第12話 仕事の流儀
「…まだ頭がぼーっとしますね」
「あーあ、うまく逃げられちゃったなー」
「見逃してもらった、って言う方が近いと思うけど」
「何はともあれ、カエデ様が勇者と知り合いで助かりましたわ」
レイラ、ミア、魔物たちが中庭に散らばった瓦礫を片付け、それをアルフィーが魔法で一箇所に集め、最終的にリリエルがに手をかざし、時間を巻き戻して元の状態に戻していく。
「…そうですね」
魔法でキラキラと輝く修復痕をぼうっと見つめながら、俺は申し訳程度に瓦礫集めを手伝っていた。
「ん? そういえば」
ミアがふと顔を上げ、俺に向かってずんずんと歩いてくる。
「どうしてカエデが勇者と知り合いなのよ? しかも結構仲よさそうだったじゃない。 まさか、あの人間と協力して私たちを裏切るつもりじゃないでしょうね!?」
急にエキサイトし始めたミアに向かって、これ見よがしにため息をついた。
「なんでそうなるんだよ。元の世界の後輩ってだけだ。まさかあいつまでこっちの世界に来ているなんて思わなかった…」
日が傾きかけている。少し肌寒い。俺は脱いでいた上着を羽織って、ワーワーと騒ぐミアの相手をする。一通り作業を終わらせたアルフィーもこちらに寄ってきた。
「やっぱりカエデも人間の味方をしたいの? 結構すんなり話を聞いてくれてるから、人間が嫌いなんだと思ってたよ。魔族と一緒に人間を絶望のどん底に落としたい、みたいな野望があるのかと」
お前、俺のことそんな風に思ってたの?
…確かに、人間がめちゃくちゃ好きで好きでしょうがないかと言われれば答えはノーだ。かといって敵対までする理由はない。できれば俺だって同族の味方でいたい。しかしそれを正直に言うのもいらぬ誤解を与えそうなので、どう説明しようかと言葉を探す。探しているうちに、またミアが騒ぎ始めた。
「えっ!? まさか天界と人間側に寝返るつもりなの!? 召喚したのは私たちなのに!? 信じらんない!」
「しないしない」
「あっもしかして、私たちが世界を掌握したあとに自分は殺されると思っているの!? そんな野蛮なことしないわよ、人間じゃあるまいし!」
「思ってない思ってない」
「それか単純に人間に恨まれるのが嫌とか? 違う世界から来たくせに、今さらそんなみみっちいこと言ってるんじゃないわよ! 何が理由だろうと、とにかく裏切りは許さないからねー!」
理不尽なことばかり並べてポカポカと叩いてくるミアをハイハイと軽く流して作業を続ける。
ていうか、地味に痛い。一撃ごとにHPが減っている気がする。小野山から装備のひとつでも借りておけばよかった。
「確かに、カエデ様がわざわざ私たちに加担する理由はないんですよねえ」
「いや、呼び出したの貴方ですよね?」
作業を終わらせたらしいリリエルがさらに事態をややこしくする発言をしながらトコトコと歩いてくる。
「ねえカエデ様、よろしければ貴方がこんなに私たちに尽くしてくれる理由、改めて聞かせていただけませんか?」
ニコリ、と微笑むリリエル。
ミアやレイラを含め他の魔物たちも一斉に俺を見る。戸惑いと好奇心が
−まさか、魔物の味方をするつもりですか?
小野山の声が頭の中で反響する。
あいつの言うとおり、いくら世話になっている(というか世話をしている)からといって、そこまで魔物に思い入れがあるわけじゃない。
ただ、俺は。
「…自分が人間だから、何も考えずに人間の味方をする。そんな盲目的な考えが、俺はあまり好きじゃない」
「ん?」
よく分からない、という風にミアが首をかしげる。
「自分と同じ姿、同じ能力、同じ歴史を持っている奴らの言っていることが全て真実とは限らない」
尚もミアは首をかしげる。俺は元の世界で、同じ会社にいながら何度となくぶつかり合った上司や同僚たちの顔を思い浮かべる。
「俺は、この目で真実を見極めたいんだ」
「真実」
「何が正しくて、何がそうでないか。誰かに言われたからじゃなくて、自分の頭で考えて、その上で俺なりの真実を見つけ出したい」
ふう、と息を吐く。
「悪いが、俺もこの世界に来てまだ二週間だ。魔界だの勇者だの言われて、正直混乱している。今の俺にとって揺るぎない真実は、『
「…カエデ」
少しわかりにくい表現になってしまったが、なんとなく全員納得してくれたようだ。アルフィーとリリエルが優しく微笑み、レイラがそっと頷く。周りの魔物たちも温かい眼差しを向けてくれている。…一人を除いて。
「…? 誰にとってもって、人間界や天界にも味方する気?」
ミアだけ独自の解釈をしてくる。拾うところはそこじゃないんだが。
「しかも混乱した状態で出した結論なのお!? やっぱり裏切る可能性があるんじゃない! お前は魔界のためを一番に想って頑張らなきゃダメでしょー!」
再びポコポコと叩いてきた。だめだ、28歳児の相手は疲れる。
「あー、いてて、わかったわかった、魔物が一番有利な結末のために頑張る」
「ふふん、それでいいのよ」
とってつけた俺の言葉にミアが満足そうに笑みをつくったところで、夕焼けが城壁を赤く染めた。リリエルの修復魔法がまだキラキラと光を残している。それが赤い陽射に照らされて、さらに輝く。幻想的な雰囲気だ。
元の世界じゃ見られない景色だな、と見惚れていると、魔物たちも同じ表情をしていた。子どものようにわぁー、と口を開けるアルフィーとミアを見て、思わず顔を
姿形も人間に似ていて、喜怒哀楽の感情だって人間のようにあるのだ。敵だからといって、無闇に攻撃したくはないし、できれば共に歩む道を模索したい。角の生えた人型の魔物と、異様にムキムキな魔物たちに囲まれながら、そう思った。
* * *
改めて、昨日感じたことをいつものメンバーに話してみる。
「−やっぱり、人間を殺すのはやめよう」
今までは漠然と「なるべく人間が死ななければいいな」と思っていただけだった。
しかし、この世界に小野山がいるとわかった以上、人間に手出しはできない。小野山を傷つけるわけにはいかないし、人間に危害を与えて小野山に討伐されるのもゴメンだ。
「ふーん、やっぱり同種族は守りたいってわけ?」
ミアが不満そうに口を尖らせる。
まあ、そのとおりなんだが。ここで正直に言えば面倒なことになるので、俺は本音の代わりにずっと考えていたことを言った。
「これは俺の仮説なんだが」
じっとミア、アルフィー、リリエル、レイラの顔を見る。
「人間を殺さない方が絶望のエネルギー量は大きくなると思う」
4人全員が驚きと疑問に満ちた表情になった。構わず俺は話を続ける。
「そもそもこの世界の人間の数が少なすぎるんじゃないかと思ってな」
んー?とミアが首を傾げる。リリエルがぽんと手を打った。
「確かに、この世界は他の世界よりも自然が多く人間が住める土地も小さい印象ですわ。人間の数をきちんと把握したことはありませんが、他の世界と比べると各町の人口は少なそうに見えます」
俺は頷く。異世界に飛ばされてからこの二週間、散歩と称して城内や周辺を歩き回ってみたが人どころか集落さえ全く見えなかった。いくら魔王が住む地域だからといって、小高い丘に建つ城から何も見えないのはおかしい。
「俺の元いた世界では、全世界の人口は約80億人だった」
「は、はちじゅーおく!?そんなにいるの!?」
「そんな数の人間を絶望に陥れたら、一体どれほどの供給量が…」
「世界から人が溢れてしまうのでは?」
「むしろよくそこまで繁殖できたよね」
それぞれが思い思いの言葉を口にする。
「俺の世界には、世界を統一する魔王もそれに従う魔物という存在もいない。もちろん、悪い奴らはたくさんいるが」
「きっと魔界の住民が人間に化けているんでしょうね」
どこかの宗教にそんな話があったな。
人間の文化が高度に発達した世界ではよくあることだと聞いたことがあります、と呟くリリエルに頷き、話を進める。
「で、俺はある仮説を立てた。すぐに人間を殺して短期的に絶望エネルギーを回収しまうよりも、人間の数を増やして長期的に回収する方が最終的には
なるほど、とミア以外の三人が心得た顔をした。またしてもミアだけがよくわかっていないみたいだ。俺は以前使った紙に書いて説明する。
「ミア、お前言ってただろ? 魔界ではより多くの人間を絶望させた奴が偉いって。その言葉は、人間をとにかく殺せば偉いって意味では断じてない」
これも俺の仮説だけど、と紙に数式を書く。
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絶望エネルギーの量 = 量(人間の数)×質(絶望の大きさ)
----------------------------------------------
「絶望エネルギーの算出方法は、こういう計算だと思う」
リリエルとアルフィーが覗き込む。…日本語だが、理解してくれるだろうか。
「当たっていると思いますわ。量だけでもなく、質だけでもない」
「掛け算なんだよね。大きな絶望を少量集めるもよし、小さな絶望を多量に集めるもよし」
文字を翻訳する魔法だろうか、二人の目が淡く光る。
「ええー?よくわかんないけど、おっきな絶望を与えるほうが楽しいわよ?」
文句を言うミアをレイラがまあまあとなだめる。俺はため息をついた。
「お前はまずその性癖を直せ」
「性癖じゃないわよ!」
牙をむくミアにピッと人差し指を向ける。
「よく考えろ。大きな絶望を与えればそれだけ人間から復讐される危険性が増すだろ? この弱小魔王軍にとって、攻撃されることは何よりも避けなければいけない事態だ。だけど気づかれないレベルの小さな絶望を多くの人間に与えればどうだ? お前らが討伐される危険性はぐっと減る。それに、人口を増加させるために俺たち魔物側は協力するんだから、人間はお前に感謝すら覚えるかもしれない。貢物だってもらえるかもな」
反論する隙を与えず一気に喋り倒した。「み、貢物…」とミアが
「もっと長期的な目線で考えるんだ。RPGゲームの魔王も世界を滅亡させる!とか言ってる割にはやってることが小さいだろ。弱い魔物に村を襲わせるとか、自分は城に
「あーるぴーじー?」
「あー…ほ、他の魔王ってことだ。」
なるほど、とリリエルが口の端を持ち上げて笑う。
「生かさず殺さず、真綿で首を締めるようにやさしい絶望を与えるということですね?」
「表現が怖いですが、そんなところです」
「そして最後には平和ボケしている人間を一斉に
リリエルがうっとりと宙を見る。ミアのイカれっぷりが目立つが、この人(人ではなく魔物だが)も相当やばいのかもしれない。
「貢物か…。なんのお菓子がいいかな…。もしかしてアップルパイとかもOKなのかしら…!?」
ミアがヨダレを垂らしながらぐへへへ、と妄想に浸る。やっぱりこいつも
「アップルパイぐらい人間を支配しなくたっていくらでも食えるだろ」
「いやー、魔物たちにあの味はなかなか再現できないのよ」
レイラがぐぬ、と唇を噛む。お前か作ってるのは。
ひとしきり各々が妄想で騒ぎきったところで、俺は改めて今後の方向性をまとめた。
「じゃあ、まずは人間の数を増やそう。街に降りて情報収集し、効率的に人間の数を増やす方法を模索する。今の人口の倍ぐらい増やしたいな。それから、どんな絶望を与えるか考えよう」
「時間が掛かりそうね〜」
ミアが腕組みをして唸ったが、小声で「アップルパイ」と囁くと「よし!」と手を打った。ちょろすぎる。
「これでやっと俺たちの目標もはっきりした。やるぞ」
「えいえいおー!」
円陣を組み全員の片手を中央に合わせ、軽く押す。部活かよ。
とにかく、これでやっと話を前に進めることができた。
魔物達にもこの考えを共有させなければならない。好き勝手な行動をされては困るし、何より魔王城の方針が固まったことをアピールして彼らの士気を上げたい。企業が自身の理念を社訓に掲げ連帯感を強めるように、俺たちもこの目標を全員で共有し、魔王城を一つにするのだ。
「城にいる魔物全員を集めてくれ。ミア、お前の魔王としての威厳を見せる時
だぞ」
「ぷれぜ…?」
きょとんと目を丸くしているミアにこれからやるべきことを耳打ちする。
今回は要領を得たようで、小さな頭をコクリと頷かせた。
−やっと物語が動き出す。
スーツの襟を正す。
俺の言葉が、知識が、戦略が、周りの心を変えていく。
バラバラだった個人の目標をまとめ、全員が望む世界に収束させる。
ここで言う全員が望む世界は、俺が望む世界だ。
俺がそうなるように仕向けた。
人間を殺す世界もいやだ。魔物を殺す世界もいやだ。
信じたい
そうして、望む
そのための手段として、
俺は、仕事を通して望む未来を手に入れる−。
これが、財前楓の仕事の流儀だ。
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