第14話 ムキムキ魔物をラブリーキュートに



「−お疲れ様」


 ミアの肩をポンと叩く。


「ご立派でしたわ」

「ミアも大人になったよねえ」

「…魔物たちも非常に喜んでいました」

 リリエル、アルフィー、レイラが口々に労いの言葉をかける。

 魔物たちはそれぞれの持ち場に帰り、残ったのは俺たちだけだった。


「言葉一つであんなに喜んでくれるなんて、知らなかったわ」

 ミアは照れ臭そうに鼻を掻いた。そうだな、と俺は頷く。


「…カエデのおかげかも」


 え、と俺は声を上げる。


「ありがとね」


 にひひ、と笑うミア。


 こんなに直球で礼を言うのは珍しい。よほど嬉しかったのだろう。


 どういたしまして、と言葉を返した。



 * * *



「…そういえば」


 広間からダイニングルームへ移動し、一息ついたところでレイラが口を開いた。


「…明日からのトレーニングはいかがいたしましょうか」


 昨日勇者襲撃の一件があったばかりなので、魔物たちには今日の筋トレを休むよう伝えていた。


「うーん、二週間やっても効果なかったしなぁ」

 アルフィーが腕を組んで頭を捻らせる。

「成果の出ないものを延々とやらせても、もちべーしょんが下がるだけよねぇ」

 ミアが大きく伸びをし、ため息をつく。

 リリエルも困ったように笑っているだけだ。


「…一同に集まっている魔物たちを見て思ったんだが」

 俺は思ったことをそのまま口にすることにした。


「やっぱり、見掛け倒しすぎないか?」


「なによー! 私の変身魔法に文句があるって言うの!?」

 ミアがぷんすかと俺に指を向ける。さっきまで理想の上司然としていたが、いつもの調子に戻ったようだ。

「いや、だってあんなにムキムキなのおかしいだろ」

 特にスライムとサキュバスのマッチョな姿はダメだ。演説中も気が散ってしょうがなかった。視覚の暴力である。

「隊長たちだけじゃなくて、他の魔物も全部同じ外見にするつもりだったのに…」

 やめろ。


「確かに、見た目は強そうなのにすぐやられちゃうっていうのもダサいよねえ」

 アルフィーが再びうーんと頭を捻らせた。さすが常識人。この流れで最後までいきたい。

「人間は異質で邪悪なものを見るとすぐに排除しようとするんだ。あの見た目だと、真っ先に討伐の対象になりかねない」

「異質で邪悪? カッコイイと思うんだけど…。私がおかしいの?」

「私はマッチョもぽっちゃりも細マッチョも好みですわ」

 相変わらずズレたポイントを拾うミアとそれに乗っかるリリエルを置いて、話を進める。


「いっそ、魔物たちが弱いことを逆手に取ろう」

「…逆手に…」

「弱さを利用するってこと?」

「そうだ」

 比較的真面目なレイラとアルフィーに向かって話す。


「ミアが弱体化のペナルティを受けていて、周りもその影響を受けている。この大前提が覆らないのなら、強さを求めても無駄だ。結局強くならないんだからな」

「まあ、一理あるね」

「…しかし、個人が弱いままでどうやって人間を絶望させるんです?」


 ふ、と俺は口の端を上げる。


「個人が弱くても問題ない。仕組み《システム》で解決する!」


 個々の従業員の能力は低くても、優れた仕事の仕組み《システム》を導入することによって成果を出している企業は山ほどある。ファーストフード店や製造業の工場がその代表だ。アルバイト店員ばかりでもそれなりに回るのは、仕組みシステムが整っているからである。


 あ、話終わった? と各々の好みについて語り合っていたミアとリリエルが顔を上げた。お前らはもう少し真面目にやれ。


「話、聞いてたか?」

「弱い部下をどうするかって話でしょ?」

「違う。弱いのは弱体化した部下をうまく使えないお前だ」

「なに? 私が弱いって? しょうがないじゃない、ペナルティなんだから」

 弱いと言われると激昂していたくせに、今度は開き直る方向にしたらしい。精神が少し大人になったというか、タチが悪くなったというか。

 俺は一息ついて、ミアに向き直る。

「そうだ、それと同じで魔物が弱いのもしょうがない。ぜんぶお前のペナルティのせいだからな」

「喧嘩売ってんの?」

 ミアがむっと眉間にシワを寄せる。喧嘩をしたいわけじゃないので、すぐに言葉をつなぐ。

「だが弱体化したからといって、個人の能力がすぐに死ぬことはない。というか、そもそも使えない個人なんていない。悪いのは彼らを生かせない組織のシステムだ。お前がトップなら、常にそう考えるべきだ」

「しすてむ…?」

「簡単に言えば仕事の仕組みだな。今までのやり方をドラスティックに思いっきり変えれば、あいつらの個性も活かせると思う」

「ええー、あの魔物たちが戦闘で使いものになるとは思えないわ」

「…ミア様、カエデ様の言うとおりですよ。配下たちを見下しすぎです」

 渋るミアにレイラがここぞとばかりに追撃してくれたが、俺はあっさり否定した。


「あ、ここの魔物が戦いで役に立たないのは本当のことだ」

「!? カエデ様、配下たちの味方では…!?」

「いや、ミアよりは断然部下の魔物たちの方が好きだし味方になってやりたいけど、彼らが戦いで何もできないのは本当のことだから」

「非情…!」

「カエデ、前半聞き捨てならないんだけど?」


 下からガンを飛ばしてくるミアは無視して、ショックを受けるレイラに向かって指をビシッと突きつける。

「トップは部下のことを考える。それと同じように、部下はトップのことを考えるんだ! 自分たちの境遇に文句を言うんじゃなく、その環境をどうやって変えられるかに意識を向けなきゃいけない!」

 自分に矛先が向くとは思わなかったのだろう、レイラがうろたえている。ミアの横暴ぶりには同情するが、こいつは少し部下側の意見をくみ上げすぎている気がする。根が優しいからだろうが、仕事では公平性が大事だ。このまま押していく。

魔王トップが部下たちに何かをしてくれるのではなく、部下たちが魔王のために何ができるのか考えろ!」

 完全に某国大統領演説のパクリだし、彼とはニュアンスも全く異なるが、レイラはいたく感動してくれたようだ。とりえず、この良い感じの雰囲気のままフィックスしよう《結論を出そう》。


「もう一度いう、個人が弱くても問題ない、仕組みシステムで解決する!」


 わかった、というように全員が頷いた。よし、なんとか勢いでまとまった。


「…でも、どうやって?」

 アルフィーが疑問を口にする。


「俺に考えがある」

 息を吸い、一瞬間を置く。


「−魔物をもっと可愛くしよう」


「いやいやなんでよ!?!?」


 ミアが勢いよく立ち上がった。

「それ完全にお前の好みじゃないの!?」

「私は可愛い系も好みですわ」

「…私も」

「僕も」

「何!? お前たちカエデに弱みでも握られてるの!?」

 意外と賛同者が多いことに安堵しつつ、俺は主旨を説明する。


「正直好み云々うんぬんはどうでもいいが、可愛いことには大きなメリットがある」

「メリットぉ?」

「絶望に陥れるってのはな、上げて落とした方が効果が大きいんだ」

「なんの話?」

「単にゼロからマイナスになるよりも、プラスからマイナスに落ちる方が下げ幅が大きいだろ?」

 いきなり話されてもわからない、という顔をしているミアに代わって、リリエルが助け舟を出した。

「つまり、可愛い見た目で油断させてから殺した方がいい、ということですよ」

 いや、殺しはしないですけど。

「あー、なるほどね。カエデもえげつないこと思いつくわね」

 えげつないのはリリエルだが。


「まあ、解釈に違いはあるけど、そんなところだ。いたいけな小動物をわざわざ討伐するような人間は少数派だろうし、そういう見た目なら人間の生活に潜り込むのも簡単だ」

「なんか姑息ね…魔王軍らしくなくて納得いかないわー…」

「その名もラブリー☆大作戦だ」

「ますますやる気なくすわねー…」

「シークレット潜入スパイミッションだ」

「やるわよ!!!!」

 ガタン!と急にミアが立ち上がる。28歳児はかっこよさげな横文字に弱い。


「そうと決まれば全員を呼び寄せて変身魔法をかけるわ!」

「ああ、ムキムキ魔物をラブリーキュートにして見た目で油断させよう」

「そして人間を殺すのね!」

 殺さないって。



 * * *


 

 レイラに何グループかに分けて魔物を呼び出してもらう。

 まずは筋骨隆々のオーク隊長とその部下たちが部屋を訪れた。


「オラたちって…可愛くなれるんですか?」

「うーん……」

 肉に埋もれた小さな目、醜く潰れた鼻、ぼってりと分厚い唇、そこから覗く猪のような牙、だらしなく突き出た下腹。いきなりハードル高い。

「余裕よ。…変身魔法メタモルフォーゼ!」

 ミアがヒュッと手を一振りすると、オークたちがピンク色の光に包まれる。

 次の瞬間、人間の子どもぐらいのサイズまで縮んだオークが現れた。

「こ…これは…!!」

 つぶらな瞳、ちょこんと生えた小さな牙、子豚のような愛らしいフェイス、ぽよんと突き出たお腹。うわー、カワイイ。

「ミア…知らなかったぞ…! お前にゆるキャラを創造する才能があったなんて…!」

「ふふん、ゆるきゃらが何か知らないけど、私はセンスがいいのよ」

「さっきの方が良かったように思いますが…」

「リリエルは黙ってた方が良いよ」

「…断然こっちですよね…」

 個々人の感想は別として、変身したオークも含め、全員が目を丸くしている。

「か、可愛いってこんなに作れるんですか!?」

「オラ、自分じゃないみたい…」

「これは人間もメロメロだなぁ〜」

 きゃっきゃとはしゃぐオークたち。声は野太いオッサンのままだが、このギャップが良いような気がするので、そのままにしておいた。

「次!」

 レイラが叫ぶ。


「スライムか…」

 ぷよぷよとうごめく物体。隊長は例によってムキムキだが、その部下たちはアメーバのようでなんとなく気持ち悪さを感じる。

「これは簡単ね。変身魔法メタモルフォーゼ!」

 パアァ、と光が包み、スライムの形が変わっていく。

 アメーバ状だった体が栗のような丸いフォルムに代わり、くりっとしたまん丸な目が現れ、その口元には可愛らしいスマイルが…。

「…いやこれはダメだ!!!!」

「なんで?可愛いじゃない」

「可愛いけど!!!! 著作権的にダメ!!!!!」

 ドラゴンをクエストするゲームキャラに酷似していたので、速攻でNGを出す。

「ええー、何言ってるかよく分からないけど…じゃあこれは?」

 デザイン変更されたスライムは、大福のようなころんとした体にウルウルした目がついたもっちり感溢れる生き物だった。

「OK」

 これなら著作権侵害で訴えられることはないだろう。万が一訴えられたらスライムじゃなくておもちのキャラです、と言って訴訟回避できる。まあ異世界だから関係ないんだが。

「次!!」


「やっと元の姿に戻れるわァ…」

 サキュバス隊長の性別不明なまでに鍛え上げられたボディービルダーのような肉体が目立つ。人体としては彫刻のように完成された美しいものだが、性的興奮は全く覚えない。対してその部下たちは、豊満な胸にキュッとくびれたウエスト、布面積の少ない服をまとった美女揃いだった。人間と違うのは、肌の色が水色だったり緑色だったりと異様にカラフルなことぐらいか。

「サキュバスはそのままでいっかなぁ」

確かに、すでに可愛い。人間の男性ならば危ないとわかっていても近寄ってしまうだろう。女性相手だと色々な意味で敵意をもたれそうだが。いや、女性が好きな女性には大ウケするか…?ちょっと混乱してきた。

「…まあ、下手に変えるよりこのままの姿の方が人間も期待するだろ」

「期待って、ナニを期待するのォ〜?」

「カエデちゃんだっけ? 貴方も期待してるゥ?」

「やっぱりオスなのねェ〜、ウフフ」

 裸同然の美女にからかわれて、狼狽うろたえる俺。周りの目が心なしか痛い。

「…次!!!!!」

 レイラが言うよりも早く、大声で叫んだ。



* * *



 その後も、子犬のように愛らしいケルベロス、二頭身になったキノコ魔物、おもちゃのようにコミカルな動きをするゴーレム、ロリッとした美少女になったハーピィ、手乗り文鳥サイズのコカトリスなど、ラブリーでキュートな魔物たちが量産された。


「すっ…ごく疲れたわ…」

「ミアPプロデューサー、ご苦労様」

「画伯でしたわ」

「…見直しました」

「ミアのこと初めて尊敬したよ」

 俺、リリエル、レイラ、アルフィーから褒められて、力なく笑うミア。どうやら今回ばかりは疲労の方が大きいらしい。


「これから魔物を徐々に人間界に慣らしていかなきゃいけないが…。それが終わったら、いよいよ潜入作戦ミッション開始だな」

「潜入って言うけど…どこへよ?」

「当然、人間の街だ」

「へっ!?」

 全ては情報収集のために。


 ラブリー☆大作戦改めシークレット潜入スパイミッション−を開始ローンチする。

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