第10話 勇者登場
−筋トレ大作戦を
魔法でマッチョになった隊長格の魔物たち、そして一週間前からミアも含め、全員で筋トレをしている。
「そこのオーク!勝手に休憩するな!あと腕立て伏せ100回だ!」
スポーツトレーナーよろしく、レイラがいきいきと魔物たちに指示を出す。
「…あいつ、根は明るいんだな」
「ああ、レイラは人に教えるの好きだから。こういう指示する系の仕事は好きなんじゃない?」
「意外だな…」
俺とアルフィーは変わらず監督という名目で魔物たちの数値を管理していく。
と言っても、俺は魔物のステータスを見ることはできないので、アルフィーが言う数値を書き取るだけだ。
「あ、あのケルベロスちょっとだけレベル上がった。攻撃力プラス1、防御力プラス0.5、魔力はゼロのまま」
アルフィーの顔には円形のレーダーのようなエフェクトが浮かんでいる。初日に俺のステータスを測った魔法だろう。これで相手の数値を計ることができるらしい。
「サキュバス、終わったなら次は腹筋と背筋200回!最後に中庭50周!無酸素運動と有酸素運動の順番を考えて、効率的に筋肉に負荷をかけるんだ!」
レイラの声を聞いてサキュバスが絶望したような表情を浮かべる。ていうかあれ、本当にサキュバスか?胸筋も腹筋もバキバキに割れている(ミアの魔法で見た目が変化しただけだが)。俺が抱いていた妖艶なサキュバスのイメージが崩れていく。あれではただのゴーレムだ。
「ほらミア様、部下が頑張っているのにもうへこたれたんですか!?あと少しですよ!腹筋が爆発するまでやり続けてください!」
「し…しぬ…」
157回目の腹筋を終えたミアが息も絶え絶えになっている。レイラの叱咤は上司相手にも容赦ない。
「召喚される魔物の強さはミアの強さに依存している。つまり、今いる魔物たちもミアのレベルと連動している可能性が高い。だから、ミアも筋トレに参加してもらっているけど…」
アルフィーがうーんと眉根を寄せる。
「やっぱり元のミアの力がクソザコすぎる…。みんな、全然強くならない」
成果が上がらないことにイライラしているのか、アルフィーの言葉遣いが悪い。
各魔物の数値を見せてもらう。確かに、2週間前と何も変わっていない。
「この短期間で結果を求めるのは早すぎるか…」
「でも、せめてもう少し上がってもいいはずだよ。このペースだと、1年掛かってもどれぐらい効果があるか分からない」
「3ヶ月目にいきなり数値が跳ね上がるとか」
「召喚した日から定期的に記録は付けてるけど、そういうパターンはないね」
「そうか…」
あちこちで溶けかかっているスライムたちを見て同情の念が押し寄せる。あんなに辛い思いをして頑張っているのに、効果がほとんどないとは。
「…確かに効率が悪すぎるよな…」
「魔物が無駄に疲弊しているだけな気がする」
「うーん…」
ムキムキの魔物たちがゼイゼイ荒い息を上げながら庭を走り回っている姿はやはり絵面的にもキツい。
別の方法を考えるか。
「おい、
「なん、です、って」
ぜーはーと荒く息を吐くミアの元へ向かい、水を渡してやる。がばがばと勢いよく飲みこむせいで、口から溢れ出している。ハンカチも渡してやり、ミアが落ち着くのを待ってから言葉をつなげる。
「ごっほうぇっほ!ウップ!ヴォエ!!!」
…はずだったが、全然落ち着かない。他人が聞いてはいけない音を出している。
話が進まないので、背中をさすってやりつつ俺は口を開く。
「残念だが、全然効果が上がっていない。お前も、魔物たちも」
「なっ!?こ、こんなに辛いのに!?」
「お前の数値が上がらないと、他の魔物たちも弱いままなんだが…残念ながら、魔界のお前に対するペナルティが強すぎる」
「ぐ、は、腹立つわ…。私がもっと頑張らないとダメってこと!?」
「いや、たぶん頑張っても大きな効果は現れないだろう」
うわあああ!と白目を剥きそうな勢いでミアが叫んだ。慌てて体を支える。吐いた挙句白目を剥くなんて、異世界ヒロイン(?)としてそれだけはやってはいけない。
「だ、大丈夫か!?」
「何よ、こんなにつらい思いをしているんだから効果あるに決まってるでしょ!? 全員もれなくレベル爆上がりに決まってるでしょ!? 今までやってきたことはなんだったの!?!?」
「辛いことをしていると、それが正しい道なんだって思い込みたくなるよな!その気持ちはわかる!でもな、これはあまり効果がなかったんだ。他の方法を探そう」
「他の方法なんてあるの!?私もこいつらもこの世界にいる限り一生雑魚のままなんじゃないの!?うぐぅう、そんなのいやあああああ!一回リタイアして魔界に帰るぅううう!!!」
「落ち着け、お前もう3回失敗してるんだろ!?てことは、今帰ったら今度こそリストラ…魔界の養分とやらになるかもしれないぞ!?」
「死ぬのはもっといやああああ!!!!!!」
体の疲れが心にきたのだろう、泣きわめきながら絶叫し続けるミアに、周りの魔物たちが何事かとこちらを振り返る。レイラも心配そうに駆け寄ってきた。
放っておいて大丈夫だ、と手で合図する。組織のトップがこんな風に駄々をこねる姿を見せたくない。ていうか、俺だったら上司がこんな風にわめきだしたらドン引きしてそのまま退職届を出す。俺はそっとミアの肩を掴んだ。
「おい、ミア、よく聞け」
「ぶ、ふぇっ」
「ここにいる魔物たちにとって、最も大事なものはなんだと思う?」
「い、いきなりなに?」
「いいから」
「うう…」
ぐしぐしと泣きながら考え込むミア。
「…自分の命?」
「お、おう」
直球すぎてちょっと引いた。てっきり「安定した生活」とか「人間の絶望」とか「食べ物」とか、ゆるい回答を出してくると思った。魔王らしいと言えば、魔王らしいが。
俺はまっすぐミアに向き直る。
「そうだ。でもな、彼らの大事なものを握っているのはミアなんだ。お前の行動一つで命を落とすし、お前の行動一つで救うこともできる」
「そんなのわかってるわよ」
「いや、わかってない。お前、先走りすぎて軍をいたずらに使い潰してたんだろ?」
「だって、早く攻略した方が早く部下たちを安心させてあげられるじゃない」
だからって、と反論しようとしてふと思い直す。
俺は今まで、こいつが後先考えずに一人で突っ走っているだけだと思っていた。だが、ミアなりに部下のことを想っていたのだ。この筋トレだって、ミアの性格的に自分だけやらなさそうなものだが、一応参加して真面目に取り組んでいる。俺が思っていたより、ちゃんとトップの器があるのかもしれない
「…それも一つの意見だな。お前がちゃんと部下のことを考えているなら、今はそれでいい」
「あ、当たり前でしょ、私は王よ」
「やり方が大ざっぱなのと、立ち振る舞いが子どもっぽいところを直せば完璧かもな」
「ふん、そうなれるよう努力しているのよ」
「じゃあ俺はその手伝いをしよう」
「きっとそのためにカエデが召喚されたのね。頑張りなさいよ」
さっきまで錯乱していたくせに、もう得意げな顔に戻っているのがおかしい。
この小さな魔王を、一人前にしていくことがこの世界での俺のミッションなのだろう。そして、弱小魔王軍を立て直す。できれば、もっとその先の目標も叶えたいが、今はとにかく目の前のことをやろう。
−これこそが仕事だよな。
最近、忙しさを理由にクライアント一人一人と向き合っていなかった気がする。流れ作業的に、このパターンならこの解決法、あのパターンならあの解決法、という風に機械的に対処していた。
わからないことがあれば楽しむのではなくイラつき、とりあえずやってみれば分かるだろうとやみくもに進める。その結果、ミスも多くなっていた。
…これじゃあ、コンサルタント失格だな。
自嘲気味に笑う。
どうしていいか分からないんです、と相談してくる後輩に、ポンコツだなあと偉そうに説教するものの、俺自身が道を見失っていた。
明らかに、ポンコツなのは俺の方だった。こんな俺を、あいつらはどう思っていたのだろうか。
−財前サン、私の同期から評判良いんですよ。
ふいに後輩の声が聞こえる。
−ちょっと怖くて変わってるけど、すっごく仕事ができるって。
俺が?
−最近、そのキレがないねって話です。お疲れなんじゃないですか?
それは、たぶん、当たってたんだ。
やっぱりうまくいっていない部分はバレるんだな、と苦笑する。
そういえば、あいつは今どうしているだろうか−。
感傷に浸っていると、急に空気が揺れて現実に戻される。
文字通り、空気が揺れているのだ。地面が、大気が揺れている。
次の瞬間、ドォン!という轟音が鳴り、中庭を囲んでいた壁が吹き飛んだ。
「な、なんだ? ミア、これは!?」
「うそでしょ…こんな膨大な魔力…」
「二人とも、逃げて!侵入者だ!!!」
アルフィーが叫ぶと同時に、瓦礫から2つの人影が見えた。
「魔王!お前の命を
「女神リリスとその勇者です〜。お命頂戴しに参りましたぁ〜」
土煙で顔はよく見えないが、冒険者風の服装をした茶髪のポニーテールの女と、羽の生えた金髪の女が瓦礫の上に立っていた。
…ん? 勇者?
「おおおおおい!勇者来るの早くね!?」
まだ俺こっち来て一週間だぞ!? 何ならさっき改めて決意表明したばっかなんですけど!?
「…く、女神が勇者を召喚したという噂は本当だったのね…」
慌てる俺と対照的に、ミアは冷静だった。
「カエデ! ミア! 防御魔法を張る、こっちに来て!」
アルフィーが叫ぶ。
「カエデ…?」
侵入者の一人が口を開いた。
走りながら俺はもう一度現れた二人の女を見る。
羽の生えていない方が勇者だろう。背丈ほどもある大きな剣を軽々と片手で持ち上げている。空いた手には大きな盾。魔王の元へ乗り込むにふさわしい重装備だ。
…ていうか、あの勇者…。
ゴトン、と大きな音を立てて大剣が落ちる。持ち主の目が俺の姿を捉えて大きく見開かれる。やはり、あれは。
「…小野山?」
「…財前…サン…?」
ミアが俺たちの顔を交互に見る。向こうの女神も同様だ。
「…え、知り合い?」
ひゅうう、と両陣営に気まずい空気が流れた。
感動の再会、というには
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