってきた恐怖に足はすくみ、動く事ができなかった。


何でこんな目に合わなくちゃいけないんだよ・・・!!


それもこれも、異世界に飛ばされたのはあの出来事のせいなのだろうか。




それは何の変哲のない日曜日。俺は幼馴染のリンに呼ばれて集合場所の駅へと向かっていた。これが雨でなければ最高の日曜日なのに、と空を恨めしく見やるが、そんなのお構いなしに徐々に強さを増していった。


「何もこんな日に呼び出さなくても・・・」


ジーンズの裾(すそ)にハネる雨水を気にしながら、俺は駅の時計台の前へとやってきた。リンはまだ来ておらず、ポロシャツの襟(えり)を気にしながら待つ。コンビニに売っているビニール傘を差し、革生地のボディバッグの中身を確認する。中にはハンカチ、ポケットティッシュ、財布、ダイアリーと筆記用具。どれも自分なりに必要な物ばかりだ。


「へくしっ!・・・っあ゛〜・・・」


俺は雨の気温が下がった日に半袖で来た事を少し後悔していた。いくら晴れた日は暖かいと言っても、朝晩や、雨の日はまだ肌寒い日もある。今朝の天気予報では『暖かい雨』と言われていたのに、見事に気温だけ外された。


リンの奴遅いな、何やってんだ?


集合時間は10時。俺の腕時計は10時を過ぎて更に5分、針は動いていた。しかし、一体何の呼び出しだろうか、この前はリンのお母さんの誕生日プレゼントを買いに付き合わされ、その前は弟くんの高校入学祝い、確かその前は本人が行きたいと言っていた喫茶店のパフェを食べに付き合わされたのだ。こんだけ行動を共にしているのに『彼氏彼女』の関係ではないのが、周りからは驚かれる。これには事情があった。リンには好きな人がいるらしく、俺が聞くと『教えてあげな〜い』と、いつも話が終わってしまう。だから俺たちは幼馴染という枠から進展できない、いや、進展しないのだ。俺が別にリンの事が嫌いというわけではないが、何というか、そこはプライベートな部分だから、本人が言いたくないのであれば無闇に深掘りしないのが俺なりの気遣いだった。


「コウキごめ〜ん!待ったぁ?」


「いんや、10分くらいかな?」


「待ってんじゃん!」


「別に待ったっていう感じでもなかったよ。・・・で、今日はどこ行くんだ?」


俺は早速話を振る。さて、今日は何に付き合わされるのか、ある意味楽しみではあった。


「う〜ん、今日はねぇ、ちょっと買い物に・・・」


買い物、ねぇ。


少し拍子抜けだった。誰の物を買いに行くかも聞かないまま歩き出そうとしたら、何やら交差点の向こうがざわつき始めていた。


さっきまでは人だかりなんてなかったのに、一体何だ?


俺は野次馬行為はあまり好きじゃない、が、不思議と立ち止まってしまった。人々の視線は上を向いており、俺もそこに目をやる。とそこには女性が1人、雑居ビルの屋上の縁に立っていた。髪は長めで、ワンピース状のパーカーを着ており、そのフードを被って顔は見づらい。


まさか・・・!!


俺の嫌な予感は、こういう時に的中してしまうのが嫌だった。これは紛れもなく、今まさに飛び降りようとしている。屋上は風が吹いているのか、女性の来ている服が激しくなびき、それが合図だったかの様に、彼女は飛び降りた。


「きゃぁぁぁ!!」

「まじか!!!」


リンは叫び、周りの野次馬どもはざわめく。が、俺は気付いたら飛び出していた。この高さなら、タイミング良く横からぶつかれば骨折で済むかもしれないと咄嗟(とっさ)に判断したからだ。距離にして俺からその飛び降りた女性の落下地点まではおよそ20m。俺の50m走のタイムは6.6秒、飛び降りた高さは5階建ての約15m。正直無謀だった。間に合うわけがないが、自然と体が動いていた。俺は足に力を入れて一気に飛び込んだ。完全にぶつかれずとも、せめて少しでも彼女の怪我が軽くなるように、手を伸ばす。


ドンッ!!!


と何かが地面に衝突する音が聞こえ、俺は思わず目を瞑った。体に、手に、何かが当たった衝撃が無かったからだ。


ちくしょう・・・。助けられなかった・・・。 


と瞑っていた目をゆっくり開ける。しかし目の前には想像していたものはなかった。女性は無事、何なら落ち着いた寝息を立てている程だ。


「あれ・・・?」


先程とは全く異なる空気感。舗装されていない土の道路を囲うように森が広がっている。俺たちがいた場所じゃないことに、頭が混乱していた。顔をつねってみるが、痛い。これは現実だった。起き上がり、周りを見回す。俺が知る物はそこには何もなかった事に、再び声を漏らした。


「・・・あれぇ・・・?」


とりあえず、彼女を起こさなくては、と肩を叩く。


「お、おーい、大丈夫ですかー・・・?」


2、3回叩いたところで、彼女は目をゆっくりと開けた。これまたゆっくりと上体を起こし、周りを見回した。


「わ、私、ちゃんと死ねたの・・・?」


おどおどとした声に、俺は優しく声を掛けた。


「・・・大丈夫ですか?」


「きゃあ!!・・・だ、誰、ですか・・・?」


小さく縮こまり、小動物かと思うぐらいに、彼女は警戒し始めた。前髪が両目を隠す程あり、暗闇で遭遇すれば幽霊かと思う程、彼女は独特のオーラを纏っていた。


ここは、まず安心してもらわないとな。


「・・・俺は『谷本 コウキ』と言います。普通の高校生ですよ」


くっ付けた様なニコッとした笑顔に、彼女はキョトンとしていた。普通に名乗られた事に驚いているのか、警戒していたピリピリとした空気感はなくなっていた。


「わ、私は『泉 サヤカ』・・・」


泉 サヤカ・・・。どっかで聞いたことあるような気が・・・。まぁ今はいいか。


「泉さん、あなたは恐らく、死んではいませんよ?」


「え?」


俺は自分の顔をつねって見せた。それを見て、彼女も真似してつねっている。結果は顔を見ればわかった。


「信じたくはないですけど、どうやら僕たちは知らない土地に何者かに運ばれたようです。ホント、信じたくないですけど・・・」


誰が何の為に俺たちをこんなところに運んだかは分からないが、とりあえず家に帰りたい。


これだけ暗いんだ。結構時間が経ってるに違いない。リンにも謝らないとな・・・。


と頭を掻いていると、側の草むらがガサガサと激しく音を立てて揺れた。え?と振り向く間もなく、そこには武装した2人組がおり、声をあげた。


「何だてめぇらはぁ!!」


辺りに響きそうな程大きな声の主は、モヒカン頭で、手にナタの様な刃を持つ武器を持っていた。


「ぼ、僕たちは怪しい者じゃ・・・」


と身振り手振りで表現するが、ナタの様な武器を持つ男は、お構いなしにそれを振り下ろした。


ひぃぃぃぃ!!


俺は身を捻ってそれを何とかかわした。


「に、逃げるぞ!!」


呆然としている彼女の手を引っ張り、全力で駆け出した。

そして今、大木の影に身を潜め、居場所がバレつつあったのだ。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第2話》へ続く。

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