ウエディング・ヘル(その4)
「う、うむ。結婚式の予行練習だな。ところで参謀よ、花嫁はラウレティア姫本人がやるとして、花婿役はだれがやるのだ? もし誰もいないの言うのなら仕方がない。ここは一つこの魔王がだな……」
魔王が『非モテ』『童貞』『おげれつ』『むっつりスケベ』という呪印を額や頬に浮かび上がらせながら、参謀に花婿役を申し出る。
参謀はチラリとラウレティアに視線を移す。
肉は腐れ落ち、骨は露出し、目は視神経を紐のように垂れ下げていたダークエルフのゾンビは、お針子部隊とピクシー達の懸命な遺体衛生保全作業により生前の美しさを取り戻していた。
それでも目の焦点は合っていなかったが。
「……これだから見境なしの童貞は。あのですね魔王様。いくら綺麗に見えても相手はアンデッドモンスターのゾンビなんですよ。死体相手に興奮するとか魔王様は生き物としてのプライドとか無いんですか? オケラだってアメンボだってもう少し誇り高く生きてますよ。少しは彼ら虫けらの皆さんを見習って、せめて生きてる相手にときめくようにして下さい」
参謀がやれやれとばかりに大きくため息をつく。
あきれ顔の参謀に、魔王が食って掛かる。
「んだとぉ!? アンデッドだって、ヴァンパイアとかあいつら生きてる連中おもいくそ誘惑してるし、それに乗っかって胸ときめかせてる魔族も人間もめちゃくちゃいるだろ! 俺、知ってんだかんな! ヴァンパイアと人間のハーフでダンピールって子供が出来る事! 魔王小学校の5年生の時に保健体育でその辺先生からちゃんと習ったんだからな! いーじゃねーかアンデッド相手にちょっと位ときめいたって!」
「非モテ童貞を拗らせるとここまで狂うものなのですね。大体魔王様、前にどこぞのヴァンピレラに『俺の血液全部献血するから付き合ってくれ!』とか恥ずかしい告白したら相手に目の前でゲロ吐かれて一時期女性恐怖症になってたじゃないですか。そんなに異性とお付き合いしたいなら、お見合いでも何でもセッティングしますからとっとと身を固めて下さいよ」
「ぬぐ!」
過去の苦すぎる恋愛経験を指摘されてうめく魔王に、参謀が更に追い打ちをかける。
「そもそも魔王様、仮にも魔王国の国主という立場で金と権力だけなら人一倍持ってる特権階級なのに、どうしてそこまでモテないんですか。他の男たちより遥かに有利な立場にいながら、それでもゲロ吐かれるくらい異性に拒絶されるとか、はっきり言って異常ですよ。『金も権力も社会的地位もいらない。たとえ国主の命令に逆らって殺されてもかまわないから私はあなたと付き合いたくない』って言われてるんですからね。相手に死を覚悟させるほどにモテないってどういう事ですかホント」
「う、うっさいわ! どーせ俺はモテねーよ! モテねーからせめて花婿役やってゾンビ相手でもチューしたいなって思ったんじゃねーか! 俺はな、35万飛んで35年間生きてて未だにチューしたこと無いんだぞ!? 偽りでもいい! 形だけでもいいから愛がほしかったんだよ! 悪いか!?」
「悪いです。35万飛んで35年目にして初めて訪れた口づけのチャンスなんて、性欲に目を血走らせた魔王様に与えたら何をしでかすかわかりませんからね。腐ってるとはいえ、相手は嫁入り前の他国の姫君。押し倒してキズモノにでもされたら困ります。遠慮という言葉は魔王様の事ですからきっとご存じ無いかと思いますが、遠慮してください」
「んだとお!? 俺はな、ピュアなんだよ! そういう行為は愛のある相手としかやりたくない派なの!」
「はいはい。サキュバス相手に土下座して肉体関係を迫って、泣いて相手に拒否られてたのはどこの魔王様でしたっけ。オスの精気を糧にするサキュバスにすら相手にするのを嫌がられるなんて、長い魔界の生物史でも魔王様が初めてですよきっと」
「やめろ、やめてくれ! 俺のささやかな見栄をそこまで徹底的に壊す事無いじゃないか! 参謀、お前一体俺に何の恨みがあるんだよ!?」
頭を抱えてしゃがみ込む魔王を尻目に、参謀が答える。
「強いて言うなら我々の血族が雪合戦やらペケ子様の相手やらで日常的に殺されている事ですかねえ。特に気にしてませんが。まあ何にせよ、もう花婿役は決まっています。衣装も段取りも含めて既に準備しているので、魔王様の出番はありませんよ」
「あ、そうなの? ふ、ふーん。前もって決まってるならしょうがないか。別に、悔しくなんて無いし。羨ましくなんて無いんだからな!」
強がる魔王だったが、先ほどまで散々っぱら醜態を晒しておいて、その言葉を信じるものはいないだろう。
「それでは失礼」
参謀が足を踏み鳴らす。
ダン、という足音と共に玉座の右手側に大きな転移魔法陣が浮かび、中から婚姻を誓うための逆十字教会の祭壇や、地獄に向かい逆さに落ちる堕天使の像といった式場のセットが姿を現した。
続いて、バイオリンやトランペット、フルート、トロンボーンにサックス、ユーフォニウムといった数々の楽器を手に持った音楽隊の面々が姿を現す。
様々な楽器と同じく、楽士隊の顔ぶれも実に様々だ。
立派な角の生えた牛の頭部を持つミノタウロスに太ましい体型をしたオーク、そして魔王より一回り小さいながらも筋骨隆々とした体躯を誇り口元から牙をのぞかせているオーガ、硬い鱗に翼をもつ竜人族もいた。
同じデザインの制服に身を包む楽士隊の中から、一人真っ白いスーツに身を包む屈強なオーガが魔王の前に進み出る。
「お初にお目にかかります魔王様。先日息を引き取った土の四天王に替わり、新たに四天王に就任しました土の四天王、ジェイ・ギャドラーです。この度は私を四天王へと任命頂きまことに有難うございます。新郎役も含め、職務に邁進いたします」
魔王とは対照的に赤黒い肌を覗かせるオーガが、右手を額に当てて敬礼をする。
見る物を射抜くような鋭い眼光は、土の四天王としての十分な実力をうかがわせた。
「お、おお! なんか知らんがよろしくな」
土の四天王の凛々しい姿に、魔王がどもりながら返事をした。
「あなたを土の四天王に選んだのは魔王様ではなく参謀である私ですよ。新郎役にもね」
口を挟む参謀に、新たに就任した土の四天王は僅かに口元をゆがませて視線を向ける。
「大変失礼いたしました。改めまして、此度の任命、役柄共に励みますゆえ無作法をお許し頂きたい」
青白い炎を両眼に揺らめかせる参謀にむかい、新しい土の四天王であるジェイ・ギャドラーが頭を下げる。
「おおーい参謀君、まだー? こっち準備終わってさっきからスタンバってんだけどさー」
祭壇から陽気な声が投げかけられる。
見ると邪神父役のメイド長が、祭壇の前で骨だけの手を振っていた。
いつも手にしている大鎌の代わりに、手には逆十字架が握られていた。
ちなみに大鎌はというとペケ子が中庭で振り回しており、植えられた木を片っ端から切り倒している。時折中庭から聞こえてくる悲鳴は、一緒に切り倒された樹人族であるトレント達の悲鳴だろう。
「それでは、これよりダグサ国にて行われる結婚式の予行練習を行います。魔王国陸軍楽士隊、演奏スタート!」
参謀の合図とともに、華やかな音楽が謁見の間に響き渡る。
「ラウレティア様、どうぞお手を」
土の四天王であるジェイがラウレティアと共に手をつなぎ、死神のいる祭壇へと共に歩みを進めた。
ラウレティア側にも特に不審な様子は無く二人は祭壇へと足を進めていった。
祭壇にたどり着いた二人に向かい、死神が『ねくろの☆みこん』と書かれた本を手に持って口を開いた。
「あーあー、コホン。こういうの久しぶりだな。えーと? 汝ミディールは、この女ラウレティアを妻とし、アゲアゲな時もマジ萎えな時も、セレブな時も底抜けビンボな時も、メンヘラな時もパリピな時も、共に歩み、他の者を踏みにじり、生命保険が支払われるまで、愛を誓い、妻を想い、浮気はバレないようにする事を、邪悪なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「はい、誓います」
硬い声で土の四天王が誓う。
「んじゃ次。汝ラウレティアは、この男ミディールを夫とし、あーめんどくせー以下省略。とりま誓いますか?」
「……は……い……」
死神の問いかけに、ラウレティアが小さく口を開いた。
「おっけおっけ! じゃあ二人ともあれよ。次は向かい合って誓いのキスな! よっ、このリア充!」
嬉しそうに死神が二人をはやし立てる。
その後ろで式典の様子を眺めていた魔王が参謀に向かって安堵の声を上げた。
「おお。なんかいい感じじゃないか? これなら何とか式はこなせそうだな」
「……」
同意を求める魔王に、しかし参謀は答えない。
祭壇の向こう側から新郎役と新婦に向かい、メイド長が再び婚姻を結ぶための言葉を紡いでゆく。
「じゃあ世界を三度焼いた竜、ゾディアークの……ちげえか。地底ならあれか。神を斬り伏せし剣鬼ノア・ラグナローグの武名の下……」
途中で、地底世界の風習に合わせてメイド長が文言を変えた。
「こだわりますね」
参謀の突っ込みにメイド長が骨だけの口をカコと鳴らして得意げに答えた。
「まあな。これでもカタストロフィック教会の邪神父の資格マジで持ってっからな。その辺はこだわるぜぇ?」
「ふむ。それは意外」
「ま、いいや。そんじゃ気ぃ取り直して剣鬼ノアの武名の下、両者誓いの口づけを」
「では姫様、失礼致します」
死神の指示に従い、土の四天王がラウレティアへと唇を近づける。
「……」
ラウレティアは焦点の定まらない目でその様子を見つめ続けていた。
二人の唇が近づき、そして……
「ぎゃあああああああ!?!?」
突如として土の四天王の太い絶叫が謁見の間にこだまする。
「な、なんだああああああ!?」
断末魔の悲鳴に魔王が玉座から立ち上がり、祭壇に駆け寄る。
見ると祭壇ではラウレティアが口の端を耳元まで大きく裂きながら、土の四天王であるジェイの首筋に牙を剥き出しにして噛みつき、食いちぎっていた。
「ウバアアシャアアアアア! ウマッ! かゆうまッ! 星三つ!」
ジェイの首筋に噛みつき、首の半分以上を一口で食いちぎったラウレティアが咆哮を上げる。
口元からは大量の血が零れ落ち、純白のドレスは腰まで真っ赤に濡れていた。
「たひゅけ、ゲフッ」
喉を食い破られ、ロクに言葉も話せずに新たなる土の四天王は絶命し、床に倒れ伏す。
「ごぢぞゔざまでぢだぁ!」
新郎役の屍の前で、ラウレティアが食いちぎった肉を吐き散らしながら声を上げる。
痙攣しながら床に転がる土の四天王の体がやがて動きを止め、そしてゆっくりと起き上がる。
「……あー……あー」
起き上がった四天王の目は瞳孔が開き濁っており、つまりゾンビとなっていた。
首を半分以上食いちぎられているため、歩くたびに頭がガクンガクンと揺れている。
いきなりの惨劇に、参謀がため息をついた。
「はー。やはりこうなりましたか」
「ぜ、全然ダメやんけ! どうすんだ参謀」
うろたえる魔王に、参謀が告げる。
「そうですねえ。とりあえず土の四天王は処分いたします」
参謀が指を鳴らすと土の四天王の足元に魔法陣が現れた。
そして、猛烈な業火が火柱となって吹き上がる。
炎の中で、土の四天王だったゾンビが踊るように手足をばたつかせ、やがて元の形も残すことなく崩れ去った。
魔法陣と火柱が消えた後には、消し炭が小さな山となって残るだけであった。
「さて……」
ラウレティアへと参謀が近寄る。
「おい参謀! まさかラウレティアまで燃やすんじゃないだろうな!?」
あわてて静止の声を上げて参謀とラウレティアの間に割って入る魔王だったが、
「オ、オ、オレサマ、オマエ、マルカジリッ!」
「うおっ!?」
食欲全開で大口を開けて魔王の背中にかじりつこうとするラウレティアを見て慌てて離れた。
ラウレティアは生きてる相手ならば肉は誰のものでもいいらしい。
今度は参謀に向かって大口を開けて歩み寄り、噛みつく直前で動きを止める。
足元には参謀が作り上げた拘束魔法陣が描かれていた。
「……なるほどなるほど。そういう事ですか。論文だけでしたら大学で読んだ事はありましたが、これならあるいは」
「コラ参謀! お前話きいてんのか! どーすんだコレ!」
ラウレティアが動けない事を見てとった魔王が参謀に文句をつける。
「魔王様、なんとかなるかもしれません」
「はあ? このザマでか? 参謀、おまえ何言ってんの?」
魔王の言葉に参謀は答えない。
代わりにポケットから一本の長い針を取り出し、無言でラウレティアの頭に突き立てた。
骨を貫き腐肉を刺す湿った音が響く。ラウレティアの瞳が刺された針に合わせてグリン、と裏返った。
「うへぇ、何すんだ! 相手ゾンビだからってその、グロいぞ!」
参謀の暴挙に魔王が声を上げる。
魔王の言葉を聞き流して、参謀が祭壇にいる死神に向かい尋ねた。
「メイド長、一つ尋ねます。あなたが鎌を振るい、アンデッド化させる作業というのは、レイスやファントムが憑依者の体を呪力で縛り操るように、自身の肉体を魔法で動かすという形に変化させるという事ではないですか? だからこそ、魔法で自身の体を動かすことになじまない内は雑な動作と思考しかできず、肉体はそのほとんどが操作不能の為に腐り落ちる。逆に時が経ち、魔法で体を操作することに馴れた高位のアンデッドは肉体も任意で作り直すことが出来、思考もクリアになり、生身の限界を超えた力を引き出せるのではないでしょうか」
「あー、まあ言葉にすっとそんな感じかな。ただそれもエルフの姫様みたいに適正ある奴に限るぞ。お前がさっき燃やした土の四天王とか、ありゃ多分何百年経ってもただのゾンビのままだ。まあそんだけ時間たったら肉は全部腐れ落ちてスケルトンになってるだろうがなー」
骨だけの鼻の穴に小指の骨を突っ込んでゴリゴリと掻きながら、死神が答えた。
「あ? よくわかんねえけど、結局どうなったんだ?」
メイド長と参謀の顔を交互に見ながら、完全に話についていけず取り残されている魔王が説明を求めた。
「つまり、こうなりました」
そう言うと参謀が、拘束魔法陣を解除する。
「ラウレティア、左手を上げろ」
参謀の言葉に従い、ラウレティアが左手を上げる。
「左手を下ろして、右足を上げろ」
先ほどと同じようにラウレティアは参謀の言葉に従い左手を下ろし、血に濡れた靴を履いた右足を上げた。
「こ、こりゃあ!?」
魔王が驚きの声を上げる。
「魔法の発信源である脳に針を打ち込み、身体機能をハックしました。まだラウレティア姫が自我が弱く、アンデッドとしての体の操作に慣れていない今でしたら私の方で操作が可能です。時が経ち、アンデッドである事に自我が慣れてきたらこんな芸当は出来なくなるでしょうが」
「へー! 器用な事するね、参謀君」
死を司ると言われる死神もまた、参謀の言葉に賞賛を送った。
「これで、頭の針が抜けない限りは大丈夫かと。最も、先の予行練習で顔面がまたグチャグチャになってしまったので縫合と塗料の塗り直しはしなければなりませんが」
「えーでもさ。この針、刺さりっぱなしだと目立つんじゃね?」
角か触覚のようにつむじに突き刺さっている針を見て、魔王が愚痴をこぼす。
「それでしたら」
ラウレティアの頭に突き刺さった針をひっつかんで、参謀がグイっと曲げた。
「アホ毛です」
「通じるかぁ?」
魔王がラウレティアのアホ毛アンテナを眺めて首をかしげた。
ウエディング・ヘル(その4)……END
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