第8話 筋肉は裏切らない
軽い気持ちで現状を把握しようとしたら、依頼主が想像以上のポンコツであることが判明してしまった。
全員沈んだ気持ちで、とぼとぼと帰路につく。
途中、俺たちを探していたアルフィーに会った。
「あ、外に行ってたの?全然見つからなかったから心配したよ」
ととと、と駆けてくるアルフィーにがばっと覆いかぶさる。
「えええええ何!? びっくりした! 何があったの!?」
「アルフィー…お前のところの魔王、すっごい弱いんだが…」
「え、今さら?」
「今さらって、俺が来たのつい昨日だぞ」
アルフィーに抗議すると、ああ寝てたから時間の感覚変になっちゃった、と
きょとんと見上げてくる顔はどう見ても子どもだったので、俺はこの世界の年齢について考えるのをやめた。
−全員揃ったところで、もう一度現状を把握し直す。
「ミア、お前が弱いのはよっく分かった」
「弱くないって言ってるでしょ」
ミアを無視して他の三人を見る。
「他のみんなの強さはどのぐらいなんですか?」
「
「僕もそんなに強くないよ。召喚魔法と、基本的な攻撃・防御・回復魔法が使えるぐらい。腕力はないから、物理攻撃は期待しないで」
「私も増殖能力がメインなので、魔法はあまり…。物理攻撃なら自信はありますが、人間より少し強い程度です。…私たちもミア様の能力制限の影響を受けていますし」
うーん、と全員で頭を悩ませる。
要するに、ミアのとばっちりで全員の能力が弱くなっているということか。
ポンコツステータスなのにハードモードなんて、どんな縛りプレイだ。
「お前たちの力は分かった。今度は、全体の戦力を知りたい。今配下にいる魔物の数は?」
「500体くらいよ!」
「43体です」
全然違うじゃねーか。
「え、それだけしかいないの?」
わたわたと慌てるミアを放っておいて、レイラに話を向ける。
「その中に、リーダーのような魔物はいるのか?」
「はい。部隊長が5名いますね。私の直属の部下です」
「その5体をここに呼んでくれないか?話がしたい」
「分かりました」
レイラが部屋を出て行く。
「いっぱい増やしたから500はいると思ったのになあ」
ミアがまだぶつくさ言っている。
「一番多いときでも200体しかいなかったよ。それもすぐ壊れちゃったし」
「アルフィーがもっと召喚すればいいじゃない」
「勘弁してよぉ…」
せっかく召喚してもミアにすぐに壊されてしまう、と嘆いていたアルフィーの表情が思い浮かぶ。思わず口を挟んでしまった。
「ミア、お前さっきからトップとして必要な要素何一つ持っていないぞ!無駄な会議、部下へのパワハラ、状況把握力の欠落!」
「うわ、いきなり何よ」
「昨日からずっと我慢していたが、お前の言動は幼稚すぎる!」
「魔界ではまだまだ子どもだもーん」
へらへらと笑うミア。このクソガキ、と拳を固くするがリリエルの冷たい目を感じて腕を下ろした。
「そもそも、魔物の数が少なすぎないか?」
「そうかしら」
ミアが首をかしげる。
「少ないだろ。たった50体で一体何ができるって言うんだ?」
「最初は、魔界から連れてきた手練がもう少しいたんだけど」
「…追い出しちゃったのよね」
ミアがふてくされたように言う。
「はあ?」
「正確には、逃げられてしまったんですけどね」
リリエルが補足した。
聞けば、人間界へ来る際に魔界からリリエルやアルフィー、レイラの他にも何体か連れてきたらしい。しかしミアが三度ペナルティを食らっていること、それによって各々の力を発揮できないこと、ミアの横暴さに元々愛想を尽かしていたこと、それら全部が不満となり、一部の魔物は段々とミアの命令に従わなくなった。それならば魔界へ帰れとミアが激昂したところ、あっさり魔界へ帰ってしまったそうだ。今は別の魔王の元で働いているという。
「なるほど、向こうの世界にもよくある話だ」
「そうなんですか?」
社員をリストラしようとしたが、リストラする前に次々と社員に退職されてしまった会社のようなものだ。その場合、優秀な社員に限ってさっさと転職してしまう。残った人間はポンコツばかりで、立て直しもままならなかったクライアントを思い出した。
リリエルやアルフィー、レイラは義理で残ってくれているのだろうが、他の魔物にはあまり期待しない方がいいのかもしれない。
「お前のところもダメ企業か…」
「ダメキギョ?」
「いや、なんでもない。まあ、起こってしまったものは仕方ない、部隊長クラスの魔物の話を聞こう」
ほどなくしてレイラが5体の魔物を引き連れて帰ってきた。
悲しげなスライム、どんよりとした表情のオーク、生気のないサキュバス、枯れかけているキノコ、気だるそうなケルベロス。
−あ、これ、あかんやつ。
「…おかしくないか?」
「…おかしいわね」
眉をひそめる俺に、ミアも怪訝そうに答える。
「ミア様は常に前線を走っているのでお気づきでないかもしれませんが、後方では常に彼らは疲弊しているのです」
レイラがミアに非難の目を向ける。ぐ、とミアが言葉に詰まった。
そうか、部下にあまり気を配ってなかったのか。ミアらしいダメマネジメントだ。ていうか、指揮官の魔王が前線に出ちゃダメだろ。
「そう、だからそんなに弱々しい姿に…今まで悪かったわね、みんな」
意外にもミアは素直に謝った。
「私が力強い姿に変えてあげるわ」
「ミア様、それは」
リリエルが止める。ただでさえ少ない力を、一般の魔物に分け与えるのは賛成できないということだろうか。
「大丈夫よ、ちょっとした変身魔法だから」
ミアはウインクし、ぶつぶつと詠唱を始める。いや、その工程いらないんだろ…?
「…汝らに仮の姿を与える。
瞬間、5体の魔物を淡い光が包み込む。一瞬激しく光ったかと思うと、次に現れたのは力強く姿を変えた魔物たちだった。力強くっていうか…異様にマッチョだった。
「…おかしくないか?」
「何が?」
満足げなミアに対して、魔物を含め他のメンバーはドン引きしている。俺もドン引きである。
全員が無駄にいかつい。
オークやケルベロスがマッチョなのはともかく、スライムのような軟体やキノコに手足が生えたような魔物まで筋骨隆々なのはダメだろ。サキュバスに至ってはもはや性別不明である。彼女(?)の濁っていた目がさらに死んでいく。
「…見た目がおかしくないか?」
「どこが?」
どこがて。
「どの魔物も筋肉つけすぎじゃないか?」
「大きい方が強そうでしょ」
いや、そうなんだけど。間違ってはいないんだけど。
「…これ、中身も強くなっているのか?」
「なってないわね。変えられるのは見た目だけよ」
予想通りの言葉に肩を落とす。レイラに聞いてみる。
「こいつらの今の強さは?」
「棒を持った人間に負けるくらいです」
序盤の雑魚モンスターじゃねーか。
「あのな、初見でこんなの来たらただのギャグだぞ」
「何よ、私のセンスに文句ある?」
「文句しかない。この見た目で弱いって、ダメだろ。見ろ、魔物たちのさらに絶望した顔を。人間じゃなくて魔物を絶望させてどうするんだお前」
「何よお前たち、なんか言いたいことでもあんの?お?」
「す、すみません…」
「やめろって」
ムキムキになったオークが小さく縮こまる。いや、お前は謝らなくていいから。
他の魔物も、小さく肩をすくめている。今残っている連中は、気が弱くて大人しい性格みたいだ。まあ、そうでなきゃこんな魔王の下で働いてないよな。
「こいつらを強くする方法はないのか?」
気を取り直し、他のメンバーに聞いてみる。
「強い魔物に力を分け与えてもらうか、自力で鍛えるか、の二択ですね」
レイラが答える。全員が能力制限を受けている以上、前者は期待できない。
ということは、魔物が自身でレベル上げを行うしかないということか。
「自力で鍛えるって、どうやってやるんだ? 人間を倒すとか? それとも、絶望エネルギーとやらを集めればいいのか?」
なるべく効率のいい方法を取っていきたい。手間の掛からない方法があればいいが…。
「筋トレです」
「意外と普通ーーーーーー!!!!」
超正攻法だった。
「魔物を倒すと人間側は経験値が上がるかもしれませんが、魔物は人間を倒しても特に影響はないですからね。絶望エネルギーを集めれば多少効果はあるでしょうが、魔王クラスならともかく一般の魔物に恩恵を与えるなら相当な量が必要です」
リリエルがすらすらと話す。
「人間を倒したり絶望のエネルギーが大きくなれば軍の士気は多少上がるけどね。でも、それだけだ。カエデだって嬉しいことがあれば気分はよくなるかもしれないけど、元々の筋力が大きく変わったりはしないだろ?」
そういうものか。アルフィーの言葉に納得する。
それより、リリエルの言った最初の言葉が引っかかった。
「もしかして、ミアが大量に魔物を引き連れて村を襲った結果って…」
「まあ、無駄に人間側の経験値を上げただけでしょうね」
にこりとリリエルが笑った。それ、本人に教えてやってくださいよ!確かに、そんな助言をおとなしく聞く奴じゃないけど!
「この世界の魔物は弱いから、平和な世界が築ける。人間たちがそんな希望を持っているから、絶望が少ないこの世界のミア様は余計に弱体化されているんだと思います」
再びにこり、と微笑むリリエル。思います、じゃないよ。この人、本当にミアの側近なのか…?
そんな言葉は気にしないのか、ミアが元気よく叫ぶ。
「よし、じゃあ、これから毎日筋トレだな!」
思い切り不満そうな顔を浮かべる魔物に、俺は深く同情した。
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