第5話 命懸けのアイスブレイク



「活を叩き込む…て、今からミアに会いに行くってこと?やめなよ、殺される」

「私もおすすめしませんわ」

 リリエルとアルフィーが困ったような表情を浮かべる。

「別に、さっきみたいに上から目線で説教するわけじゃないさ。時間が経って根に持たれる前に、早めに謝っておきたいんだ」

 ミアと俺の初対面の印象は悪すぎた。千歩譲っても悪いのはあいつだが、ミアがクライアントである以上、俺が折れるしかない。


「アイスブレイクできる良い方法があればいいんだけどな…」

「あいすぶれいく?」

 首を傾けるアルフィー。

「初対面同士の緊張をほぐすことだ。ちょっとした会話やミニゲームで場を温めることを言うんだ。いきなり本題に入るよりも、雑談したあとの方がお互い話しやすいだろ?」

 俺が新入社員だったときは、マシュマロにパスタを刺してできるだけ高いタワーを作る、というアイスブレイクが導入されていた。設計図を書ける理系出身のメンバーのおかげで俺のチームが勝った。俺は何もしなかったけど。懐かしい。あのマシュマロチャレンジでもやるか?いや、でもこの世界にマシュマロなさそうだしな…だいたい、ミアの性格上、そういう遊びは癇癪を起こしそうだ。俺がぶつぶつつぶやいていると、二人が心配そうな顔で話し始めた。


「…ミアは、雑談があまり得意じゃないんだよね」

 え、と顔を上げる。

「そうですね。無駄な話が嫌い…というか、できないんだと思います。何を話して良いかわからない、と以前おっしゃっていたような」

 あの魔王、コミュ障なのか?いや、俺も人のことは言えないが。

「だから、いきなり本題から話しちゃった方がいいかもね」

「そうですね。考える間もなく、畳み掛ける方がいいでしょうね」

 そうしようカエデ、とアルフィーが俺に向き直る。

「ミアと雑談しても、どこに地雷があるか分からない。危険だ」

「それよりは、要点からスパッと切り込んでいただく方が安全かと」

「ミアは頭の回転がそこまで早くないから、続けざまに言葉をぶつければ勝手に追い詰められて大人しくなると思うし」

「追い詰めすぎると今度は逆ギレしますけどね」

「そこの見極めはカエデ次第だね」

「ま、いざとなったらお菓子でもあげて黙らせましょう」

 うんうん、と頷きあう二人。さすが身内だけあって、ミアの傾向と対策をよく分かっている。

 本人が聞いたら泣くと思うが。


「じゃあ、正面突破で行くよ」

 アルフィーが移動魔法を準備する。ワープ先は魔王部屋のすぐ前だ。

 ぐすぐすと泣いている映像のミアに向かって、待ってろよ、と呟く。


 目をつむった次の瞬間、淡い光が俺たちを包む。次いでドスン、という衝撃が走る。

 しばらくして目を開けると、重厚な扉があった。これが魔王部屋だろう。

 コンコン。

 ノックをしたが、返事はない。意を決して、ドアノブに手をかけた。

 ガチャリ。


「ミア、話をしよう」


「えっ!?あ、お前、生きてたのか!てか、何勝手に入ってきてんのよ!」


 ずっと泣いていたようだ。赤くなった目をごしごしとこすって、ミアがファイティングポーズを取る。本当に血の気が多い。


「まあ、まずは座って落ち着こうぜ」

 アルフィーに部屋の明かりをつけてもらう。ぽ、と燭台に灯が灯った。

 その後ろから、リリエルが静かに入り扉を締める。


「何よ、リリエルにアルフィーまで」

 さっき喧嘩したことが気まずいのか、アルフィーを横目に見ながら大人しくベッドに座るミア。二人を連れてきて正解だった。俺は近くにあった椅子に腰掛ける。


「さっきのことを謝ろうと思ってな」

「え?」

「本当にすまなかった!」


 バッと頭を下げる。ミアが動揺しているうちが勝負だ。


「お前の事情を何も知らなかったのに、一方的に責めてしまった!ごめん!」

「え、えっ?」

「お前は立派だよ。まだ若いのに魔王になって、全部の責任を一人で負って。結果を残そうと、いろいろ努力してきたんだろう。味方には苦労をかけまいと、一人でずっと頑張ってきたんだな」

「あ、え、そういうわけじゃ」

 そういうわけじゃなくてもそういうことにしてもらう。とにかく相手を褒めて、向こうの自尊心を満たすのだ。

「仕事に関しては、俺も一通りのことをしてきた。でも、お前みたいに泣くほど悔しいって気持ちは、最近忘れかけていた」

「なんでそれ知ってるのよ!?ちょ、リリエル!?」

 顔を真っ赤にしてリリエルに掴みかかろうとするミアを座らせ、構わず続ける。

「自分の世界を救うために、何とかしなきゃいらないと焦ってたんだよな。俺はお前ほど大きなものは背負っていないけど、組織のために、誰かのために課される使命がどれほどプレッシャーなのかは分かっているつもりだ。俺の世界ではノルマと言うが」

「え、あ、うん。ん?」

「俺の仕事はクライアントに寄り添って組織を立て直すことだ。お前も悩んでいることがあるなら、なんでも俺に相談してくれ。必ず力になる」

「えーと、な、なんで人間なんかと協力しなきゃいけないのよ!」

「お前が俺を毛嫌いするのは分かる。本来、俺とお前は敵同士だ。お前の仕事は俺たち人間を絶望させることだからな。でも、俺は元々異世界の人間だから、この世界の人間がどうなろうと知ったことじゃない」

「え、それはそれで引くわ…」

 ミアの言葉を無視して続ける。

「むしろ、本来は交わるはずのない世界を超えて出会えたんだ!せっかくだからこの縁を大事にしたいと思っている。あそこでトラックに轢かれて死ぬだけだった俺を、こんな面白そうな場所に連れてきてくれたんだからな!!!」

「…」

「まあ、俺のことは今すぐに信用できなくてもしょうがない。まだ出会ったばかりだからな。でも、リリエルさんやアルフィーのことは信じてやれよ。お前が頑張りすぎていることを、二人はずっと心配していたんだぞ」

 知らんけど。

「リリエル…アルフィー…」

 ベッドから立ち上がり、二人の元へ歩み寄るミア。

「ミア…」「ミア様…」

 がっし、と三人が抱き合いスクラムを組んだ。よし。


 正直後半は自分でも何を言っているかわからないし、最後はむりやりまとめたが、説得の際に大事なのは言った内容ではなく雰囲気である。

 ミアの表情に最初浮かんでいた敵意は見られないし、アルフィーも感動した表情を浮かべている。リリエルに至ってはハンカチで目を拭っている。それはさすがに嘘だと思うが、まあ、あの状態からのアイスブレイクとしてはまずまず成功だろう。

 場も温まったところで、ミアの前にすっと手を差し出す。


「今日からお前は俺のクライアントだ。パートナーとして、一緒に頑張ろう」

 俺のシナリオでは、ここでお互い手を握り合って和解成立。完璧な流れだ。


「フンッ」

 しかし悲しいかな、差し出した手はあっさりはじかれた。ええー…。


「パ・ァ・ト・ナァ〜?まさか自分と私が対等だと思ってるんじゃないでしょうね?思い上がるな人間ごときが!お前なんかと手を取り合う気はさらっさらないわ。ま、下僕としてなら使ってあげてもいいけどね。靴の一つでも舐めたらさっきまでの無礼は許してあげてもいいわよ、この人間風情が!」


 わーははははは!と邪悪な高笑いをする幼女。もう、ただのクソガキである。

 思わずゲンコツの一つでもお見舞いしようかと思ったが、リリエルの冷ややかな目線を感じてすっと振り上げた拳を引いた。ついでに血の気も引いた。このご時世、異世界といえども子どもへの暴力はコンプライアンス違反ですよね。分かります。


「まあ、それは、また今度な…」

 怒りで血管が浮き出そうになるのを抑えながら絞り出すように声を出した。

『今度』がこない事を祈る。

 すっかり元気になったようだし、今はそれでよしとしよう。


 ミアの機嫌も直り、話し合う土壌が整ったので本題に入る。


「早速だが、お前がこの世界でやりたいこと、できること、やらなきゃいけないと思っていることを教えてくれ」

「やりたいことは人間を滅ぼすこと、できることは破壊、やらなきゃいけないことは人間を滅ぼすこと」

 物騒すぎる。

「…じゃあ、お前が目指す最終的なゴールは?」

「ごーる?」

「最終目標だよ」

「さいしゅうもくひょう」


 んん〜としばらく考えたあと、ピコン!とミアの指人差し指が立つ。


「最終目標は、お前を含め多くの人間を殺すこと!」

 こえーよ。


「本当にそうか?今のお前の回答は、目的じゃなくただの手段じゃないのか?」

「なに?殺されるのが怖いからって、言葉遊びに逃げるの?」

「手段と目的はよく履き違えられる。手段を目的にするな、という話だ」

「……?」

 少し難しかったようなので、質問を変える。


「じゃあ、なんで人間を殺すんだ?」

「なんでって…。人間を絶望させるため?」

「じゃあ、この場合の目的は人間を殺すことじゃなく、絶望させることだ。殺すのはあくまで手段の一つに過ぎないんじゃないか?」

「うぐ……」

 気づいてくれたようだ。


「質問を続けるぞ。なんで人間を絶望させなきゃいけないんだ?」

「ええと…私の力が強くなるから」

「力を強くして、何がしたいんだ?」

「…さいきょうの魔王になる…?」

 浅い。

「最強の魔王になって、何をしたいんだ?」

「なにって…最強になったら、それで終わり…」

「その先のビジョンは何もないのか?じゃあ別にならなくてもいいんじゃないのか?そもそも最強の定義ってなんだ?人間を誰よりも滅ぼしたら?絶望を誰よりも集めたら?そもそもお前が魔王になった目的はなんだ?」

 続けざまに質問を浴びせかける。うー、とミアが頭を抱え出した。イライラしているのか、しっぽがゆらゆら揺れている。

「カエデ様、それは先ほどわたくしが」

 リリエルを目で制する。これは、ミアこいつから自分の口で言わせなくちゃいけない。

「ううー、魔王になった目的は、最強の魔王になるためで…」

「話が戻ってるぞ。ミア、結局お前は何をすべきなんだ?何がしたいんだ?」

 ぐぎぎ、とミアが歯噛みする。

 普段なんとなく放っておいた自分のやらなきゃいけないこと−やりたいこと−使を考えるのは難しい。俺もよく上司に詰められて半泣きになった。だが、これを最初に引き出しておけば自分の軸がブレにくくなる。

「…最強の魔王になったら、もっとたくさんの人間を苦しめて、絶望に陥れることができる…」

「うん」

「そうしたら、魔界は安定する…魔界の王様にも、褒められる…」

「ということは?」

「やるべきことは、魔界を安定させることで…。やりたいことは…してほしいことは、王様に褒められること…」

 絞り出すように言葉を吐くミアを見て、俺も一息ついた。


「わかってるじゃないか、お前の最終目標ゴール

「−え?」

「魔界を安定させる、そして王様に褒めてもらう。それがお前のゴールだ」

「で、でも。魔界の王様に褒められたいなんて、こんな目標でいいの?ばかみたい」

「いや、立派だよ。人から褒められたいってのは、立派なモチベーションになる」

「もち…?」

「何かを成し遂げるための動機…きっかけってことだ。簡単に言えばやる気スイッチだな」

 やる気スイッチ、と呟くミア。ふと顔を上げると、リリエルが穏やかな表情を浮かべていた。こんなもんでいいですかね、と俺も笑顔を向ける。


 組織が崩壊する原因は、様々である。

 その最も大きな原因の一つが、トップの目指す方向が途中でズレることだ。

 顧客のことを一番に考えていたのに、いつの間にか金儲けに走る。

 先鋭的な商品が強みだったのに、いつの間にか新たな挑戦を止める。

 社員を大切にする会社だったのに、いつの間にか労働力を買い叩くようになる。


 小さな事がきっかけで、人の信念は簡単に変わってしまう。

 それをブレさせないために、最初に自分の軸をしっかり作っておくことが大事だ。

 ミアの場合は、そもそも自分の信念があやふやだったので、まずはそれを意識させることにした。これで、人間を殺す以外の方法も提案しやすくなった。まだまだここからだ。


「私のやる気スイッチは褒められることで、褒められるには人間をたくさん絶望させること、かぁ。やっぱ殺すのが一番手っ取り早い気がするわね」

「お前な」

「だって、人間を殺しているときもやる気スイッチ入るもん」

 それは殺る気スイッチだろ。

「ていうか、それだと俺が殺されるときも含まれるだろーが」

 それは認められない。

「もちろん含まれるわよ、変な真似したらすぐにドカン!だからね」

 ミアが人差し指で俺の胸を小突く。怖すぎる。

 横暴だぞ!とミアの指を軽く払うと、ふっ、とミアが吹き出した。つられてリリエルとアルフィーも笑う。俺も緊張が溶けて、頬が緩む。


 命懸けのアイスブレイクが終了する。

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