「の」の卵

 自分が普通でないという自覚はあるし、出来損ないの中ではかなり出来る方であるという自覚もないわけではない。生まれる環境が整ってさえいれば、天才になり得た可能性もある。が、そうはなっていないのが現状だ。発達障害というのは、世間では理解されづらい。この国なら尚のこと。私は、「普通」になる為に病院へ通っている。

 寝不足で眠たい朝のこと、私は母に連れられて大きな病院に行った。駅から歩いて10分(だが出口を間違えてはいけない)。その病院のリハビリ棟に行くと、見慣れたスタンド体温計にアルコール消毒用のボトルがコンニチワ。その日は見学扱いとはいえ、プログラムの参加はさせてもらえた。

 さて、ベンチの目の前に用意されたのは学校でよく見かける机と、その上にセル画みたいの(クリアファイルを半分に切ったやつ)とたまごの線画が描かれた紙(二、三枚)。どうも今日は(一時間以内に)このクリアファイルの上にたまごの線画を写して、色を塗る作業をするようだった。この時選んだ型紙は、のちのことを考えた上でシンプルなものにした。目の前にいる先生も、母も、この時私が何を考えているのかは分からなかった筈だ。

 私の頭の中には急に「ぬのハンカチ」が思い浮かんできた。一面にひらがなの「ぬ」が模様代わりに描かれた、マンガの世界では一時有名になったやつである。私はコレをわざと「の」にした。コレを行動に移すまでには少しだけ時間を要したが(ちなみに余計なことを言うと、私の好きなひらがなは「も」と「の」である)。

 黒のマジックで線画を描き終え、色付きのマジックで色を塗り始める私は、色むらこそ気になるものの着々と色塗りを進めていった。緑のマジックで「の」を描いて、塗りつぶさずに避けて。「の」が隙間無く(?)敷き詰められている様は狂気を覚える人もいるだろう。だが、コレは全身全霊で遊びまくった結果なのだ。

 案の定、二人とも予想だにしなかったようである。セオリー通りに進めては面白くないし、時間いっぱいまで使えるならコレがいいのではないかと考えた結果なのだが(時間は少しだけ余った)。

 病院の壁に貼ってあるやつが見本なら、見本を越えようとかそんな高尚な思惑があった訳ではない。寧ろ、実験は出来る時にした方がいいというスタンスで描いた。

 ちなみに、私が終わった後に他の人も提出していたのだが、私自身結構戸惑った。同時に、私は「描画は得意だが、造形が苦手」という弱点を身につまされることになった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る