第13話 魔王の演説


 −財前楓の朝は早い。


「今日も朝から幹部会議です。間もなくトップが演説するんで、今はその準備です」


 −忙しそうですね?


「はい。でも、会社員だった頃より楽しいかな。メンバーは個性的な奴ばかりだし、出勤時間は自由、オフィスは自然に囲まれた好立地。いい場所に来たなと思いますね」


 −理想的な転職だったと。


「転職、という表現が正しいかどうかはわかりませんがね。文字通り、いつクビを切られてもおかしくない環境ですし。ま、させませんけどね。ははは」


 コンコン。


「…入ります」


 ガチャン。


 脳内で某プロフェッショナル番組のナレーションをしていると、レイラが扉を開けて入ってきた。スンと現実に戻る。


「…部隊長クラスも下位の魔物も含め、全員を広間に集めました」

「よし、いこう」


 俺はコホンと咳払いし、43体の魔物がひしめく広間へ皆と向かった。



 * * *



 集まった魔物たちを高台から見下ろす。

 人間で言えば1000人は収容できそうな大きな広間に、魔物がパラパラと棒立ちで固まっている。ミアの魔法でマッチョになった部隊長クラスはともかく、他の魔物のサイズが小さい。

 空白のスペースが広すぎて虚しさがこみ上げる。


 …うん、わかってたけど、43体って少ないよな。


 中高生の学級会じゃないんだから。

 もう少し増やしたいところだが、今のところはしょうがない。


「…諸君、静粛に!」


 レイラがよく通る声でピシャリと言った。

 さすが軍団長、威厳がある。まあ、もともと静まり返った会場なので、わざわざ静粛にする必要はないのだが。雰囲気、大事。


「魔王ミア様から直々にお言葉がある」


 さあどうぞ、とレイラに話を向けられ、ミアはカチンコチンと口を開いた。

「う、うぇーと、本日はお集まりいただき誠によろしくありがたく…」


 ん?


「わわわ我が魔王軍のげん…げ現状についてて…」


 んん?


「きょぉ…きょきょ今日はおは、お話しししたぁく…」


 んんん?


「おいミア、お前」

「うぅううわあああんん、緊張するよぉおお!!!!!!!」


 俺の方を向きながら涙目になるミア。ていうか、泣いてる。


「え、レイラ、こいつ部下の前でこんな風になるのか!? いや違うよな!? この間いつも通り話してたよな!?」

「…意識するとアガっちゃうタイプなんですよね。特にこういう改まった場だと」

「いや魔王にそんなキャラ設定いらないから!」


 いつもの生意気な態度はどこへ行ったんだよ! 普段がアレなんだからせめて改まった場ではちゃんとしてくれ! なんで肝心なところでもポンコツ!?


 これでは威厳も何もあったものじゃない。

 普段ミアの横暴さを知る魔物たちがこの姿を見たら、さぞ呆れかえるだろう。いや、むしろ暴動が起きるレベルじゃないのか、これ。


 恐る恐る下に控えている魔物たちを見ると、思いのほかみんな温かい目をしていた。

「やっぱミア様かわいいな〜」

「ツンデレツインテール美少女ってだけで許しちゃうよな」

「妹みたいよね〜」

「むしろ娘みた〜い」

 温かい目っていうか、幼子おさなごいつくしむ親の目である。


 …そうだった、まともな魔物はとっくのとうに退職済みだった。

 こんなことで腹を立てる血気盛んな連中は、ミアの無謀な人間侵略作戦ですでに消えてしまったのだろう。

 ある意味、今までのミアの功績のおかげである。


「…ミア、魔物たちは誰もお前の失態は気にしていないぞ。いつも通り喋ればいい」

「い、いつもどおりってぇ? わわわたし、いつもどんな風に喋ってたぁ?」

 ふるふると震え声で話すミア。重症すぎる。

「緊張するなら、魔物が全員アップルパイだと思って喋ってろ。大丈夫だ、みんな自分の失敗は覚えてても他人の失敗なんてすぐに忘れるから。いざとなったら俺が代わりに喋ってやるから」

「ゔゔぅう、頼むわよぉ」


 ミアが深呼吸し、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「…えと、今日集まってもらったのは他でもない。私たちの使命ミッションについて、改めてみんなと想いを共有したい」


 少し落ち着きを取り戻したようだ。ちゃんと言葉になっている。俺が用意したカンペを見ながらだが。

「私たちは、人間を絶望させるために人間界へ降りてきた。その目的は変わらない。だが、その手段は変えようと思う」

 魔物たちからざわざわと声が上がる。


「私たちは、人間を殺さずに絶望させる」


 どよめきが大きくなった。レイラが「静粛に!」と声を上げる。


「…魔界へ送る絶望エネルギーは、別に大きくある必要はない。わざわざリスクを冒して大きな絶望を与えずとも、小さな絶望を多量に搾取するだけでいい。その方が、お前たちに苦労を掛けずに済む。…我が軍は、弱体化しているのだから」

 魔物たちがお互いの顔を見合わせる。その隙を見て、ミアが言葉を繋げる。


「今後の作戦を伝えるわ。まず、この世界の人間を現在の倍に増やす。私たち魔族はそれに協力し、人間からの信頼を得る。人間が我々を認めれば、この城の脅威はひとまずなくなる。最終的に、人間同士で諍いを起こさせ、我々は労せずしてどの世界よりも多くの絶望エネルギーを勝ち取る」

 まだ困惑している様子の魔物を見て、ミアが一息吸う。


「…先日召喚した人間と立てた作戦よ。異論があれば手を挙げなさい」


 また一斉にざわめきが強くなった。

「人間と考えた作戦?」

「なぜ人間が我々魔族に手を貸す?」

「あの横にいる人間だよな? 確か、勇者を追い払ったと隊長が言ってたぞ」

「てことは味方なのか?」

「たぶん、人間をものすごく憎んでいる奴なんじゃないのか…」

「同族を憎むあまり魔族落ちした元人間か…」

「ああ、どうりで陰険な感じがすると思った…」

 おい、聞こえてるぞ。


「異論があれば、手を挙げろと言ったはずよ」

 ミアが睨みを効かせながら見渡す。ほとんどの魔物たちは静かになったが、一体のオークがおずおずと手を挙げた。


「…あの」

「何よ?」

「人間を増やすって、どうやるんです?」


 ふっ、とミアが鼻で笑う。

「カエデ。答えて」

 私そこまで考えてないから、と自慢げに言われた。

 うん、ですよね。

 俺は軽く咳払いして、オークの質問に答える。


「人間を増やすことは簡単だ。奴らの生活基盤を整え、産業を活性化させる。これだけだ。まずは情報収集が先だから、具体的な指示は追ってミアが出す」


 人間の歴史を見るに、産業革命・農業の安定・医療の発達、これらが合わされば人口爆発が起きる。過度にやりすぎると俺が元々いた国のように少子化になるが、この世界は城の内装からして中世ヨーロッパ程度の文化とみた。当分はその心配はないだろう。


「あ、そうじゃなくて」

 オークが気まずそうに言う。まだ何かあるのか。

「オラたち魔物は、召喚や分裂によって増えますけど」

 何か嫌な予感がしてきた。

「人間はどうやって増えるんです? …やっぱり召喚や分裂ですか?」

「…それは」


 コウノトリさんが運んでくるんだよぉおおおー…!!!


 と叫びたい衝動を抑えて、こめかみに手を当てる。え、何この質問?

「そりゃそうでしょ、他にどうやって増えるのよ」

 ミアが反論する。いや、違うんだ。

「オークってやっぱりメスはいないのねェ」

「ミア様もカッワイイー」

 サキュバスたちがクスクス笑っている。純粋な若者(?)をいじるのはやめてほしい。

「えーと…人間は…」

 俺は目を泳がせながら言葉を探す。リリエルが心なしか笑いを堪えている。あんた、絶対知ってるだろ。


「…男と女が愛し合うと子どもができます」


 道徳の教科書みたいな回答になった。


「ブフォッ」

 堪えきれずリリエルが吹き出す。

 サキュバスもゲラゲラ笑っていた。

 嘘は言っていないからな、俺は。平静を装いつつも、顔に熱が集まるのを感じる。


「…あ、わかりました…」

 全然納得していないようだが、オークも深く詮索してはいけないと思ったのかすごすごと手を下げた。なんだこの茶番。


「他に質問は?」

 全く気にしていない様子のミアが、くるりと周りを見渡す。


「はい」

 もっちりとしたスライムが触手(?)を伸ばした。

「殺さずにどうやって絶望を与えるんですか?」

 今度はまともな質問だ。

 カエデ、と目で促されたので再度代わりに答える。


「それは人間である俺が一番よく知ってるから心配しないでくれ。仕事、恋愛、金銭面。人間が絶望する原因は至るところにあるからな」

 言っていてちょっと悲しくなる。

「その方法で、ボクたちは楽しいんですか?」

 意外と猟奇的なことを言うスライムだ。険しい顔を作って反論する。

「楽しいか楽しくないかじゃない。仕事は娯楽じゃないんだ」

 スライムが少し怖気付いたように見える。ここで一気に畳み掛ける。


「お前はプロの魔族として魔界から派遣されたんだろ? なら、自分の楽しみを追求する前に職務を全うしろ。それが本物の魔族としての務めだと思うが」

 プルプルとスライムが震えている。

「本物の…魔族…」

 怒らせてしまったかと身構えたが、どうやら感動しているようだ。

「ありがとうございます」

 もにょん、とお辞儀(?)をしてスライムは一歩下がった。


 しかし、偉そうに説教してみたものの、今の俺は自分の楽しみを追求するために仕事をしている。スライムの方は俺の言葉に感動してくれたようなので何も言わないでおくが、なんか、ごめん。

 ふと隣を見るとミアが気まずそうな顔をしている。そういえばこいつも率先して自分の楽しみを優先する奴だった。俺の言葉を自分のことと受けとめ、少なからず動揺しているようだ。なんか、ごめん。


「…他に質問は?」

 若干テンションが下がった状態でミアが問いかける。

 特に手が挙がらないところを見るに、一旦はこれでお開きのようだ。


 終わりの挨拶をするようミアに耳打ちすると、思いがけない言葉がミアから出てきた。


「…私は、今までいたずらに攻めすぎていたように思う」

 俺は驚く。魔物たちも何事かとミアの顔を見上げる。


「…私が至らないばかりに、多くの犠牲を出した。私はもっと自分の弱さを認めなければならなかったし、自分の快楽ではなく軍のためを想って行動すべきだった。今まで皆を無謀な作戦に付き合わせて、すまなかった」


 絞り出すように声を発したあと、頭を下げるミア。そんなこと、台本カンペには書かなかったはずだが。


 魔物たちもしばらくあっけに取られていたが、ふと我に返ったかと思うと誰からともなくかしづいた。今まで全員棒立ちだったのに。


「…魔王様、我々はどこまでもお供しますよ」

「そうよォ、ここまで付いてきちゃったんだから、どうせなら最後まで」

「魔王様、万歳!」


 口々にミアを褒め称える魔物たち。

 はじめぽかんと口を開けていたミアだが、みるみるうちに笑顔になった。


 …そうか。


 魔王コールを大合唱する魔物たちを見ながら、思う。


 魔王とは言うが、とどのつまりは組織を統治する者である。企業のトップと変わらない。


 仕事に対する責任感を持ち、社員を労い、時には自身の過ちを認め、絶えず組織を引っ張り続けてくれる人物。


 本人が多少ポンコツだったとしても、そんな人物なら周りが自然と助けてくれる。

 そうして、互いに支え合いながら全員で良い組織を作り上げていくのだ。


 俺もまだまだ学び直さないとなぁ、と小さな魔王を見ながら微笑んだ。

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