第17話 あいつと鉢合わせ



「…情報も順調に揃ったな」

「私のおかげね!」


 得意げにニヤリと口角を上げるミア。はいはい偉かった、と流す。

 ふてくされているミアは気にせず、集めた情報のメモを見返した。


 老若男女から集めた情報量は相当なものだった。帰ったらこれらをまとめる作業をしなければならない。ほかの魔物たちの情報も整理しなければ。遅めの昼飯でも食って早めに帰ろう。

 そう思いながらふと曲がり角を抜けると、正面から見知った顔が歩いてくるのが見えた。


「げっ!」

「何よ、変な声出して」

「隠れてろミア!」

 ミアを横脇の路地に押し込み、壁に押し付ける。

「え、あ、きゃっ」

「何すんのよ!」ともがくミアの口を手で塞ぎ「静かに」と囁く。

 もう一度、歩いてくる人物の顔を見る。


 −小野山だ。


 リリスだったか、金髪の女神も一緒だ。二人とも以前襲撃してきたときのような重装備ではなく、普段着である。散歩か買い物をしている最中か。

 俺は小さく舌打ちする。神聖ヴォルデニア王国はかつて天界の加護を授かった国。天界からの使いである女神と勇者がこの街を拠点にしていても不思議はない。


 二人はどんどん近づいてくる。


 俺は大通りに背を向け、ミアの顔を隠すように抱きしめた。

「なななな、なにすんのよ!」

「カモフラージュだ」

 出張先でバカップルを見るたびに「チッ、目障りな」と舌打ちしまくっていた小野山を思い出す。こうやってイチャついているフリをしていればすぐに目をそらすはずだ。今思えば重症だったな、あいつ。

「は? カモフ…ええ…っ〜!」

 騒ぐミアを壁と俺の間に押し付ける。ここで討伐されることだけは避けたい。どうにかしてやり過ごしてみせる。


「…ん?」

「どうしましたモモカさぁ〜ん? 好みの男性でも見つけちゃいましたか〜?」

「いや、それリリス様でしょ…ていうか、いま財前サンに似ている人がいたような…」

「ざいぜん〜?…ああ、魔王の城でカエデと呼ばれていた人間ですねぇ」

「…あっ、すみません、ただのバカップルでした。背格好しか似てませんでした。わざわざフード被ってくっつきあっている不愉快な物体でした。私ああいうのダメなんですよね、じゃれる姿が可愛いのは小動物と子どもだけだと思いません? フードで顔を隠すぐらいならあんなことしなければいいと思いません? 大の大人が公衆の面前で承認欲求満たすなんておかしくありません? チッ、爆発すればいいのに…」

「きゅ、急に早口になってどうしたんです…うわ、舌打ち…? えっこわぁ〜…」


 バカップルに親でも殺されたような小野山の暴言にドン引きする女神。その声がだんだん遠ざかる。

 二人がそのまま俺たちの後ろを通り過ぎた気配がしたので、ふぅ、と一息ついてミアから離れた。


「よし、もう大丈夫だ」

「ぷはっ、おま、おお、おまおま…」

 ミアがぷしゅ〜と顔から煙を出しながら俺に何か言っている。

「あ、ごめん、息できなくて酸欠になったよな」

「ち、ちが…いやそれもあるけど…」

「でも騒ごうとするお前が悪いんだぞ」

「いや、おま…」

「とりあえず、人気ひとけのない場所に移動するか」

「へっ…? えっ…?」

「はぐれるなよ」

 酸欠のせいかまだ赤い顔をしているミアの手を引いて、俺は小野山と反対方向の道へ進んだ。



 * * *



 街のはずれに人気のない広場があったので、腰を下ろし休憩する。


「ふう、やっと二人きりになれたな」

「ふ、ふたり? おおお前、なな何するつもりよ…? ま、まあ今ならやってあげないこともないけど、でもでもまだ心の準備ができてないっていうか」

 ミアが小声でぶつぶつ何か言っているが、聞き取れないので構わず俺の話を始める。

「なあミア」

「ひっ!?」

 がしっとミアの肩を掴む。


「動物に変身してくれ。なるべくかわいいやつ」


「…。 …? …はぁあ!? なんでよ!?」

 さっきまで大人しくしていたかと思えば、急にガブッと噛みついてきた。

「いてて…小動物ってそういう意味じゃねーよ!」

「あぁん!?」

 俺の手を口に咥えながら吠える。この小動物、ガラが悪すぎる。

「小野山と話したいことがあるんだ。人型のお前を連れてたら、向こうも警戒するだろ」

「別行動すればいいじゃない!」

「それじゃいざというときお前を守ってやれないだろ」

 え、とミアが目を見開く。

「お前、いまめちゃくちゃ弱いから」

「…はぁ!? そういう問題!?」

「そういう問題だろ?」

 フーッと猫のように唸っていたが、しばらくして大きなため息を吐き、最後は拗ねたような表情になった。

「…自分より大きな人型に変身してたから魔力が残り少ないわ。小さいのにしか変身できないわよ」

「そのほうがいい」

「途中でアップルパイ買ってよね」

「はいはい」

「…変身魔法メタモルフォーゼ


 小さな光に包まれ、ぽん、と手のひらサイズのウサギのような生き物が現れた。長い耳の手前に、ちょこんとツノが生えている。

「おおー、可愛い。お前、いつもその姿でいいんじゃないか?」

「殺す」

 ウサギ(?)になったミアが再び噛み付いてくる。さっきより力が強い。

「いてっ、嘘だよ、いつもの人型のほうが可愛いって」

「ふん、どーだか」

 ミアはぷいと口から離れ、そのままピョンと肩に飛び乗った。言葉に反して、顔は満足そうだ。なんだか、機嫌の悪い恋人をなだめている気分である。

「ミア、人がいる場所では声を出すなよ。人間が動物と話すのは目立つから」

「はいはい、キューキュー鳴くだけの小動物になりきるわよ」

 ほら早く歩きなさいよ、と再びガブリと噛まれ、ため息をつきながら広場を離れた。



 * * *



「…今日はお一人なんですね」


 ミアを肩に乗せしばらく街を散策していると、ふいに後ろから声を掛けられる。


 相手はこの街に俺がいると途中から気付いていたのだろうか、特段驚いた様子がない。俺の方もわざとらしく驚いたフリをするのは止め、普通に返事をすることにした。


「よっ、小野山」

「よっ、じゃないですよ。街まで降りてきてどうしたんですか」

「ちょっとな。お前こそ、女神様はどうしたんだよ?」

「リリス様はその辺の屋台でお食事中です」

 ちょうどいい。女神監視役がいない方が話しやすい。


 キュ、とミアが鳴く。

「…それは?」

「ああ、これ? ペット」

 ウサギもどきのミアが「フー!」と怒る。ペット呼ばわりされたことが気に入らないようだ。どうどうとなだめる。

「ツノ…ということは魔物ですか? 魔力も微弱で、ほとんど害はないようですが。小さくて可愛いし。魔物がみんなそうだったらどんなにいいでしょうね」

「実際、今はそれに近い状態にしてる。軍を縮小シュリンクさせて、俺が主導権イニシアチブを取りやすくした。人間を増やすことを目的に、これからどこかと同盟アライアンスを結んで魔族と人間どちらも得ウィンウィンになる計画スキーム開始ローンチするつもりだ。お前らの合意コンセンサスが取れればもっと楽に動けるんだがな」


 ミアが困惑した表情を浮かべる。内容が分からないのだろう。分からないように言ったのだから、当然だ。小野山と結託していると思われたら(実際そうなのだが)後々ややこしいことになる。


「私個人としては賛成アグリーですけど、監視役オブザーバー障壁ボトルネックなんですよねえ」

 ちらりと小野山が屋台村の方を見る。女神が聞いていないか気にしているようだ。

「ま、なるべく目を逸らすようにしますよ。今は魔物討伐よりも下水道の整備に忙しいので」

「お前、そんなことしてるのか」

「人口の増加が街の発展に繋がり、ひいては人間の発展に繋がりますから。インフラ整備に今は力を入れているんです」

 技術的なことは専門家に任せてますけど、と小野山が胸を張る。誰かさんと違って大きい。ミアがジト目で見ている。

「じゃ、俺とお前の『人間を増やす』って目的は一致してるわけだな」

「魔族がどういう理由でそんな目的を掲げたのかわかりませんが、財前サンがうまくやってくれたってことですね」

「今度会った時にでも話すよ。これからもよろしく頼むぜ」


 がし、と握手をする。元の世界でも案件プロジェクトが成功した時はよくやっていた。この世界でも、頼もしい後輩だ。


しばらく見つめ合っていると、キュー!とミアが唸る。

「いて、何怒ってんだよ。ほら、これやるから」

 さっき買ったアップルパイを口に放り込んでやる。フガフガと何か喋っているが、次第にうっとりとした表情になった。お気に召したらしい。

「へー、魔物もそういうの食べるんですか」

 小野山が純粋に驚いた顔をする。

「食事は人間とほぼ同じだな。たまに街に降りて買ったりもしているらしい。ま、食べ物が文化交流の架け橋になってるわけだ。魔王城に美味い飯を送ると魔物が温厚になりますよ、って女神様にも伝えといてくれ」

「なにそれ、自分が食べたいだけじゃないですか」

 小野山がクスクス笑う。俺もつられて笑った。ミアはまだアップルパイを齧っている。


 ではまた、とポニーテルーをひるがえして小野山は去っていった。

 俺はそれを見守る。ミアが低い声で笑った。


「あの人間のメス、完全に私たちの計画に騙されていたわね」

「ん? ああ、人間を増やすって話か」

「そのあと絶望をり集めるとも知らず…」

「ま、小さい絶望だけどな」

「その時が来たら恐れおののくがいいわ、人間のメスめ!」

「どうした急にハイになって…」

 ククククク、と押し殺したように笑うミアに呆れていると、夕日が降りてきた。


「そろそろ帰るか」


「あいつ…カエデと握手なんて…クソッ…私だってまだ手を握ったことないのに…」

「…ミア?」

「ククククク、なんでもないわ、さあ戻るわよ!」


 新しい笑い方を身につけたミアに若干の不気味さを覚えつつ、城までの道を引き返すことにした。今夜も野宿だろうな、と傾きかけた日を見て目を細める。



 * * *



「あらぁ〜? 今日はずいぶんとご機嫌なんですね〜、モモカさぁん」

「そ、そうですか?」

 女神リリス様がニヤニヤと話しかけてくる。そんなに私は顔に出やすいだろうか。


「カエデくんでしたっけぇ? 彼、相変わらず顔はいいですねぇ」

「見てたんですか」

「ふふ、モモカさんが心配で〜」

 はあ、と息を吐く。この女神はやはり監視役オブザーバーだ。勇者が勇者らしくない行動を取れば、すぐに切り捨てて別の人間を召喚する。ただの仮説に過ぎないが、常に他人事のような女神を見ていると、その疑惑は確信に変わった。気を引き締めなければ、と口を真一文字に結ぶ。


 そんな私と比べて、と財前の顔を思い浮かべる。


 …彼は随分と雰囲気が変わった。ように思う。やさしくなった、というか。表情豊か、というか。…楽しそう、というか。


 小野山桃香は思う。これは嫉妬だ。


 元の世界の財前は、常に張り詰めた空気を出して仕事をこなしていた。淡々と冷徹に仕事をこなし、徹底的に合理的な判断を下す。そんな財前に憧れを抱きつつ、同時に恐怖も感じていた。同僚たちが悪魔、と呼ぶのも頷ける。


 それが、あんな顔で笑うなんて。


 彼がそんな顔をするようになったのは、あの城で暮らすようになってからだろう。


 彼が変わった理由が、私じゃなくて、悪魔だなんて。


 −悔しい。


「それにしても、小動物とたわむれる美形の男性って絵になりますね〜」

「えっ」

 急にあらぬ話題を話し始めたリリスの声に動揺する。

「モモカさんが思わず見とれちゃうのもわかりますぅ〜」

「えっ? え?」

「でも、それが見たいがために話しかけるまで数分間尾行するのはどうかと思いますけどぉ…」

「そそそそれは何て声を掛けようか考えていたからで!!あ、じゃなくて周りにあの小動物以外の魔物がいないか注意していたからで!!!いや、確かに小動物とじゃれる財前サンはすごく良かったけど!!…ていうかどこから見てたんですかぁあ!?」

「ん〜、今度魔王城へお菓子でも差し入れしますかねぇ〜」

「最初から最後までですかぁああ!!??」


 …本当に、この女神は油断ならない。

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