ウエディング・ヘル(その5-2)

「お、魔王様と参謀君じゃん」


 診察室から出た魔王達を、陽気な声が出迎える。

 見ると、先程まで魔王のいた待合室の長イスに、メイド長の死神とペケ子が腰掛けていた。


「なんだなんだ? お前らも来てたのか」


 思わぬ出会いに、魔王が親しげに言葉を返した。


「そーだよ魔王様。こっちはホラ、嬢ちゃんの予防接種。一応一通りの呪いと病気の免疫は付けとこうかなって。な、嬢ちゃん!」


 トレードマークの大鎌を肩に担いだ死神が、隣で足をブラブラさせているペケ子に声を掛ける。


「まあこの嬢ちゃんが、毒だの呪いだのにそうそう掛かるとは思えねーんだけどよー。とはいえ、魔王様みたいにやらかして呪いかけられちまった例もあるわけじゃん? だもんで、念には念を入れといた方がいいかもなってこうしてわざわざ来たってわけよ」


 死神の説明に、参謀がうなずいた。


「なるほど、確かにそうですね。新生児が一般的に予防接種を受け始める時期より大分早いですが、日頃からお暴れになって魔王城を損壊させ、四天王を遊び半分で血祭りに上げておられる頑健なペケ子様でしたらまず大丈夫でしょうし」


「だろぉ? 魔王様みたいにマヌケな呪いを掛けられても困るしさ。ひゃっひゃっひゃ!」


 顎の骨をカタカタと鳴らして死神が笑う。

 そんな死神を見て、魔王が悔しげに唇を噛んだ。


「くうう! だがな、果たしてペケ子は注射という恐るべき試練に耐えられるかな。子供にとって注射とは正に恐怖の象徴! その険しい試練を乗り越えられるだけの心の強さを果たしてペケ子は持っているかな!? 俺は泣かなかったけどな! 難しいぞ、偉大なる父を乗り越えるのは!」


「ちゅ、注射で我が子にマウント取ろうとするとか、マジかよ魔王様」


 魔王のドン引き発言に、死神がうろたえた。

 

「我ら一族のつけてる業務日誌には、魔王様は子供の頃、注射する時ギャン泣きして先代にシバかれたと記載されてますが」


「何だその黒歴史ノートは! 燃やせ燃やせ!」


 魔王の捨て台詞をかるくききながしていた死神が、ふと思い直す。


「あー、でも注射かー。確かに嬢ちゃん丈夫そうだけど、それとこれとは話違うもんなー」


 死神が、ペケ子の肩をガシっと掴んだ。


「いいかい嬢ちゃん。これから注射っつって、針でちょいと腕を刺すんだけどな。そんな程度でビビって泣いたりするんじゃねーぞ」


 熱っぽく語る死神は、尚も言葉を重ねる。

 

「嬢ちゃんは魔王国の王女様なんだからな。そんな程度で泣き喚いてちゃ、弱肉強食の魔界じゃナメられちまう。多少痛かろうがグッと堪えて我慢しなきゃな。注射されてムカッときたら、相手を睨み返してやれ。やられたらやり返すのが魔界の常識なんだ。」


 ドクロ顔の死神を真正面から見据えて、ペケ子はコクコクとうなずいた。

 そんな二人のやり取りを見て、参謀がポツリと呟く。


「メイド長を姫君の教育係に任命したのは正解でしたね。四天王に世話を任せた時は死傷者続出で、水の四天王を除いて全員引退に追い込まれましたから」


 この前ラウレティアに殺されて新たに選出したばかりの土の四天王も、ペケ子とあっち向いてホイした際に首の骨を折られて現在生死の境を彷徨っている。


「マジかよ。確かに最近ポチとか見ねーなーと思ってたんだけどさ」


 ポチとは風の四天王を務めるフェンリルの事である。

 体長4メートル以上、虎やバッファローをも上回る体躯を誇り、チーター以上の速度で風の如く野を駆け狙った獲物に喰らいつく誇り高き狼の王、それが風の四天王ことフェンリルのポチだ。


「あ、ポチ様は姫様に尻尾引き抜かれてぶん投げられた上に『取ってこい』させられ、精神的外傷を負って引退しました」


「……む、むごいなそれは。後で見舞いに行ってやろ。俺が無事に生き延びられればだけど」


 参謀の叔父の医者も言っていたように、ペケ子が生まれてからというもの、魔王城での死傷者の数は右肩上がりとなっていた。

 本来なら魔王国の本丸たる魔王城は魔界一安全であるはずなのだが、下手な戦場より遥かに生存率が低い修羅場と化していた。

 その過酷な状況に多少改善の兆しが見え始めたのは、死神がペケ子の世話役になってからだった。


「基本的に荒事以外に使い道のほとんどない、どこかの魔王様と同じで毎日遊んでばかりの穀潰しだと思ってたメイド長が、こうも役に立つとは私としても予想外でした。彼、非常事態の備えとしてはそこそこ優秀ですね」


 先代魔王様の介護からこの方、我が魔王城は非常事態が日常になりつつあるのが頭の痛い所ですけども、と参謀が愚痴る。


「ちょっと! そこの縁起悪そうな骸骨! アンタその無駄に物騒な鎌どうにかなさい! 何かの拍子で患者さんにぶつかって怪我でもしたらどうするの!」


 先ほど魔王の頭に注射器をブッ刺したオークの看護婦が、腕を組んでメイド長を睨みつける。

 どうも、メイド長が肩にかける大鎌が気に食わないようだ。

 確かに、患者の行き交う場所で成人男性の身長ほどもあろうかという刃物を剥き出して持ってたりしては危なっかしくて仕方がない。

 患者の安全を預かる立場のものとして、看護師の指摘は実に正論であった。


「ひょー怖い怖い! そう目クジラ立てんなって。仕舞うからさー」


 大鎌を手にした死神が、自身が着ているローブの内側に大鎌をしまう。

 どう見ても大鎌のサイズ的にそんな懐にしまう事など出来ないだろうに、ローブからは柄がはみ出している様子も無い。


「あなた、魔王の所のメイド長よね。病院に死神なんてタダでさえ不吉なんだから、隅っこで目立たないようじっとしてくれる? 患者さんがあんたの姿見たら、お迎えが来たのかと不安になるわ」


 辛辣な言葉をぶつけるオークの看護師に、死神がケタケタ笑って軽口を叩く。

 

「そんなツンケンすんなよなー。それに、俺ってば邪神父の資格あっから、もしもの時にはちゃんと弔ってやるしさー。何ならアンタらが手術しくじってぶっ殺しちまった患者さんを弔ってやっても良いんだぜぇー?」


「縁起でもない事言わないでもらえる? この不謹慎ドクロ。邪魔な刃物しまったなら無駄口叩かず大人しくしてなさい」


「へーへー」


 不愉快そうな一瞥を残して去っていくオークの看護師を見送って、参謀が死神に声を掛けた。


「ふむ。メイド長、一つ頼みたい事があるのですが……」


「あーん? 何だよ改まって」


「いや、大した事では無いのですが念の為にですね」


「……お前がそう言う時って、大抵ロクな頼みじゃねーんだよなー」


 参謀が口を開こうとした時、ペケ子の番号が看護師より呼ばれた。


「お、わりーな参謀君、話は後で聞いてやらぁ。ほれ、行くぞ嬢ちゃん。お医者さんにキリっとしたトコ見せてやれ」


 そう言うと、死神はペケ子を連れて診察室に入っていった。


 残された魔王がため息を吐く。


「はー、呪い解けねーのか。俺やっぱ死んじまったりすんのかなぁ。童貞のまま」


「ラウレティア様の結婚式が上手くいって呪いが解けようが、魔王様が童貞のまま死ぬという結果は変わらないので、そうでしょうね」


「んだとお? お前な、俺だってその気になれば彼女の一人や二人……あん?」


「キャアアアアア! 先生、先生がぁぁぁ!」


 バン、と診察室の扉が開き、中からペケ子を脇に抱えた死神が飛び出してくる。


「魔王様、参謀、ズラかるぞ!」


「な、な、何だよ急に!?」


 自体が飲み込めず尋ねる魔王を横切って、先ほどの診察室へと看護師や医師が何事かと詰めかける。


「どうした! 何があったんだ!?」


 診察室の中から出てきた看護師が事情を説明する。


「あ、ありのまま起こったことを話すわ! 先生が子供に注射をしたと思ったら、子供が先生の姿に変身して、机の上の注射器を手に取って先生の頭にブッ刺したの! な、何を言っているかわからないと思うけど、私も何が起こったのかわからなかったわ!」


 診察室の奥を指さす看護師につられて、集まった人たちが部屋の奥へと視線を向ける。


「うわ、これは酷い」


「一体誰がこんな事を」


 駆けつけた看護師や医師達が、中の惨状を見て口々に声を上げる。

 診察室の奥では、参謀の叔父である医者が、頭に極太の注射器を刺されて倒れていた。

 先ほど魔王の頭から引き抜かれ、脇の机に置いておかれた猛毒入りの注射器だ。


「……姫様、殺ってしまわれましたな」


 何が起こったか察した参謀を、死神に抱えられたままペケ子がキリッとした顔で睨み返した。


ウエディング・ヘル(その5-2)……END

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