第11話 俺の信念
「…え、知り合い?」
お互いの陣営に流れる微妙な空気。
その空気感を感じ取れないほど、俺はひどく動揺していた。
「お、小野山…お前、何でこんなところに…」
なんで、お前も異世界に来ているんだ。一体いつからいたんだ。俺と違って普通に会社へ行っているはずじゃなかったのか。ていうかなんで俺が魔王サイドでお前が勇者サイドなんだ。俺だってこんなロリ魔王じゃなくてそっちのボインボインの金髪お姉さんに仕えたかった。いや、こっちにも同じような黒髪お姉さんがいるんだけど。全然満足してるんだけど。て、そうじゃなくて。ああ、何から話せばいいんだ。
言いたいことがたくさんあるのに、言葉がつっかえて出てこなかった。
「ざ、財前サンの方こそ…なんでそんなところに…」
小野山も同じ気持ちのようで、口をパクパクさせながら庭内の周りの魔物たちに目をやる。
このタイミングに限って全員無駄にムキムキである。それぞれが持っている筋トレ用の即席バーベル(岩と棒をくくりつけただけ)が魔王軍御用達の鈍器にしか見えない。ぱっと見めちゃくちゃ悪者だな、俺たち。でも頼むから攻撃しないでほしい。屈強に見えるそいつらはワンパンで死んでしまうんだ。スポーツドリンク(塩と砂糖とレモン水を混ぜただけ)やプロテイン(豆と牛乳を鳥のササミを混ぜただけ)を一緒に作った仲なんだ。殺さないでほしい。
「あらぁ〜? 魔王軍の中に、人間がいるなんてぇ〜…」
小野山の隣で羽根の生えた金髪美女が不思議そうな顔をする。勇者を召喚する女神とやらだろうか。目を閉じてうーんと唸っているが、口元には笑みを浮かべている。
「一体どういうことかしらぁ〜?」
「どういうことか、ってこっちの台詞よ」
ミアが吐き捨てるように言う。
「正面にいた門番はどうしたの?いきなり城を壊しうえに勇者まで連れてくるなんて、ずいぶんなご挨拶ね」
「うふふ、だってあなたの魔物、み〜んな弱いんですもの」
門番なんていたかしら?この子の魔法で消し飛んじゃったのかも、と小野山の肩を叩く女神。
「貴様…」
ミアが炎を体に纏う。いくら城の中だからといって、弱体化した状態で女神や勇者に勝てるのだろうか。ラスボスクラスが序盤でいきなり乗り込んできたようなものだ。おい待て、と止めようとした瞬間、城の出入り口から怒りを押し殺した声がした。
「なんだか騒がしいと思いましたわ…」
リリエルが姿を表す。そういえば、自室でくつろいでいたんだったか。
「ゆっくりお茶を楽しんでいる間に、こんなことになっているなんて…」
すう、と細めていた目を開ける。
「全く笑えませんわね」
目が全く笑っていない。なのに作り笑いを浮かべているのが怖い。突如現れたリリエルの姿に、相手の女神が反応した。
「あらぁリリエル、久しぶりねぇ〜。お元気かしら〜?」
「今この瞬間貴方に会うまではとっても元気でしたわ、リリス」
「相変わらず可愛くないわねぇ〜。105年と3ヶ月ぶりぐらいかしら?」
「105年と3ヶ月と13日ぶりですわね」
「え、そこも知り合い?」
ミアが慌てて右に左に顔を向ける。レイラはミア以上に慌てて何もできずにいる。アルフィーは心を落ち着けるためか素数を考えている。ますます場がカオスになる。
このままでは収集がつかないので、とりあえずかつての仕事仲間の顔を見据えた。混乱したときは、とにかく目の前の相手に集中するに限る。
「小野山、お前なんで女神と一緒に勇者なんてやってんだ!」
「財前サン、あなたこそなんで悪の手先になってるんです!」
「いや、これには色々あって…ていうか、手先とか言うな!俺はこいつらの担当コンサルタントだ!」
「は?下僕でしょ」
「いくら人の心を考えない悪魔って社内で言われてたからって、ホントに悪魔になっちゃったら笑えないですよ!」
え、陰で俺そんなこと言われてたの?思いがけない精神攻撃に思わず怯むが、すぐに応戦する。
「小野山こそ、やけにノリノリだったじゃないか。『命を以ってこの世界に平和を取り戻すぅ!』…だっけ?」
「ううううるさいですよ!だって、まさかこんなファンタジーな世界に会社の先輩がいるとは思わないじゃないですか!」
めちゃくちゃ動揺している。旅行先でハメを外していたら、うっかり知り合いに会っちゃったみたいなノリだ。実際そうなんだが。
「ていうか、私この城に来るまで色々大変だったんですよ!?財前サンは途中でいなくなっちゃうし!」
「えっ?途中?」
途中も何も、最初からいなかったはずだが。
「元の世界で財前サンがトラックに轢かれそうになったとき、光がパーッて現れて、しばらく光だけの世界に私と2人で取り残されてたじゃないですか!」
「なにそれ知らん」
「目を開けたら財前サンが倒れていて、ああとりあえず二人とも無事だわ、と思ってまた意識を失って次に気付いた時にはいないし〜!」
「全然知らん」
うふふ〜、と間延びした声が聞こえる。
「たぶん、召喚タイミングが見事に被ってたせいねぇ〜。モモカちゃんが言ってるのはきっと世界の狭間での出来事だわぁ。同じ時間に同じ世界へ移動するとき、複数人いると一緒に行けるのよねぇ」
「同じタイミングで召喚なんて、貴女本当に私の真似が好きですわね、リリス」
「んん〜?真似したのはそっちじゃなぁい?」
向こうは向こうで
一触即発、二人とも今にも互いを攻撃しそうな勢いだ。その後ろでミアとアルフィーとレイラがスキあらば女神に襲いかかろうとコソコソ様子をうかがっている。いや、お前ら弱いんだからおとなしくしてろよ!
とにかく、勇者御一行には一旦引いてもらわねば。リリエルと女神が言い争っている間に、俺は小野山に小さく手招きした。敵意がないと気づいてくれたようで、武器を置き小走りで近づいてくる。
全員から死角になる場所で、俺と小野山はかがんで話し込んだ。
「…財前サン、魔王城にいるのはどんな理由なんですか? 聞かなくてもわかります、たぶんあの黒髪巨乳お姉さんに騙されちゃったんですね」
「開口一番なんてこと言うんだお前」
当たらずも遠からずなところが地味に痛い。が、今話したいことはそこではない。
「小野山、お前本当に勇者なのか?そしてあの腹黒そうな金髪は本当に女神なのか?」
「女神については、リリス様って名前らしいですよ。街の人たちにも尊敬されていたので、たぶん本物の女神だと思います。そして私についてですが、雑魚敵を一瞬で葬れる謎の力もたくさん貰ったし、皆のステータスも勝手に見れるし、各地域で優遇されるし、私が勇者なのも本当だと思います」
俺と違ってかなり恵まれている。確かに、さっき城を吹き飛ばした力はチート勇者にふさわしい能力だった。
「……財前サンは、ぱっと見めちゃくちゃ弱いですね」
「おい、勝手に俺のステータス見るな」
「見えちゃうんですよ。…もしかして、基礎ステータスの代わりに目に見えない特殊な力があるとかですか?」
「あって欲しかったが、その兆候はない。今のところ一般人以下だな」
「ええー?財前サンともあろうものがそんなはずは……
小野山が円形の魔法陣を目に映し出す。アルフィーの使っている魔法と同じだ。
「…腕力5、防御力3、魔力ゼロ、特技なし。…ええー…」
明らかにテンションの下がった顔で小野山が読み上げる。あの、わざわざ言わなくていいから、そういうの。俺までテンションが下がる。
「こんな状態でよく魔王城にいれましたね。ちょっと火の粉でも当たったら死んじゃうじゃないですか。生身の状態でこんな魔物の巣窟にいるなんて無茶ですよ。とっとと彼らを退治して、近くの街でのんびり暮らしましょ」
「……」
「財前サン? …まさか、魔物の味方をするつもりですか?」
「俺はあいつらを見捨てるわけにはいかない」
ええー!と小野山がのけぞる。
「なんなんですか、もう! 魔王は弱体化しているらしいじゃないですか。今が絶好のチャンスなんですよ。彼らとはたった二週間ちょっとの付き合いでしょ? そうでなくとも、情に流されるなんて! 冷血無慈悲な財前サンらしくないですよ」
「違うんだ、小野山。ちょっと話を聞いてくれ」
後半の悪口は聞こえなかったフリをして、真剣な顔をつくり小野山の肩をぐっと掴む。えっ、と小野山が息を詰める。心なしか顔が赤い。
草陰に若い男女が2人。端から見れば結構いい雰囲気だと思うのだが、小野山が重装備すぎるせいで肩の鎧ががしゃがしゃと音を立てる。スーツの男に命乞いされてる女騎士みたいな図になってる。
締まらない空気にため息をつきながら、俺が疑問に思っていることを告げる。
「…俺は最初、天界と魔界と人間界、それらが絶妙なバランスで保っていて、互いになくてはならない世界だとあの黒髪女から聞いた。だがお前は装備を揃えたあと目的地まで真っ直ぐ来たってとこだろう。何て言われてここへ来たんだ?ただ単に魔王をは悪だから倒せ、それだけか?」
「互いになくてはならない存在…? そんなの、初耳です。私の方は、魔界の者は全部敵だと言われました。財前サンの聞いた話は、魔物が自分を守るためについた嘘なんじゃないですか?」
「かもしれない」
リリエルが嘘をついている。俺もその可能性は考えた。でも、何かが引っかかる。
「普通は魔物しか召喚しないはずの魔王城に、わざわざ人間である俺を召喚したのはリリエ…黒髪の女だ。そして、彼女はお前の金髪女神と知り合いだった。召喚したタイミングも全く同じ。これ、何か隠されていると思わないか?」
「うーん、確かに気になる部分ではありますが…」
「この世界は、単純に魔王か勇者のどちらかを殺す、という話じゃない気がするんだ。それに、この魔王を倒したところで次はもっと強大な魔王が送られてくるかもしれない。そしたら、今度はお前が危ない」
「えっ、財前サン、心配してくれてるんですか」
「当たり前だろ」
「……」
今度は耳まで赤くして俯く小野山。本来ならこの状況に乗っかってアレソレしてみたいところだが、そろそろ戻らないと俺がミアに疑われかねない。生命の危機が掛かっている状況では理性は本能より強し。今の状況を呪いながら、小野山に告げる。
「…俺は、全員が
「財前サン…」
「甘いことを言っているのは分かってる。でも、俺はそうしたいんだ。会社のしがらみもなく、俺がやりたいようにやれる仕事を、この世界で見つけた」
どちらも助けるなんて、単純に女神か魔王を倒すよりよっぽど困難な道だと思う。そもそもそれがこの世界にとって正解なのかもわからない。世界の仕組みすらきちんと理解していない。何もかもわからないことだらけだ。だが、この状況に高揚している自分がいる。どうせ死んだのだ、やるだけやってみたい。
熱っぽく語ると、はあ、と小野山がため息をつく。
「…財前サンの考えは理解しました。納得はしていませんが」
「小野山」
「味方も敵を助けたいなんて、いつからそんな熱血漢になっちゃったんですか。あんなに合理性だけ考えてたのに」
苦笑いしながらそうだよな、と答える。小野山も表情こそ呆れているものの、そこに軽蔑や失望の意は感じられない。
「結局、財前サンは面白い仕事が好きですもんね。てっきり魔物にマインドコントロールでもされてるのかと思いましたが、全然変わってない」
「当たり前だろ」
「財前サンの信念が、善悪を超えて真実となる日を待ってますよ」
にやっ、と挑戦的な笑みを向ける小野山。
「私も手伝いたいですけど、あいにく勇者様になってしまいましたからね」
「いや、お前はいいよ、適当に人間を守ってくれてれば」
「本当に適当な指示ですね」
小野山が何度目かのため息をつく。
「ま、しばらくは慈善事業に勤しんで、討伐関係はそっとしておきますよ」
「ありがとう、助かるよ」
「はーい。いつもどおり
重装備に似つかわしくない軽快な口調で、小野山が歩き出す。
「次に会ったら」
足を止め、くるりと俺に向き直る。
「今度こそ、ラーメン奢ってくださいね」
ニカッ、と歯を見せて笑う。可愛い。
わかった、と言うか言わないかのうちに、小野山が空に手をかざす。
瞬間、キイィィイ、という黒板を引っ掻くような異音が頭の中で響いた。
思わず耳に手を当てると、他のメンバーも同樣に姿勢を崩している。
「こ、これは…!?」
耐えきれない、という様子のミアが何とか片目を開けながら周囲を伺う。
「
小野山が淡々と説明する。先ほどの笑顔はもう消えていた。
なんだよお前、超チートじゃん。
「これに懲りたら、もう人間に対して悪さしないでくださいね。魔王と、魔物と、その部下の、財前サン」
最後に目も眩むような閃光が走る。まばゆい光の中で、小野山が寂しそうに背中を向けるのが見えた。
手を伸ばそうとしたが、意識がだんだん遠のいていく。
−小野山。
耳鳴りが消え、ふっと全身の力が抜ける。意識が完全に飛ぶ。
−ありがとな。
最後につぶやいた言葉が、彼女に伝わったかどうかはわからない。
* * *
「…モモカさぁん、本当によかったんですかぁ〜?」
羽根の生えた女神…もとい、リリスが私に声をかける。間延びした語尾に胸元を強調した服装、常に目を閉じていて何を考えているかわからない表情。
うさんくさいことこの上ないが、この世界ではれっきとした神らしい。
「いいんです、どうせ放っておいても害はないでしょうから」
魔王城の設備は適当に破壊しておいた。しばらくはその復旧作業に追われるだろう。近くの村々には防御魔法を張っておいたし、住民が今すぐに被害を受ける可能性は低い。
「まあそうですけどぉ〜」
リリスは尚も不服そうだ。最短で魔王を攻略できるせっかくの機会だったのにぃ、とぶつくさ言っている。この女神にとって、世界を救うことはゲームと同じなのかもしれない。確かに、天界と直接関係ない世界のことだから、他人事といえば他人事なのだが。
「…ところで、あそこにいた無駄に顔のいい男性は恋人ですかぁ〜?」
急にリリスがとんちんかんな質問をしてきたので、思わずのけぞってしまった。
「へ!?そそ、そんなのじゃないです!確かに無駄に顔はいいですけど、説教好きだしすぐ人を見下すし、仕事と合理性が一番で人の感情は二の次な残念上司ってだけで!」
またまたぁ〜、と笑いながらリリスが近づいてくる。
「そんなに好きな人の悪口を思いつくなんて、モモカさんは本当に可愛いですねぇ〜」
うりうり、と頬をもみくちゃにされる。もー、好きじゃないですってば!となんとか押しのける。私も強いはずだけれど、この女神の腕力もかなり強い。正直、魔王を倒すことなんかよりこの女神のからかいをかわす方が何倍も難しい。
「…それに、財前サンのような有能な人間を殺してしまうのは惜しいですし」
うんうん、とリリスが頷く。
「私は、あの人の考えを正して、こちら側に引っ張ってみせますよ」
「はぁい。勇者モモカさんにリリスは従いますよぉ〜」
モモカさんのお望みどおり、のんびりゆっくりがんばりましょぉ〜、と手を高く突き上げるリリス。本気なのかおどけているのか、いまいち掴みどころのない女神だ。
「…それより、少し気になったことがあります」
ん?とリリスがキョトンとした顔をする。
「天界、魔界、人間界。あなたは天界と人間界が協力関係にあり、魔界は敵だと言った」
すう、とここで一呼吸置く。
「…本当にそれは正しいんですか?」
女神が薄く目を開ける。宝石のような綺麗な瞳だ。
「もちろんですぅ。女神は、嘘はつきませんからぁ」
ニコリ、と穏やかに微笑むリリス。だが、その作りもののような笑顔には、どこか薄ら寒いものを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます