第16話 神聖ヴォルデニア王国街歩き



『人間がこの世界に何人いるのか』、『魔王軍俺たちに協力してくれそうな人間や組織はあるか』、逆に『反抗しそうな人間や組織はあるか』。


何人増やすことを目標にするのか、どうやって増やすか、各組織をどう利用するか。細かいことは情報がすべて揃ったあとで決めればいい。

最優先は最初に言った3つの情報、そのほかは各自の判断で役に立ちそうなものを集めて欲しい。

期限は1ヶ月。進捗がどうであれ、この期限以内には城に戻ること。


「−以上だ。 シークレット潜入作戦スパイミッション開始!」


広間でミアが号令を掛けると、魔物たちは威勢良く返事をし各国へ散っていた。


「あとは城で待つだけだな」

「久しぶりにのんびりできるわ」

うーんと背筋を伸ばすミアに、リリエルが笑いかける。

わたくしも情報収集とやらに行って参りますわ」

ツノを隠すようなフードと荷物を手にし、リリエルが腰をあげる。

「えっ? リリエルも行っちゃうの!?」

「…行くのは軍の魔物だけだと思っていました」

「あら、この城で一番街に降りているのはわたくしですわ。せっかくの機会ですから、協力しなければ」

そう言っていそいそとパンやリンゴ、飲み物や本を詰めていく。遠足気分か。


「カエデ様はミア様のおりをお願いしますね」

「お守り」

「ミア様、い子にしていてくださいな」

「良い子」

「すぐに戻りますわ」

リリエルは呆気に取られている俺とミアに微笑みかけ、ルンルンと出かけて行った。



* * *



「…ひーまーだーわー!ひまひまひまひま」

「うるさいぞミア」

「やることが何にもな〜い〜!」


あれから一週間が経った。


報告の文書は送られてくるが、誰も帰ってくる気配がない。


期限を1カ月と長めに取ったが、1体ぐらい人間界の生活に合わず逃げ帰ってくる奴がいるかと思っていた。予想外に全員エンジョイしているらしい。

アルフィーとレイラが積み上げられた報告書を手に取り読み上げる。


「…『報告者、オークA。潜入先、ヴォルデニア王国周辺の森林。伐採が進み、人口が急激に拡大している模様。魔族に協力しそうな暴力的な人間のオスを発見、尾行。しかし数日着、何者かに殺害されているのを森林で発見。犯行は人間のメス。今自分は死んだオスの生まれ代わりとしてそのメスに飼われている。殺した相手の生まれ変わりだと自分を可愛がるとは、人間の心理はよく分からない。−追伸。焼いたキノコは美味い』」


「なんだその報告書」

拾い読みするアルフィーに向かって、ミアが蔑んだ目を向ける。


「…『報告者、サキュバスB。潜入先、ヴォルデニア王国の裏路地。親しくなった人間のオスM(青年、商人、精力○、テクニック△)より、この国の人口が100万人、隣国のオルタンス公国は人口80万人であることを聞き出す。もう一名親しくなった人間のオスS(中年、元騎士、精力○、テクニック◎)より、騎士団員の数はヴォルデニア王国が勝っているが、質はオルタンス公国騎士団の方が上であることを聞き出す。両国とも、魔族に対しての認識は浅い…というより、軽んじている印象を受ける。理由は、100年ほど前に君臨した魔王があまり侵略活動を行わないまま、天界の助けによって滅せられたからだという。魔族に対する油断が我々の好機になれば幸い。−追伸。搾りたてのミルクは最高」


「すごく有益な情報だけど…!合間に変な言葉入ってる…!」

レイラの声で読み上げられた文書に耐えきれず、思わずツッコんでしまった。


「…『報告者、ケルベロスC。潜入先、オルタンス公国の川辺。人間の子どもに追いかけられる毎日。平和。特に報告することなし。−追伸。屋台の焼きたてローストチキンは格別』」


「…いやこいつは仕事しろよ!!!」

呆れ顔で報告書をつまんでいるアルフィーに向かって叫ぶ。

「それはほんとそう」

アルフィーとレイラが同時に頷く。


「ていうかなんで全員食べ物について書いてんだよ!? そんなに人間の食べ物が気に入ったのか!? サキュバスについてはちょっと違うような気もするけど!!!」

「みんな人間の生活を満喫してるよねー」

「…この城の食べ物、そんなにまずかったかしら…」

「言ってる場合か! これは遊びじゃなくて仕事だぞ! しーごーとー!!!」


一通りツッコみ終えると、うーんとミアが伸びをした。


「報告書だけだと、いまいち細かい部分が見えないのよねえ」

手近にあった報告書をつまんで斜め読みしたあと、ポイッと放るミア。

「仕方ないだろ、それは後で聞き出してまとめるんだから」

「それじゃーリアリティってやつがないのよねえ」

嫌な予感がする。

「私も街に降りてみたいなあ」

すごく嫌な予感がする。

「カエデも来てよ」

「いってらっしゃい」

「…いってらっしゃいませ」

的中した。


「ぜったい嫌だ」


「なんでよ!!」

ミアがぐわっと詰め寄る。

「絶対自分勝手な行動するだろ。絶対トラブル起こすだろ。絶対いやだ」

「絶対って何回言うつもりよ! そんなことしないわよ!!!」

わーわー騒ぐミアを見て、レイラとアルフィーが示し合わせたようにため息をついた。

「いいんじゃない、息抜きに行ってくれば。城も静かになるし」

「お前ら…俺を生贄にして平穏な生活を手に入れるつもりか…!」

「…ずっと城に篭りきりでは体に悪い。羽を伸ばすいい機会ですよ」

「伸ばせねーよ! だいたいこいつとなんて…」

次の言葉を言う前に、ミアが笑顔で会話を打ち切った。


「さすが二人とも、分かってるわね! そうと決まれば、行くわよカエデ」

レイラがすっと荷物を差し出し、それをひょいとミアが受け取る。

ご丁寧に俺の荷物と服まで用意してあった。

…これは。


「お前ら、すでに打ち合わせ済みだな…?」

わなわなと震える俺に、アルフィーが爽やかな笑顔を向ける。

「僕たちは報告書の整理でもしながら留守番してるからさ」

普段は無表情のレイラもまで、心なしか微笑んでいる…いや、ほくそ笑んでいる。

「…仲良くお二人で行ってらっしゃいませ」


嫌だああああああ! と叫ぶ俺の首根っこをつかみ、ミアが勢いよく扉を開けた。



* * *



地図とコンパスを頼りに、まずは神聖ヴォルデニア王国へ向かう。


初夏なのだろうか、辺り一面は青々とした草原が広がり、遠くには高く青い山々がうっすら見える。元の世界でも似たような風景は見られるのだろうが、空にドラゴンが飛んでいるのは異世界ならではといったところか。


「…あのドラゴンも魔族なのか?」

「ツノがある異形の者はほぼ魔族ね。あれより大きいドラゴンなんて、魔界にはたくさんいるわよ」

「…へえー」

「アルフィーも前の世界までは召喚できたんだけど、今は無理だわ」

「ドラゴンって召喚できるのか?」

「もちろん。あの子も、昔の魔王が召喚したものが野生化したものね、きっと」

抜けるような青空を自由に飛び回るドラゴンを指差すミア。


「…野良ドラゴンって怖すぎないか?」

「きゃっウンコ!」


俺のツッコミは、道端に落ちているドラゴンのフンを見つけたミアの声で、あっさりかき消されてしまった。


ミアはツノを隠すフードをかぶり、ちょこちょこと歩きながら道草を食う。時にたわいもない会話をしながら、俺はその後ろを歩く。子どもミアの速度に合わせているので、進みが遅い。

結局、1日目は野宿になった。簡易キャンプを張り、焚き火を起こし、米と干し魚、その辺で拾った草を煮詰めて簡単な夕ご飯を作る。


「通り過ぎた村で宿を借りれば良かったな」

「いやよ、あんな粗末な家に泊まるなんて。外で寝た方がマシだわ」


それはない。

ミアのツノをすっぽりフードで隠せば、問題なく泊めてもらえただろうに。

でも、頭上に広がる星空を眺めていると、これで良かったかもな、という気がする。


「そういえば、魔族も人間と同じようなものを食べるんだな」

「魔界なら食べなくても平気なんだけどね。人間界に降りたら普通に食べるわ」

「生肉とか食べないのか?」

「食べれないことはないけど…すっごく不味いから、私は調理した方が好きね」

「…人間の肉とか…」

「誰が食べるか!!! …ローストチキンとか、ポトフとか、サラダがいいわ」

「おしゃれだな」

「野菜は魔物たちが中庭で作ってくれてるからね。今頃はレイラが手入れしてくれてんのかしら」

「平和だな」


焚き火に照らされながらそんな話をしていたら、いつの間にか眠ってしまった。


−翌日も、ミアが草原の虫を捕まえたり、ミアが花を摘んだり、ミアが昼寝をしたり、進まない地図を片手にゆるゆると歩を進めていった。


…まあ、そんな急ぐ旅でもないし、いいか。


俺がこれじゃ魔物たちの浮き足立った報告書に文句は言えないな。

普段ならもう少し気を引き締めるのだが、城から出た開放感のせいだろうか。なんだかいつもの調子が出ない。アルフィーたちが言っていたとおり、息抜きにはちょうどいいのかもしれないが。


道中、大きな湖があった。歩き疲れてほてった足を冷やす。

「ここでお風呂に入りたいなあ」

「あ、俺も入りたい」

「やだ、見ないでよ!」

「見ねーよ!」

ミアの道草に付き合っていたおかげでずいぶん遅くなった。

本当は今日の昼頃には着いていたはずなんだけどな…。


「おっまたせー」


湖からタオル一つで上がってきたミアを一瞥して、俺も体を洗いに向かう。


「…いやもうちょっと興味持ちなさいよ!?」


全然全く1ミリたりとも興味が湧かない。逆に興味が沸いたら色々とまずいだろう。

騒ぐミアを置いて服を脱ぎ、水の中へ入った。


暗くなってきた空を見て、ほうと息をつく。相変わらず星が綺麗だ。


そして、今日も野宿である。



* * *



そうして数日歩き続けた頃。


「お、もう少しで神聖ヴォルデニア王国だな」

「長かったーぁ!」

「お前が途中で遊んでたからだろ」

「なによ、カエデだって楽しんでたじゃない」


子どものように(実際見た目は子どもなのだが)ぷーっと頬を膨らませるミアを見て呆れる。と同時に、ふと聞いてみた。


「お前、一応28歳なんだろ? 人間の大人に変身とかできないのか?」

「はぁ? 何言ってるのよ。そんな必要ないわ」

「…はぁ〜」

思いっきりため息をついてみる。

「な、なによ」

「美人でオトナな女性と一緒なら、人間も簡単に情報を漏らしちゃうと思うんだけどなぁ〜…。ミアみたいな可愛い女の子が人間になったらさぞ見栄えするだろうになぁ〜…。ついでにツノも隠せたら一石二鳥なんだけどなぁ〜…。もったいないなぁ〜…」

大げさに悩んだふりをして、横目でミアを盗み見る。

「…ふん、そこまで言うならしょーがないわねぇ」

特別よ? と言いながら詠唱の準備を始めた。ちょろすぎる。


「魔界における我が真の姿を授けたまえ……変身魔法メタモルフォーゼ!」

パッ、と辺りが輝き、ミアの体が光に包まれる。


「…なっ…!?」

瞬きした瞬間現れたのは、豊麗ほうれいな美女だった。

つややかな赤い髪、キリッとした華やかな顔立ち、ボリュームのある胸と対照的にきゅっと引き締まった肢体。なのに衣装は依然いぜんとして露出狂まがいの水着にフード付きのマントを羽織っただけなので、目のやり場に困る。


「どう? これが私のダイナマイトボディよ!」


「…あ、ああ…すごく…美人だと思います…」

軽口を叩こうとしたが、混乱して普通に褒めてしまった。頭ではあのミアだとわかっていても、目の前にセクシーな衣装の美女がいれば思考停止する。だって男の子だもん。目を泳がせながら返事をすると、なぜかミアも照れ出した。

「な、なによその反応? まま、魔界ではいつもこの姿だったけど?」

「あ、そ、そう」

「お、お前が望むなら、始終この姿でいてやってもいいわよ?」

「えーと、それだと仕事に集中できないからいい」

「はぁ?」

「ていうか、服も変えられないのか? お前のその格好はエロ…通報されるだろ」

「はぁあ? 私のセンスに文句言うつもり?」

なんとなく、慣れてきた。美人は3日で飽きると言うが、中身がミアだと思うと30秒ぐらいで飽きる。


とはいえ豊満な体を公衆の面前に晒すのも忍びない。

結局、ミアの体をマントですっぽり覆うことで解決した。



* * *



「おおー…これが神聖ヴォルデニア王国」

「栄えてるわね〜」

高い城壁をくぐり、王国の城下町へ入る。


町というより、街だ。

遠くに見える巨大な純白の城が、この国の豊かさを物語っている。

「お前の城より大きいんじゃないか?」

「ふん、まあまあね」


市場は活気で賑わっていた。肉や野菜、穀物などの食材だけでなく、武器やアクセサリーなどの貴金属も豊富に揃っている。

「…これは力ずくで攻め落とすのは無理だな」

「そお? これくらいの街、前の世界では火の海にしてやったわよ。アルフィーが」

「物騒なことを言うな」

というか、アルフィーのやつ、そんなに強かったのか。

「ミアはなにをしてたんだ?」

「面倒だからリリエルと城で昼寝してたわよ」

「お前……」

「あっ、あれ食べたーい」


屋台の食べ物を見るたびに騒ぐので、ため息をつきながら金貨を渡してやる。

どの店主も、ミアの顔を見るやいなや破顔する。

「よし! お姉さん可愛いから、おまけしてあげよう!」

「きゃっ! オジサンありがとう〜」

俺に向かって小さくVサインするミア。「ちっ…男がいるのか…」と小声で悪態を吐かれているが、ミアは気にしないようだ。俺は気にしている。こいつの男じゃないです、と全力で否定したい。


ちなみに金貨はレイラの増殖魔法でいくらでも増やせるので、特には困らない。

むしろ、金の力を使って社会的な意味で人間界を絶望させるのはどうかと軽い気持ちで提案してみたが、ミアとアルフィーにドン引きされた。そういうやり方はポリシーに反するらしい。


そんな回想に浸っていると、街の女性たちの声が聞こえてきた。


「…ねえ、あの人超かっこよくない?」

「…どこかの国の王子かもよ…?」

「お忍びかしら…」

そんな人物どこにいるのだろう、と辺りを見回すがそれらしい人物はいない。


しょっちゅう聞こえる声に、ミアが次第に怪訝な顔になり、恐る恐る聞いてきた。


「…まさかあれ、お前のこと?」

「ふっ、当然だな」

「ええ〜…」

「露骨に嫌そうな顔をするな」

渋柿のような顔をするミアをぺしんと小突く。「当然だな」と格好つけたものの、俺も最初は分からなかった。王子めっちゃ探したもん。

自分がイケメンだという自負はあるが、あまりにもイケメンという設定が生かされないので(リリエルにはからかわれるだけだし)本当に自分がイケメンだったのか疑っていたところだ。周りが魔物ばかりで人間の容姿を気にしないから気づかなかっただけなんだな。良かった、イケメンだと思っているのが俺の独りよがりじゃなくて。自尊心が保たれたので、やる気スイッチも入る。


「おいミア、この街へ来た目的を忘れていないか?」

「ええ…急になによ…? 今まで散々遊んでたくせに…」

「遊んでたのはお前だけだ」


「すみません、そこのお嬢さん方」

ひそひそと話していた女性たちに向かって颯爽と話しかける。

「きゃっイケメン…」

「は、はい、何でしょう…」

「つかぬことをお尋ねしたいのですが、いいですか?」

「な、なんでもどうぞ〜!」

爽やかな営業スマイルをフル活用して道行く女性(もしくはどちらもイケそうな男性)たちに質問する。


ほどなくして、この国周辺の人口、治安、組織、国の構成など、欲しかった情報の大半が集まった。


「いいか、情報収集ってのはこうやるんだ」

「人間のメスの好みってよくわからないわね…」

「お前もやるんだよ!」

「えええ〜!!! どうやるのよ!?」

「俺がやってたように聞きたいことをさりげなく聞くだけだ」

「お前の会話なんて聞いてなかったわよ〜!」


いいから行ってこい、と商人や旅人といった情報通そうな男に片っ端から声を掛けさせる。あまりにも演技がぎこちないので美人局つつもたせに間違われるかと思ったが、逆にそのぎこちなさが緊張していて可愛いと思われたようだ。人間は都合のいいように解釈する生き物である。あんな美人に突然声を掛けられたら、俺も絶対同じことを思うだろう。


…これだけ情報が集まるんだったら、わざわざ魔物たちを訓練して行かせなくても俺とミアで十分だったかもな…と遠くを見る。


…大丈夫だ。人生に無駄なことなんて、ない。


「あ、あのぉ〜…! わ、私道に迷っちゃってぇ〜…」

「おおーどうしたんじゃ、綺麗なお嬢ちゃん」

「この国のこと、全然知らないんですけどぉ〜…」


そう自分に言い聞かせながら、人間に媚を売りまくる魔王様ミアを見守った。

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