第7話 俺のクライアントがポンコツすぎる



 翌日。


 この弱小魔王軍の体制を改革するためのMTGミーティングが始まった。


「まずは現状を把握したい」


 俺の言葉に頷く一同。


「…その前に、彼女は誰です?」


 魔王であるミア、側近であるリリエル、そしてアルフィー…は俺を召喚したのが堪えたらしく、今回は欠席だという−の他に、もう一人少女がいた。

 高校生ぐらいだろうか。肩ぐらいの長さの銀髪に、フリルのついた白シャツ、茶色のズボン、軍靴のようなブーツ。斜めに切った前髪の下はクールな表情だ。頭のツノが羊のようにくるんと一回転しているのは可愛らしいが、どことなく張り詰めた雰囲気を持つ少女だった。


「…レイラです。よろしく」

 銀髪の少女が短く答えた。


「レイラは魔物を統括する軍団長なのよ」

 ミアに言われて納得した。どうりで佇まいが凛としている。


「昨夜、カエデ様がお会いしたいと言っていたので連れてきました」

「え?」

「スーツを仕立てた者に会いたい、とおっしゃっていたでしょう?」

「ええ?」


 どう見ても武闘派のこの少女が、あんな緻密に服を作ったというのだろうか?この子がちくちくと丁寧に裁縫をする姿は想像できないが…。


「複製する能力で、何着か増やしただけです」

 疑問が顔に出ていたのだろう、レイラが答えてくれた。


「この子は複製能力を使って、一定の大きさや能力値以下であれば物や魔物を無限に増やす事ができるのよ」

 ミアが得意げに胸をそらす。

「無限には無理ですよ、ミア様。疲れます」

「死ぬまでやり続ければほぼ無限でしょ」

「…ほぼ無限です」

 無表情で俺に言い直す。魔王のパワハラ発言は日常茶飯事なのだろう。お前みたいな会社員はいっぱいいるぞ。一人じゃないからな。同情の気持ちが湧いてきたが、とりあえず頷いておいた。


「…気を取り直して、話題を戻そう」

「ちょっと、人間ごときが仕切らないでよ」

「…どうぞ、魔王様」

「さあ、第三百四十五回なぜ我が軍は弱いのか?会議を始めるわよ〜!」

 そんなにやってたのか、これ。


「問題解決をするために、そもそも何が問題なのか、ってところから把握したい」

「ふん、我が軍は問題だらけよ!」

 ミアがふんぞり返る。なんでちょっと誇らしげなんだ。

「…具体的にどんな問題があるんだ?」

「魔物が自分で考えて行動しない、命令してもそのとおりやらない、攻撃させてもすぐやられる。簡単に言うと、魔物が弱すぎるのよね!」

「全然具体的じゃないし思いっきり他責たせき思考ー!!!」

 思わずツッコんでしまった。

「たすきしこー?」

 とんちんかんな発言をするミアに頭が痛くなる。こんな会議に三百何回も付き合わされたメンバーが可哀想だ。レイラがいつもこんなもんです、と目で訴えてくる。

「力任せに攻めてもすぐやられちゃうからな〜。やっぱり、リリエルのお色気作戦でいいんじゃない?」

 わっしと下からリリエルの胸を掴むミア。

 なんだその羨まし…じゃない、けしからん作戦は。

「その作戦は去年やりましたが、私が出向く前に一個小隊全滅でしたわね」

「衣装合わせに時間かけすぎたせいかな」

「今度はミア様も参加されては?」

「いや、人間に見られるとか虫酸が走るわ」

 お前みたいなちんちくりん誰も相手にせんわ。

 というか、そんなアホな作戦で全滅させられた魔物が可哀想すぎる。ふとレイラと目が合い、無表情で首を横に振られた。ほんとだめなんですわ、この上司。元いた世界でもいたな、この子の立場。残念な上司とその被害を被る下っ端の板挟みになっている中間管理職そのものである。


「話、もう一回戻すぞ」

 レイラの無表情…もとい目が死んでいるのは間違いなくこのポンコツのせいだ。エロ衣装の考案に花を咲かせるミアを睨む。年端もいかない女の子にこんな苦労掛けやがって。いや、こいつの方が十分幼いが。

 何が問題かを把握していないトップに向かって問題解決の方法を探っても無駄だ。問題設定を間違えると、見当はずれの結果を引き起こすことがある。違う切り口で話を進めることにする。


「問題は魔物が弱いということだけじゃないと思う。問題を一つに限定すると、解決法も限られてしまう」

 猥談をしていたリリエルとミアが向き直る。

「もっと広く問題を解決するため、目標達成に必要なタスク、期限、コストを話し合おう」

「お前、かんたんな話をややこしくするの好きね」

 お前がややこしくしてんだろーが!という言葉は飲み込んだ。大人の俺がここは我慢してやる。


「…昨日お前が言っていた最終目標ゴールは多くの人間を絶望させること、だったな?」

「あと魔界の王様に褒められることね」

 それは軍全体にとってはどうでもいいんだが、という本音は心の中にそっと閉まった。

「そもそも、目標が曖昧すぎる」

「そう?多くの人間を絶望させる、これで十分じゃない?」

「今どのくらい絶望させていて、最終的にどのぐらい絶望させるべきなのかがわからないだろ」

「具体的な絶望のエネルギー数を知りたいと?」

 リリエルが尋ねる。なんだ絶望のエネルギー数って。そもそも絶望って数えられるものなのか。前提がおかしいが、一旦話を合わせることにする。

「そうですね。数値化しないと計画スキームをうまく立てられないので」

「多くの、っていうんだからいっぱいよ、いっぱい」

 ミアお前は黙ってろ。


「問題、ってのは理想もくひょうと現実のギャップを埋めることだ。多くの、っていうのは具体的に何人絶望させなきゃいけないんだ? 百人? 千人? それとももっとか? それに対して、お前が絶望させた人間はどのくらいだ? そもそも、この世界にどれだけ人間がいるのか知ってるのか? この周辺の国だけでもいい、人口はどのくらいだ?」

「そんなの知らないわよ」

「それがわからないと、魔界の王様とやらが認めてくれる絶望の数がわからないぞ」

 うーん、と頭を捻らせるミア。代わりにリリエルが答えた。

「前に表彰されていた方は、一年で数万人分の負のエネルギーを集めたと言っていましたよ」

 表彰イベントとかあるのか。楽しそうだな。そして、数万人分というのは思っていたより少ない。

「よし、じゃあ俺たちは百万人分の負のエネルギーを集めよう」

「えっ!?多すぎない!?」

 ミアが声を荒げる。

「本当に実現できるなら大したものですが」

「これ以上残業はいやです」

 他の二人からも非難の声が上がる。レイラ、お前は本音が出すぎだ。

「まあ、今のは半分冗談だが」

「冗談のスケールが大きいわよ!」

「まあ、具体的に設定するのはこの世界の人間に関する情報をもっと仕入れてからだな」

 今、こいつらがどのくらいの人間を絶望させているのか。

 そして、魔界に認められるにはどのくらいの絶望が必要なのか。

 そもそも、何をもって絶望というのか。質なのか、量なのか、両方なのか。

 これはミアに聞いてもわからなさそうなので、あとでリリエルにでも聞こう。


 俺はその辺にあった紙に


 ---------------------

 

最終目標 魔界に認められるぐらい人間を絶望させること


 ---------------------


 と書き込んだ。


「じゃ、次。これを達成するまでの期限は?」

「きげん?」

「いつまでにやらなきゃいけない、っていう締め切りみたいなものがあるだろ」

 ミアが困ったような顔を浮かべる。

「そんなの、ない」

「本当か?」

「魔族は寿命が長いので、あまり年数にはこだわりませんね」

「え、じゃあ目標の絶望を集めるまでに三十年掛かりました〜、とかでもいいの?」

 驚きのあまりタメ口になってしまった。

「いいと思います」

 リリエルはあっさり答える。

 なんだそのゆるい条件は…。それなら、絶望の数だってそんなに集めなくていいんじゃないか?この問題児が魔王に任命されているのがその証拠だ。絶望集めとかなんだかんだ理由をつけて、本当は人間界へ遊びに来てるだけなんじゃないのか?

 疑惑の目を向けていると、あ、とリリエルが呟く。

「でも、百年掛かって一万人分しか集められなかった魔王は強制送還されましたね」

「あー、いたわねそんな奴」

 その後は魔界の養分となりましたね、と微笑むリリエルにあいつ怠け癖あったからなーとミアが笑う。それ、強制送還=死ってことじゃないのか?

 条件がゆるいとはいえ、失敗=リストラの外資系並みに過酷な環境だ。リストラならまだいいが、失敗したら命を取られる、なんて。戦国時代かよ。

 ひとまず一万人を百年で割ってみる。単純計算だが、一年で最低百人以上は絶望を集めないとミアは強制解雇死ぬかもしれない。楽しそうにキャッキャしているが、こいつ大丈夫なのか。


 俺は先程の紙を


 ---------------------


 ゴール 魔界に認められるぐらい人間を絶望させること(1001


 ---------------------


 と書き直した。


「じゃ、次。これにかかるコストは?」

「こすと?」

「この目標を達成するのに掛かる人手、道具、設備、金だよ」

「いっぱい絶望させるんだから、これもいっぱい必要ね」

 こいつ、本当に大丈夫か。


「城の軍の規模や物資は後で確認するとしてだな」

 俺は猜疑の目を自称魔王に向ける。

「ミア、お前本当に強いのか?」

 まずはトップの力量を把握することにした。

「当たり前でしょ!」

「どのぐらい?」

「完全体なら国三つ滅ぼすくらい余裕よ」

 単位が大ざっぱすぎて全然わからん。


「でも、今は弱体化されていらっしゃいます」

「リリエル〜」


 魔王のコケンに関わるから言わないでよお、と地団駄を踏むミアをなだめながらリリエルが言う。


「魔界でのミア様は、人間界に降りるには膨大すぎるエネルギーをお持ちでした」

「強すぎるってのも困りものなのよね」

 にやけながらやれやれ、と肩をすくめるミア。腹立つ。

「ご本人もこのようなご性格なのでいたずらに力を使いがちでして」

「あ、それは容易に想像できます」

 ふう、とリリエルが悩ましげにため息をつく。


「その結果、ミア様は人間界を三つも滅ぼしてしまいました」


 はー、なるほど、みっつも。こいつの性格ならやりかねないな。て。

「え? ん? みっ!?」

「ミア様は過去に三度、世界を滅ぼしています」

 ふう、と頬に手を当ててため息をつくリリエル。対照的にミアは楽しそうだ。

「アレはすっきりしたなあ。人間の街を一気に焼き尽くした快感!」

 けけけ、と笑うミアは悪魔そのものである。この幼女、やっぱりヤバい。


「力が有り余っている幼年期の魔王には、よくあることなのですが」

 よくあってたまるか。

「…えーと、すでに三回滅ぼしたんですよね?今回は四回目の世界ってことですか?」

「はい」

 ミアの姿をまじまじと見る。小柄な体、全く発達していない胸、幼さを残した顔立ち。どう見ても人間で言えば10歳ぐらいだ。

「…ミアはいつから魔王を?」

 もしかして、こんな見た目で300歳とかだったりするのだろうか。それにしては精神が幼すぎるが。

「まだお若いので…本格的に魔王となったのは二、三年ほど前でしょうか」

 俺が社会人になった年と同じだ。今までの仕事に惰性を感じているか、大きな仕事を任されて奮闘しているか、自分にはやはりこの仕事は合っていないかもしれないと嘆いているか、このどれかだ。俺は幸い二番目だった。辞めていった同期の顔を思い浮かべながら、得意げに笑うミアを見つめる。こんな奴でも、それなりに苦労して頑張ってきたことがあるんだろう。泣いて震えていた昨日の後ろ姿を思い出す。

 こんな小さな子が、魔王か。


「まだ28歳なんです」


 ん?


「ミア様は、まだ28歳になったばかりなんです」

「年上かよ!!!」


 がしゃん、と盛大にこけた。


 今まで子どもだと思って大目に見ていたが、立派な大人じゃねーか!


「魔界で生まれてからも魔神に非常に可愛がられていたせいか、なかなか外界に出る機会がなくて。精神年齢は見た目通り10歳ぐらいかと」

「こんな凶暴な箱入り娘います?」

「ちなみにアルフィー様は26歳です。カエデ様と同い年ですね」

 あ、そー。。。と力なく返した。

「…もしかしてリリエルさんもすごーく年上だったり?」

「秘密ですっ」

 語尾にハートを付けてウインクされた。もう、何でもいい。


 気を取り直して、質問する。


「もしかして、弱体化しているからこんなちんちくりんな見た目なんですか?」

「殺すぞ、おい」

 28歳児に凄まれたところで、もう何も怖くない。


「魔界でのお姿は、もう少し威厳があったのですが…」

 ふう、とリリエルがため息をつく。

「なんで弱体化してるんです?前の世界で力を使いすぎたとか?」

「そんなヘマするわけないでしょ」

 ふん、と鼻を鳴らすミアの鼻をつまむ。

「お前は黙ってろ」

「ななななにすんのよ人間ふぜいがー!」

 リリエルがクスッと笑って答えてくれた。


「魔王になった当時のミア様は、力も魔力も十分にあり、配下達もその恩恵を受け強大な魔王軍でした。ですが、強大すぎて絶望を集めきる前に人間を殺してしまったんです」

「人間界へ来たらテンション上がっちゃったのよね」

 上がったからといって殺すな。


「そのペナルティを受け、力に制限を掛けた状態で二回目の世界へ派遣されましたが、結果は同じでした。時間をかけて絶望させればさせるほど魔界へ供給される絶望のエネルギーは大きくなるのに、やはりミア様は絶望させる前に殺してしまう」

 降り立った瞬間、最大火力で世界を焼き切るミアの姿を想像する。うん、こいつならやる。その世界の人間達は、絶望を感じる暇もないほど瞬時に消されたのだろう。


「さらに力を制限された三回目の世界でも、配下の魔物達と全軍突撃を繰り返し、同じことを引き起こしてしまったんです」

「圧倒的な力を使って敵をすり潰すのって楽しいのよね」

 …こいつ、本当にヤバいな。

「なのに何でうまくいかないかなあ」

 学習能力のなさが、ヤバい。


「その結果、さらにさらに力を制限された状態でこの世界へ派遣されたのがミア様なのです」

 …ということは、通常の1%以下の力も出せていないということだ。

「初日に手近な村を襲ったら、まさかの返り討ちに遭いましてね」

 レイラがぼそっと呟く。

「私は死なないからいいんだけど、連れていった魔物が全滅しちゃってねー」

「召喚魔法は城の魔力、つまり魔王の力に依存しますから…」

「それ、私が弱いってこと?」

「いえ、そんなことは」

 ミアに睨まれて、レイラは俺の後ろへささっと隠れた。

 それからは、ひたすらアルフィー様が魔物を召喚し、ひたすら私が増やし、ひたすらミア様が使い潰す、という地獄のような日々でした。とレイラが再び小声で呟く。

 俺は頷き、労いの意味を込めてぽんぽんとレイラの肩を叩いた。わかる、わかるぞその気持ち。不毛な仕事をやってると、意味のない穴を掘って埋める、そんな永遠の作業に感じるよな。その無意味な毎日、俺が終わりにさせてやるからな。レイラは無表情のままだったが、なんとなく意思が通じた気がした。


「…で、どのぐらい弱体化してるんだ?」

 改めてミアに向き直る。

 三回も弱体化されているということは、オリジナルの10分の1ぐらいの力だろうか?

 昨日出会ったときの魔力を見るに、人間一人葬るには困らない程度だと思うが。


「ふん、普段の1000分の1の力よ!!!」


 めっちゃくちゃ弱かった。


「…あの、試しにフルパワーで魔法打ってみて」

「お前に?」

「なわけねーだろ、何もないところでだよ。ASAP早く!」


 しょーがないわねー、と文句を言いながらも城から少し離れた草原のような場所へ移動する。


「…偉大なる魔界の業火よ、我に力を授け賜え」


 ぶつぶつと何かを唱え始める。お前、昨日アルフィーと喧嘩した時はそんな呪文言ってなかったよな? 速攻で攻撃できてたよな? 近寄ってツッコもうとすると、リリエルにそっと止められる。パフォーマンスなんです、と耳打ちされた。厨二病かよ。


「…いくわよ!」


 ミアの手のひらに熱が集中する。昨日俺に向けて打った魔法と同じだ。

 もしかして、1000分の1とはいえやはり強力なパワーなのか…?


 身構えたが、ポン!と火の粉がミアの手のひらで飛び散っただけだった。


「あ、あれ? えいっえい」


 何回か手をかざすが、すべて線香花火のような儚さで消えていく。


「……」

「……」


 全員、無言である。


「…あ、あは……城の外だとこれが限界なのよねー」

 居たたまれなくなったのか、ミアが口を開いた。

「そ、そうですわね、魔王城は自然と魔力が増すように作られていますから、一歩出れば力が弱まるのは仕方ないですわ」

 リリエルも取り繕うようにフォローする。

「こんな感じで、村の人間には笑われました…」

 レイラがそっと呟く。


 なるほど。


 なるほどなるほど。


 俺のクライアントが、想像以上にポンコツすぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る