第9話 俺がこの世界に来た理由


「い〜ち!に〜い!さ〜ん!…」


 部隊長クラスの魔物に筋トレをさせてレベル上げを行う −名付けて筋トレ大作戦− から1週間が経った。


 とは言っても、筋トレを行うのは魔物だけ。

 その指導も普段から魔物と接点のあるレイラに一任している。


 俺とアルフィーの仕事は魔物のステータス数値を記録・分析するだけ。リリエルとミアにいたっては、やることがないのか自室で優雅にくつろいでいる。


 トレーニングは植物が咲き乱れる中庭で行っており、のどかで開放感がある。

目の前でムッキムキの魔物が汗を飛び散らしながらトレーニングしているのは絵面的にきついが、彼らに悪意はないのであまり気にしないことにした。


 ひととおり記録を付け終わり、うーん、と肩と背中を伸ばす。

 ふと、アルフィーに聞きたかったことを思い出した。

「なあ、俺をこの世界に召喚したのはアルフィーなんだよな?」

「直接的に呼んだのは僕だね。指示したのはリリエルだけど」

「…なんで、俺が選ばれたんだろう?」


 こちらの世界に来てからずっと気になっていた。

 単純に魔王軍を立て直すだけなら、腕力の強いスポーツマンとか、潜在能力の高そうな少年少女とか、他に候補はたくさんいただろうに。なぜ、俺だったのだろう。


「うーん、魔界からの召喚ならともかく、人間界からの召喚は出てくる人間を選べないからねえ」

アルフィーもペンを置き、うーんと伸びをする。

「なにしろ初めてだったし。昔の資料を片っ端から集めて、人間界を繋ぐ魔法陣と術式を完成させて、全魔力を集中させたら出てきたのがカエデだったんだ」

「そうか」

「最初は、ハズレだと思ったよ」

「おい」


 もっと強そうな人間が出てくると思ってたからさ、とアルフィーが笑う。

「でも、元々そこまで期待してなかったんだ。リリエルが言ったとおり、僕の召喚魔法は城の力…つまりミアの力を依り代にしている。でもミアはあんな状態でしょ?それでカエデみたいな弱そうな人間が出てきても、やっぱり、って心のどこかで思ってたよ」

「泣いていいか?」

「やだなあ。最初の話だよ。こうしてみると、カエデみたいな人間で僕たちにはちょうどよかったし」


 ちょうどよかった、か。

 確かに、もっと優れた人間を呼ぶにはそれなりのパワーがいるのだろう。弱体化した魔王にとって、強くはないがものすごく弱くもない俺は、わけだ。

 

「…あとは、いなくなっても人間界に大きな影響を及ぼさないヒトが選ばれるらしいんだ。他者とあまり接点のない人間とか、そもそも寿命が近い人間とか」

「やっぱり泣いていいか?」

「あ、余計なこと言っちゃった、ゴメン」

 うっかり、と舌を出すアルフィー。絶対わざと言っただろ。

 アルフィーの頭を小突こうとすると、あっさり避けられた。

「ゴメンって。…こう言えば、元の世界に戻りたいってあんま思わないでしょ」

「…まあ」


 最後に聞いたクラクションの音を思い出す。

 やっぱり、あそこで俺は死んだのだろう。死んでいなくても、他者と接点がないという意味では、アルフィーが説明した異世界召喚される適合者とマッチしている。

 悲しいが、心のどこかで納得もした。親も妹もずいぶん昔に亡くしているし、一生を共にするパートナーもいない。他人より秀でている点といえば仕事を要領よくやれるということぐらいだが、結局は一企業の一社員に過ぎず、代わりはいくらでもいる。あ、涙でそう。


「そういった人間は、記憶に薄いフィルターがかかってて、元の世界のことを思い出さない傾向が強いんだってさ。たまに強い記憶を持つ人間がいるけど、彼らも大切な記憶を思い出す頃にはこっちの世界に馴染んじゃってて、わざわざ帰りたいとは思わないみたい」

 リリエルが言ってたことだけどね、と付け加えられた。


 なるほど、なんとなく頭がかすみがかっているのはそのせいか。歴代の異世界転生者が元の世界に帰りたいと思わないのは、そういった理屈のせいかもしれない。歴代の異世界転生者といっても、ラノベでしか見たことないが。


「わ、カエデ、大変!数値が全然変わってない」

 急にアルフィーが騒ぐ。


「あんなにみっちりトレーニングしたのに、効果がないってことか?」

「ないね、全然」

「数値に出ていないだけで、他の能力を覚えているかもしれない。本人に聞いてみよう」


 トレーニングに励むムキムキのオークに声をかける。

「おーい、一週間経ったけど、どこか変わったことはないか?」

「あ、ミア様のそばにいる人間」

 ぺこ、とお辞儀されたので俺も会釈し返す。礼儀正しいオークだな。

「変わったところと言っても、大した変化は…」

「何でもいいんだ。新しい能力が使えるようになったとか、集中力が上がったとか」

「うーん…」

 腕組みをして考え込むオーク。

「あっ」

「何か思い出したか!」

 頼む、何かしらの変化が起きていてくれ!

「階段で息切れしなくなりました」


 がくりとうなだれる。ダイエットじゃねーんだぞ!


 ツッコみたかったが、満足そうに穏やかな笑みを浮かべるオーク(ムキムキ)に言うのは気が引けたので、そっと飲み込んだ。


「…やっぱ、ミアのレベルが上がらないとダメなのか」

 魔界から力の制限を掛けられているミアが、側近や召喚魔法のレベルを抑えている。ということは、当然この城の魔物全体のレベルも抑えている。

 明日からは、あいつも参加させるか…。


 はあ、とため息をつく俺に、オークが再び「あ」と言った。

「そういえば、お尻も以前より引き締まったような…」

 見ます?とウキウキした表情で言ってくるオークに、俺は丁重にお断りの旨を伝えた。

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