ウエディング・ヘル(その5-1)

「マ゛マ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 注射怖いよォォ!」


「ゲホンゲホンゲホンゲホン! ぶぇーくしょい!」


「ば、ばあさん。どうやらワシも、そろそろそっちへ行く時が来たようじゃ……」


 魔王国随一の大病院である逆十字病院の待合室は、今日もケガや病気、そして呪いに掛かった患者達で大賑わいだった。

 注射に怯え泣きじゃくるホブゴブンリンの子供とその親、マスクをしたコボルト、年老いて髭をハゲ散らかしている高齢のドワーフ等、待合室の長椅子には多くの患者達が座って診察や治療を待っている。

 その間を、褐色の肌を持つダークエルフや馬の下半身を持つケンタウロスといった様々な種族の看護師達が、せわしなく院内を歩き回っていた。

 そんな雑然とした中で、一人の大柄な魔族が待合室の長椅子に座ってブツブツ呟いていた。


「ふざけんなよ俺は魔王様だぞ。呪いで死ぬとか、マジであり得ねーだろ」


 ギュッと握りしめた拳は苛立ちからか、それとも恐怖からか、ワナワナと震えていた。

 みっともなく貧乏ゆすりをして、悔し気に歯ぎしりをしているこの大男こそが、魔王国国主の魔王である。


『ゾンビの姫をシャドウエルフの王と結婚させろ。でなければお前を殺す』


 そんな呪いを掛けられた魔王は、結婚式の日取りが近づくにつれて内心ビビり始め、どうにかならんもんかと病院で解呪出来るか検査にやって来ていたのだ。

 どうせ医師からの説明を聞いた所で魔王じゃ理解できないだろうと参謀も付いてきたのだが、今はトイレに行っていて席を外している。


「ママー。どうして隣のおじちゃん、裸マントに革パン一枚なの? どこか悪いの? ビョーキなの?」


 魔王の隣に座るオーガの子供が、額にツノを生やした母親のソデをくいくいと引っ張りながら尋ねる。


「しっ! ああいう服装をした人はね、頭が悪くて心のビョーキなの。伝染ったら大変だから見たり話しかけたりしちゃダメよ」


 口元に人差し指を当てて、オーガの母親が子供をたしなめる。


「聞こえてんぞクソアマ! この魔王様にナメたこと言ってるとボコボコに……」


『頭が悪い』『心のビョーキ』と読める呪印をオデコと胸に浮かび上がらせた魔王がオーガの親子に凄もうとして、そのまま床にドサリと倒れ伏す。

 倒れた魔王の頭には、ぶっとい注射器が根元まで突き刺さっていた。

 注射器の中には、どう見ても体に良さそうには思えない禍々しい色をした毒液然とした液体が入っている。


「病院内では静かにしてもらえます? 魔王様」


 ナース帽を被ったオークの看護師が、フゴッと鼻息を吐いた。

 小さく頭を下げて礼をするオーガの親子に、看護師のオークが手を振り答える。


『666番の魔王様、666番の魔王様ー、診察室4番にお入りください』


 魔導スピーカーから入る案内音声を聞いて、看護師のオークが嫌そうに口を開いた。


「魔王様、呼ばれてますよ。あと3回呼んでも診察室に来なかったら順番抜かして次の人にしますかね」


「てめ、この、覚えてやがれよ。後でオーク一族は全員チャーシューにしてやる……」


 悪態を吐きつつ、頭に極太の注射器がブッ刺さった魔王は、体が麻痺しているのか這いずりながら診察室へと向かった。



「おや魔王様。今日は掛けられた呪いと呪印についての診断だったかと思ったのですが、頭に注射器なんて刺されてどうしました?」


 牛の頭蓋骨の形をした頭部に、反射鏡をオデコにつけ白衣を身にまとった魔族の医者が、問診票を片手に診察室で魔王を出迎える。

 どうにか椅子に座った魔王が、あまりにも見覚えのある医者の姿にツッコミを入れた。


「あ? ふざけてんのか参謀。さっきトイレに行ったと思ったら、そんなコスプレして遊んでやがったのか」


「コスプレ? 一体何のことですか魔王様」


 ガラガラと扉の開く音に続いて背後から投げかけられた声に、魔王がうめく。


「ぐぬぬ。さっきの豚といいお前といい、どいつもこいつもこの魔王様をバカにしやがって……って、え?」


 後ろを振り向き、声のした方に目を向けると、そこにはいつもの執事服姿の参謀が立っていた。


「は? 参謀が二人? え?」


 前に視線を戻すと白衣を着た参謀の姿があり、後ろを振り向くと執事姿の参謀があった。


「参謀は私一人ですよ。勝手に増やさないで下さい。トイレに行ってる間になんで一人増えてるんですか」


「え、だって、え?」

 

 眼前に座る、白衣を着た参謀そっくりな牛の頭蓋骨頭をした魔族と背後に立ついつもの執事姿の参謀を交互に見て、魔王がわけがわからないといった顔をする。


「いやいや、私は医者です。ちなみに言うと、こちらの参謀君とは叔父と甥の間柄です。お噂はかねがね。どうぞよろしく、魔王様」


 薄いゴム手袋をした医者がヒラヒラと手を振る。

 同じく参謀も白手袋をした手をヒラヒラと振った。


「というわけで、私が甥の参謀です。お久しぶりです叔父さん」


「はいどーも。お久しぶり、参謀君。魔王城に勤務と聞いて、生きてまた会えるとは思ってなかったよ。あそこ、下手な戦場より死亡率高いだろう?」


「はい。念の為したためている遺書の出番は、幸いにしてまだのようですね」


 親しげに会話をする、鏡合わせの如くそっくりな牛の頭蓋骨顔×2を見て、若干引き気味の魔王がどうにか状況を飲み込む。


「ふ、ふーん。お前ら一族って医者もいたんだ」


「そうですね。我々一族は学者や弁護士、政治家、官僚、そして叔父のように医者といった頭脳労働職に就く者が多いです。基本、荒事は好まないタチでして」


「はぁ? どの口が言いやがる。相手をハメる事しか考えない性悪魔族が」


 主にハメられる側である魔王が、後ろを振り向き参謀にツッコミを入れる。

 振り向いた拍子に、頭に突き刺さりっぱなしになっている注射器がビヨヨンと揺れた。


「我々一族は、魔王様やメイド長といった『レベルを上げて物理で殴れば大体人生どうにかなる』みたいな雑なライフスタイルを送れるほど強く無いんですよ。その分他で補いませんと」


「相変わらず口がへらない。それにしても見分けつかねーな。参謀が白衣着てたらわかんねーぞコレ。声まで同じだし」


「まあ、他の種族の方からすると、そうかもしれませんねぇ」


 そう言う参謀が、目線を魔王の頭へと上げる。


「ところで魔王様、注射針が根元まで頭に刺さってますが、それ大丈夫なんです? いくら使ってなくても頭って結構重要な器官かと思うのですが」


「大丈夫じゃねーよ! お陰でさっきまで立てなかったぞ!」


 医者が椅子から立ち上がり、魔王の頭に刺さりっぱなしになっている注射針を引き抜いてシリンダーの中身を確かめる。


「あー、これ猛毒のアビスノトキシンじゃないですか。巨人でも0.01mg注射されたら即死しますよコレ。魔王様よく生きてましたね。ううむ、一体誰がこんな酷い事を」


「お前んところのメス豚看護師じゃ! 患者にトドメ差すのがこの病院の仕事なのか!?」


「はっはっは、ご冗談を魔王様。当院逆十字病院のモットーは『金さえ払えば人間でも救う』ですよ。オケラだってアメンボだって魔王様だって、受診料さえ頂けるのでしたらきっちり治療いたします」


「この腐れ医者、今しれっと俺を虫ケラと一緒に並べやがったな」


「まあまあ。とりあえずこの注射器は私の方で預かっておきます」


 ギリギリと歯軋りをする魔王を尻目に、猛毒の入った注射器を医者が机の傍らに置いた。


「それはさておき叔父さん。魔王様の呪印、分析の結果はどうでした? 解けそうですか?」


 参謀の言葉に、本来ここの病院に来た目的を思い出したのか、魔王が同調して医者に尋ねる。


「おーそれそれ! どうなん? これ解けるの? てか解けよ! 医者なんだろ!?」


「あ、無理ですね。解けません。発動したら魔王様死にます」


「お前、数秒前に自分が言ったセリフもう忘れたのか!? 振りでも良いから治療しろよ! あと告知するにしても、もうちょいこう、言い方考えろよな! 患者のメンタルケアとかマジでどうなってんだここの病院!」


 ノータイムで死の告知をされた魔王が、苛立たしげに病院の床を踏み鳴らす。

 魔王の怪力で踏みつけられた床が、ビキ、と音を立てて放射状にヒビが入った。

 苛立ちを隠そうともしない魔王だったが、そんな物はどこ吹く風で無表情に医者が結果を説明する。


「いやこの呪印、契約内容を分析してみたのですが下手にいじるとその場で起爆するよう構成が組まれてるんですよ。魔王様が自殺したいと言うのでしたら、私どもも人体実験するのはやぶさかでは無いんですが。ええと、今この場で死なれますか?」


「真顔で患者に死ぬのを勧めてくんなクズ医者め! 参謀の親戚なだけあって性格が腐れ果ててやがる!」


 流れ弾が飛んできた参謀が、心外だと言わんばかりに抗議の声を上げた。


「なんて事をおっしゃるんですか魔王様。それではまるで私の性格が悪いみたいな物言いじゃないですか」


「自覚ねーのか! お前ら揃って最悪の部類じゃボケ! んじゃあこの呪いは何をどうしても解けねーってのか!?」


 魔王の問いに、医者がゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。術者が指定した条件をクリアすればちゃんと解呪されます。というのもこの呪い自体が魔王様の協力や了承の下に掛けられた物ですので」


「はあ? 俺はそんなもん了承した覚えねーぞ」


 身に覚えのない魔王が首を傾げた。


「いや、しているんですよ。本人の同意でもなければ、魔力だけは魔界有数、アホほど高い魔王様に呪いなんて通じるわけ無いんですから」


 納得いかなそうに顎髭を撫でる魔王に、参謀が告げる。


「多分、ザンフラバ様から呪いかけられた時『娘さん殺しちゃったんだし仕方ないなぁ』という負い目があったんでしょうね」


「うぐぐ!」


 そう言われて自分でも納得する部分があったのか、魔王が口をつぐむ。


「ところで叔父さん。この呪いを解く条件はどのようになってます? 今一度教えてほしいのですが」


「条件自体はかなり単純です。サザンランド深林国の長ザンフラバの娘であるラウレティアとダグサ黄光国の現国王ミディールが、愛の宣誓と誓いの口づけを行い、邪神父が婚姻を認めた瞬間に解呪される物のようです。日付は魔王歴46億5655万4241年4月4日で時刻はグランギニョル標準時0:00~24:00まで。呪いの発動条件は、魔王様自身が婚姻が破綻し不可能だと認識するか、解呪条件が成立せず期限を過ぎるかですね。条件を満たせばちゃんと解けるようにはなっています。場所の指定は特にありませんでした」


「ふうむ。条件に従えば解呪される事がわかっているのなら、無理にここで解呪するよりも大人しく式を成就させる方がリスクは低そうですね」


 参謀の話を聞いた魔王が、肩を落とす。


「あー? じゃあ結局無駄足かよ。呪いは解けねーで、やる事はどの道変わらねーっていう」


「そうでもありませんよ。呪いを解く条件を確定し、条件を満たした際にちゃんと解呪される見込みが付いただけでも十分な収穫です」


 落胆する魔王を励ますように声をかけ、参謀が医者に向かって頭を下げた。


「ありがとうございました叔父さん。振り込みは後ほど、色を付けておきますので」


「そうですか。では有難く。また何かあったらいつでもどうぞ」


 ヒラヒラと手を振る医者を尻目に、参謀と魔王は診察室を後にした。


ウエディング・ヘル(その5-1)……END

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