第18話 バルカナ半島


「さて、調査結果をまとめるか」


 潜入作戦を実施してから1ヶ月半が過ぎた。


 魔物たちは無事に城に戻り、俺たちは膨大な報告書と聞き取りヒアリングをようやく終えたところだった。

 休憩もそこそこに、いつものメンバーを集めこれからの作戦を練ることにした。


「ふわぁ〜、話を聞くだけって眠くなるわねえ」

 ミアが子どもらしく大きなあくびをした。結局ミアが大人の姿になったのはあの日一度きりで、以降はずっと幼女のままだ。大人の姿だと俺が集中しないから、らしい。その通りである。


「それぞれの話をまとめると、こういうことですわね」

 リリエルが各地で手に入れた地図をばさっと広げる。


 魔王城はワーデリアという大きな大陸から南側に突き出た半島に位置するらしい。これはバルカナ半島と呼ばれ、この半島には神聖ヴォルデニア王国とオルタンス公国がある。神聖ヴォルデニア王国は東側、オルタンス公国は西側の海に面しており、両国共周辺の小さな国を統合してできた大国だ。魔王城はちょうどバルカナ半島の真ん中、両国の国境沿いに位置している。


「他の国については、よく分からないんだな」

「…両国の北には、大陸へ通じるアルデシア山脈がまたがっていますが、あまりにも険しいため人間には越えられないようです」

「海も常に大渦が発生していて、結局元の位置に戻って来ちゃうんだってさ」

 なかなかに閉ざされた地域のようだ。その割には、文明が発達しているが。

「…ひとまず魔王城周辺のヴォルデニア王国とオルタンス公国だけに焦点を絞るか」

 レイラやアルフィーと半島周辺の地図を確認する。


 神聖ヴォルデニア王国は人口100万人、君主は今年59歳になるエルガー二世。王立騎士団が警備を担っているため、治安は良い。王国の主な産業は畜産業、農業、林業、建築業。


「100年続く王国にしては意外と牧歌的ぼっかてきだな。武器や防具をつくる貴金属系の産業がメインかと思っていた」

「山と海に囲まれた半島なので、あまり強大な敵の侵攻がなかったようですわ」

「南側の暖かい気候だから食料もその辺の木から取れるし」

「…建築資材もアルデシア山脈に豊富にあるので、堅実に国力を伸ばすことができたのでしょうね」

「エルガー二世も先代の一世も在位期間が長く、周辺諸国の人望も厚かったためまとまりやすかったようですわ」

「へえ」

 確かに、市場では豊富な食材が目立った。この中世ヨーロッパ程度の文明において、あそこまで食料が豊富なのは珍しいと思う。そういえば、小野山も下水道などのインフラを整えると言っていた。食料も豊富、建設系の技術力も豊富。平民の生活基盤が安定しており、地形が要塞のようになっているため周囲に大きな脅威もない。同じ位置にある魔王城も、その恩恵を貰っている。周囲が戦禍の激しい国々ばかりなら、ここの魔物たちも争いに巻き込まれすぐに討伐されていただろう。


「あ、もしかして魔王城をこの位置にしたのは、魔物の食料や周辺の国の規模についても考慮していたからか?」


 意外と賢いじゃないか、とミアを見ると鼻ちょうちんを出して眠っていた。

「ふがっ? …え?」

「…起きたか?」

「んあー、こんな真面目に人口やら地形やらを会議するのは初めてよ。終わった?」

「いや、まだ序盤だ」


 ええー、と目をしょぼしょぼとさせるミアを見て、これはないなと再び地図に向き直る。


「…ちなみに、この城は100年前の魔王が建てたものなので、ミア様は関与してません」


 ぼそっとレイラに耳打ちされたので、この話題は終わりにする。



 対するオルタンス公国は人口80万人、君主は元々北の山を領地としていたフェルナン・オルタンスという貴族だった。公国の主な産業は鉄鋼や宝石などの貴金属の産出および加工業。農業や畜産業は自国をまかなう程度だという。


「…オルタンス公国の方が金属を扱っているのか?」

「アルデシア山脈の西側は鉱山らしいからね」

「ということは、ヴォルデニア王国の武器はオルタンス公国から仕入れてるってことか」

「武器だけじゃなくて、魔法道具も仕入れてるだろうね。この世界の宝石には、魔力を秘めたものもあるから。魔石って言うんだけど」


 アルフィーが言うには、普通の人間は魔法を使えないが、特定の宝石を使えばそれに近い力を引き出せるらしい。

「…てことは、俺も魔法を使えるってことか!?」

「まあ、相性とかもあるらしいけど、使えないことはないんじゃない?」

「まじか…。この間の市場で買っておけばよかった…」

 色とりどりのアクセサリーは、魔法道具だったのかもしれない。残念がっていると、アルフィーがそれはどうだろう、と口を挟んだ。

「魔石はすごく貴重なはずだよ。その辺の村人はもちろん、前に城を攻めてきた兵士たちでさえ隊長クラスが一つ二つ持っているだけだった。オルタンス公国の上層部がほぼ独占してるんだろうね」

なるほど。『兵力の量はヴォルデニアの方が上だが質はオルタンスの方が上』。サキュバスの報告書にあったのはそういうことか。

「オルタンス公国が貴金属を提供する代わりに、ヴォルデニア王国は農作物や建築技術を提供する。そうやって両国のパワーバランスは均衡を保っている…」

 俺とアルフィーは顔を見合わせたあと、うーんと唸った。


「…人口についてはどうです? 元々、人口と組織について知りたいということでしたが」

 レイラが話題を本筋に戻した。

「そうだな。この地域の人口は二国合わせて180万人か…。」

「どのくらい増やすか、目標の目処めどは立ちましたか?」

「うーん…」


 地図を見ながら、四角形に見える半島の面積をざっと計算する。

 以前ミアと城からヴォルデニア王国まで歩いた道のりを歩幅から逆算し、地図上に大ざっぱに書きこむ。地図の縮尺が正しければ、半島全体は南から北まで約800km、西から東までが約500km。山の傾斜や湖など、人が住めない環境諸々を無視して単純計算すると、日本(377,900 km²)と同じくらいの面積だ。


「面積だけで考えるなら1億人以上入るが…」

「いちおく!?」

「む、無理でしょ…」


 確かに、現代日本の人口である1.2億人は意外と多い。

 日本と同じくらいの国土面積を持つドイツは8000万人、日本より少し大きいタイやフランスでも7000万人程度。日本より少し小さい面積のフィリピンやベトナムという新興国でさえ1億人程度だ(※2017年 世界銀行のデータより)。小野山と少子化問題について調べていたときの知識が異世界こんなところで役立つとは。


 とはいえ、食料事情も衛生事情も違うこの世界では、5000万人を超える目標すら不可能に近い。そもそも、人口ってどういう倍率で増えていくんだ? 最初は勢いで人間を増やすと言ったものの、世界を知れば知るほどよくわからなくなってきた。


「他の世界の魔王と差をつけるなら、やっぱり半島だけで1億は欲しいんだが…でも医療も農業も製造業も土木業も何もかも未発達だし…」

「…まあまあ、この世界には来たばかりですから」

「僕たちの寿命も長いし」

「まずは10年以内に目指せ1000万人! でいいんじゃない?」

「…適当だな…」


 俺の寿命はこいつらに比べるとかなり短いし、この調子だと人口を増やす前に強制送還されてしまいそうだが…。自分の知識不足に自己嫌悪しつつ、このまま推測しても埒が明かないので、ひとまずこの話題は『目標は10年以内に1000万人到達』で置いておくことにした。大規模な戦争や自然災害がなければ何もしなくても到達出来そうな目標だが。


「…次に、『魔王軍俺たちに協力してくれそうな人間や組織』か『反抗しそうな人間や組織について』だが」


 全員が一斉にうつむく。


 残念ながら、魔王軍に対する市民の認識はどれも似たり寄ったりのものだった。


 −村人Aの証言。

 えっ? 魔王? ああ、向こうの城に住んでるちっちゃい子どもか! 大勢の魔物を連れてきたことがあるけど、石を投げたら逃げ帰っていったよ。え? 絶望したかって? うーん、畑にイタズラされたりしたら困るなー。


 −兵士Bの証言。

 魔王城? ああ、前にヴォルデニア王国とオルタンス公国の連合軍として向かったことがあるよ。自称魔王とやらに魔法を使われて焦ったけど、軍団長がうまく話を収めてくれたおかげで大した被害は出なかったんだよなあ。そんなことより、隣の国の動きの方が気になるね。ここ何十年か平和だったのに、俺の年になって戦争に巻き込まれるのはやだなぁー。


 −商人Cの証言。

 魔王城? さぁーよく知りません…。魔物? 100年前はちょくちょく出てきたらしいですが、最近はイノシシやオオカミといった動物が出るぐらいですかね。…え? 最近のきな臭い噂? オルタンス公国が内輪もめしているくらいですか…。よくは知りませんが…。


「…なんというか、歯牙にもかけられていないというか、気にも止められていないというか…」

「ふん、人間どもの見る目がないのよ」

「まあ、実際悪いこと何もしてないしね」

「悪いことをするには力がいりますからね」

 魔王軍に対するのほほんとした評価に苦笑いしつつ、話を進める。


「協力関係を築く突破口があるとすれば、内輪もめしているらしいオルタンス公国に潜入してうまくやるぐらいか…でもどうやって…」

 ゆるゆると頭を振る俺に、リリエルがすっと手を挙げる。


「オルタンス公国の内部情報についてお話しましょうか?」

 リリエルがにこりと微笑む。結局この人(魔物だが)も1ヶ月丸々帰ってこなかった。主にオルタンス公国周辺で元気に羽を伸ばしていたらしい。そのリリエルによると、以下のような話だった。


 −オルタンス公国は、其の名のとおりフェルナン・オルタンスという貴族が治めている国である。正確には、治めて。数ヶ月前に先代が何らかの理由で急逝し、一人娘であったエリシュカ・オルタンスという少女が形ばかりの跡を継いだという。政治に疎い少女に代わり、側近たちがあの手この手で権威を勝ち取ろうと画策しているらしい。最近は、周辺の領主や貴族も絡んで政略結婚の話まで出ているとか。


「…リリエルさん、内部のいざこざをよくここまで調べましたね」

「うふふ、好きなんですの。こういう噂話」

 語尾にハートを付けて柔らかく微笑むリリエル。とんだゴシップガールである。


「…おかげさまで、考えがまとまりました」

「え? 私は全然まとまってないけど」

 すっと前を見据える俺に対して、ミアがきょとんとした目を向ける。


「…オルタンス公国について聞いたときから考えていたことがある」

「ええ? それ、一ヶ月以上前からってこと?」

 ミアの問いに目だけで頷いた。こういうゴタゴタを嗅ぎつけ、それに乗じて利益を取るのは得意な方だ。


小さく息を吸い、全員の顔を見て考えを口にする。

「俺たち魔王軍は、オルタンス公国と同盟を結ぶことにする」

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