第15話 国の組織を潰す



 魔物を愛らしい見た目に変化させ、人間界へ紛れ込ませる−。

 シークレット潜入スパイミッションを決行すると決めた日から早1ヶ月が経った。


 断じて遊んでいたわけではない。

 下準備に思いのほか手間取ったのだ。


 城の中にいるのは通常より温厚な魔物ばかりとはいえ、ふとしたときにどうしても凶暴性が現れる。「人間を絶望させる=攻撃する」という先入観を失くすのにかなり時間が掛かった。頭では理解していても、どうしても手が先に出てしまうのだろう。


「動く前に、10秒数えろ。それでもダメなら、頭のてっぺんにある怒りをなくすツボを押せ」


 少し前に流行ったアンガーマネジメント怒りを抑える方法の本を読んでいてよかった。なお、ツボの場所は適当である。スライムとかどこが頭か分からないし。プラシーボ効果とでも言うべきか、「ツボを押すと怒りを感じなくなりました!」という魔物たちの言葉どおり、むやみやたらに攻撃することはなくなった。


 本当に攻撃しないかどうか、人間(というか俺)とのレクリエーション(中庭を使ってサッカー)を通して感情をコントロールしたり、人間をより油断させるため母性をくすぐる演技の練習(キュンとする仕草をやり合うだけ)をしたり、万が一の場合に備えて素早く逃げ隠れる練習(レイラが鬼役、捕まったらきついお仕置きが待っているため全員全力で逃げた)をしたり、相当厳しい訓練をした。


 断じて遊んでいたわけではない。


 俺はそこに加わったり加わらなかったり、手の空いた時間に面接(アルフィーが召喚した魔物の選別)(凶暴な魔物が出たらお帰りいただく)をしたり、面談(という名の魔物たちのお悩み相談室)をしたり、レイラやアルフィーと頭脳トレーニング(という名のチェス遊び)をしたり、忙しい日々を過ごしていた。


 断じて遊んでいたわけではない。


「なるほど。どうりで最近、カエデ様の顔がいきいきしていらっしゃるわけですね」

「そう見えます?」


 ふいにリリエルから声をかけられて、回想から戻った。

 確かに、肉体的な疲れよりも次は何をしようか、魔物達はどう成長するか、といった楽しさのほうが勝っていた。端から見てもそんなにわかりやすかったとは。


「夜にお部屋を尋ねても、全然いらっしゃらないのですもの」

「あー、アルフィーの召喚に付き合ったり魔物と話し込んだりしてますからね…って、部屋に来てたんですか!?」

「ええ、寝れないときは、カエデ様とお話したい気分になりますから」

 ぽっと頬を赤らめて手を添えるリリエル。

 それ、夜這いって言うんじゃないんですか。

 俺としたことが、なんて惜しいことをしていたんだ。


「事前に言ってもらえれば部屋にいるようにしますよ。例えば、今日とか」

「あら、お気遣いなく。気分で決めていますから」


 ちなみに今日は気分が乗らないのでいいです、と笑顔ではぐらかされた。完全に遊ばれている。

 未だにリリエルは何を考えているか分からないが、そこがいい。裏の顔が垣間見えて怖い時もあるが、ミアやレイラちんちくりんばかりのこの城で、彼女は俺の唯一の癒しである。サキュバスは怖い。


「リリエルさん、夜がダメなら今日はこの後お茶でも」

「カーエーデー!!!!」


 話を続けようとした瞬間、騒々しく邪魔が入った。


「聞いて聞いて聞いてーーー!!!!」

「じゃりんこミア…」

「じゃり? まあいいわ、ね、魔物たちの準備はパーフェクトよ! これで人間の子どもに追いかけられても攻撃して傷つけることはないわ! むしろ怯えたふりをして人間の同情を買うすべまで身につけたのよ! ここまで来ると私の軍で劇団を作れる気がしてきたわ!!!」

「あ、そう…すごいな」

「何よ! もっと喜びなさいよ!!!」

「フフ、さすがです、ミア様」


 劇団って、お前はどこに向かおうとしてるんだ。リリエルもこういう時こそツッコんでほしい。

 邪魔をされて露骨にテンションが下がっている俺のことは気にせず、ミアはえっへんと胸を張る。胸ないけど。


「ね、早く街へ出ましょう。とっとと情報を吸い上げて人類絶望計画を進めたいわ!」

 なんだその物騒な名前の計画。

「まあ、確かにそろそろ行動すべきだな…」


 リリエルとのお茶会は残念だがまたの機会にしよう。

 俺は気持ちを仕事モードに切り替えて、二人に向き直る。


「よし、まずは情報収集のための情報収集をするか」



 * * *



 ミア、リリエル、アルフィー、レイラ、といつものメンバーに声をかける。

 慣れたもので、俺が着く頃には各々好みの飲み物を持ってダイニングルームに待機していた。


「いよいよ人間の街に降りて情報を集めていくが」

 まずは俺が口火を切った。

「最優先で知りたい情報は3つだ。『人間が今何人いるのか』、『魔王軍俺たちに協力してくれそうな人間や組織はあるか』、逆に『反抗しそうな人間や組織はあるか』」

 自分でも曖昧な指示だと思うが、最初は手広くやったほうが後から調整が効く。

 ひとまずこれでどうだろう、と4人の顔を見渡すと、レイラが口を開いた。

「…『反抗しそうな人間や組織』はいないと思います。というのも、ミア様は力がないのでそこまで目立った活動はできていません。村へ出向いても普通に追い払われてましたし、むしろ『カワイイ魔王様だぜ!』と笑われてました。我々に対してあからさまな負の感情を持っている人間は少ないでしょう」

「おい、わざわざ言わなくていいわよ」

 ミアが睨むがレイラは素知らぬ顔をしている。レイラこいつもたくましくなったな。


「確かに、魔王城に攻めてくる一般人は他の世界より少ない…というかゼロですわね」

 普通は魔族の暴力に対し、我慢に耐えかねた一般の人間が暴動の一つや二つ起こすそうだ。だが幸か不幸か、今回は放っておいても害のない魔王だったため、それに対してわざわざ対策するくらいなら畑でも耕していたほうがマシだと思われていたのだろう。ちょっと笑う。

「あ、でも僕たちが初めてこの世界に来たとき、思いっきり襲撃されたよね」

「…確かに、ごく初期は一般の人間に攻められたことがありますね」

「そうなのか?」

 レイラが目を閉じ、思い出すように話を続ける。


「この城周辺の領土を治める神聖ヴォルデニア王国とオルタンス公国に攻められました。我々の城は、これら二国の国境付近にありますので。カエデ様が来る数ヶ月ほど前でしょうか、それぞれ騎士団を率いて攻めてきました」

「よく切り抜けられたな…」

 そもそもなんでこの城をそんな国境付近の場所に置いたんだ。「おっきい国がそばにあって、人間を滅ぼすのにラクそうだったからよ」とミアが言う。そうだよな、ここまで弱体化してるなんて思わなかったんだもんな。話がそれる流れを見かねて、アルフィーが続けた。


「あの時は城の中で戦ったから、ミアの魔法もなんとか使えるレベルだったんだ。まあ、それでもお互い結構疲弊したから、一旦休戦した」

「あの時は泣き散らかしたわね。もう疲れたーって」

 俺は呆れ顔でミアを見たが、当の本人は気にしていないようだ。

「向こうの軍団長たちも話のわかる人でね。そちらの領土は侵略しない、と形だけの協定を結んだら帰ってくれた」

 さすがアルフィー、懸命な判断だ。軍団長たちも、幼い二人を見てそこまでの脅威ではないと踏んだのだろう。まあ、二人とも中身は立派なアラサーだが。

「それからその…神聖ヴォルなんとかとオルなんとか公国の二国に、目立った動きはあるのか?」

「神聖ヴォルデニア王国とオルタンス公国だね。あれから特に向こうが攻めてきたことはないから、たぶん放っとかれてるんじゃないかな」

 魔王なのにスルーされてる。いいのか、それで。

「どちらかと言うと、私たちより自分の国の領土争いに夢中なようですわ」

 口を開いたリリエルに、ミアが驚く。

「なんでそんなこと知ってるの?」

「たまに買い出しで街へ降りますから。その度に噂を耳に挟みましたの」


 聞けば、神聖ヴォルデニア王国は老齢の王が治める大国で、100年ほど続いているという。昔、天界の加護を直接授かったこともあるという由緒正しい国家だそうだ。対してオルタンス公国は、30年ほど前にオルタンス公爵という貴族が建てた国。その公爵が病で倒れ、残ったのは政治に携わったことのない一人娘のみ。誰が実権を握るか、側近たちが内輪揉めしているところをヴォルデニア王国が狙っている、という噂だという。


「よし、潰そう」


 口を開いた俺に、えっ、と全員が顔を見合わせる。


「ちょ、珍しいじゃない!人間を殺すのにそんなに積極的になるの!」

「お前は人間を殺すことから少しは離れろ」

「え、違うの?」

「違う」


 国同士の関係が緊迫していて、かつ一方が国内に火種を抱えているのは好都合だ。

 歴史が動くのはいつもそんな瞬間である。


「潰すのは」


 俺はすっと顔を上げる。


「国の組織だ」

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