ウエディング・ヘル(その3)

「……ですのでシャドウエルフの長たるミディール様、転移魔法陣の使用許可を頂けないでしょうか?」


 魔王城謁見の間。

 相も変わらずだだっ広い大広間にて、玉座に座る魔王の隣で、参謀が眼前の宙空に浮かぶ砂で出来た幕に向かい語り掛けていた。


「長年沈黙と伝統を守り抜かれてきたダグサの国の、最高指導者であらせられるミディール様の婚姻の儀に参加できるという事で、私共と致しましてもその御縁の始まりに相応しい祝いの品をと張り切って用意しているのですが。いやはやどうにも量が多すぎてしまいまして。身勝手な申し出なのですが、ご理解いただけると……」


 サラサラと砂が竜石質の床に零れ落ち、乾いた音を立てる。

 カーテンのように薄い砂の膜となって宙に浮いているのは、離れた場所の風景や映像をあらゆる色の付いた砂で表現することのできるサンドスクリーンである。

 その正体は、色とりどりの砂で出来たゴーレムだ。

 更にその、砂で出来た幕の両端には、ポルターガイストの憑依した大きめのお皿が計2枚、人間の耳のように宙に浮かんでいる。


 参謀が語り掛ける砂の幕には、地の底に住まうシャドウエルフを束ねる王であるミディールの姿が映し出されていた。

 日の光の当たらぬ地下暮らし故か、日差しの弱い神聖な森の奥に住むハイエルフと同じくその肌の色は白い。

 砂の幕の左右両端に浮かぶお皿がカタカタと震え、スクリーンに映るシャドウエルフの王の声をポルターガイストが再現する。


「下賤で野蛮な地上の魔族の申し出など受けてやる理由はないが、しかし我に貢ぎたいというのなら仕方がない。寛大な心で許可しようではないか」


 エルフ特有の整った顔立ちをしたその王は、砂幕の中から傲慢そのものといった口調で参謀を見下し告げていた。


「はい。我が王もミディール様の懐の深いお心遣いに感謝する事でしょう。この場は私が代わりまして、お礼申し上げます。まことに有難うございます」


 そんな傲岸不遜そのものといったエルフの王に対し、参謀は声を荒げる事無く謝辞を述べ、深々と頭を下げた。

 牛の頭蓋骨そのものな頭部は、その目に当たる部分には眼球の代わりに青白い炎が揺らめいている。


「ふん。蛮族どもが。転移魔法陣は城内の一角に用意しといてやる。だがな、くれぐれも余計な事は考えるでないぞ」


 一部とはいえ敷地内への侵入を許可することを警戒してか、ミディール王が不機嫌そうに尖った耳を動かす。


「勿論でございます。先ほどお見せした通り、我が主である魔王は今回の婚姻の儀に参加するにあたり、敵意の無いことの証明としまして花嫁ラウレティアの父、ザンフラバに自ら頼みこみ自身の力の大半を奪い去る呪印を刻ませた次第でして」


 顔を上げた参謀が眼窩の青白い炎を揺らめかせながらそう告げる。

 述べた言葉は、もちろんウソである。

 魔王は、呪印の刻まれたままの姿でシャドウエルフの長であるミディールと先ほどサンドスクリーン越しに挨拶を済ませていた。


 この呪印は娘をゾンビに変えられた父、ザンフラバより報復に刻み込まれた物であって誠意の証などでは無い。

 ただ口実に丁度いいので参謀が理由を捻じ曲げて引き合いに出しただけである。

 参謀は婚姻儀礼が失敗した際に命を落とす呪いが掛けられているという旨は相手に伝えず、誠意を見せるために力を自主的に頼み込んで制限したと伝えている。

 もし事実を知られた場合、相手にどうつけ込まれるかわからないからだ。


「……ふん、まあな。それにしても傑作な紋様の呪印よな。下賤なる者の王には相応しいではないか。クックック!」


 参謀の言葉に特に疑いを持たなかったのか、地底のエルフの王が呪印の刻まれた魔王の姿を思い出し、喉を鳴らして嗤った。


「さて、お前たち如きに我の時間を使うのはここまでとしよう。貢物、期待しないで待っているぞ。ではさらばだ、地を這う虫けらども」


 シャドウエルフの王はひとしきり嗤い終えると、吐き捨てるように言い放ちサンドスクリーン上から姿を消した。

 映像が消え、文字通り砂嵐のようにサンドスクリーンの砂が不規則に動き回り、ザーという音を立てる。


「……ご苦労。ところで一つ確認したいのですが、お前たちサンドゴーレムは今何体いますか? ああ、別にスクリーンにまでなれるものでなくて構いません。そうですね。体が手の平サイズの石ころ状のものまででしたらどれくらい居るのかが知りたいのですが」


 参謀の問いを受け、砂の幕はその表面をうねらせていたが、やがて『666』と数字を浮かび上がらせた。


「なるほど。わかりました有難うございます。では、下がりなさい」


 砂の幕となっていたゴーレムがザァと音を立てて崩れ落ち、床で小さな砂の山となる。

 砂山はザラザラと音を立てて謁見の間の出入り口である黒氷樹作りの大扉へと向かっていった。

 宙に浮いていた二枚の皿はポルターガイストが憑依をやめて重力に従い床に落ち、乾いた音を立てて割れ砕けた。


 砂のゴーレムを見送る参謀の後ろでは、玉座に座る魔王が手に持った鏡を渋い顔でのぞき込んでいた。


「くそ、何だこれは! いくら洗っても何度風呂に入っても全然落ちんぞ!」


 魔王は、顔と言わず手足と言わず、その全身に呪印の紋様が浮かび上がっていた。

 その紋様は『バカ、アホ、脳筋、クソマヌケ、童貞』等といった文字となっており、ハタ目には全身にひたすら悪口を落書きされているように見える。


「呪いの刻印ですので。解呪されなければたとえ体をやすりで削ろうともきえないかと」


 怒りに身を震わせながら手鏡を握りしめている魔王に、参謀が無常な事実を告げた。


「おのれザンフラバ! あの性悪エルフめえええ!」


 呪印を刻まれた時の事を思い出し、魔王が悔しげに呻く。


「いや、さっきのシャドウエルフの何とか言う奴も性格悪そうだったな。この魔王様の事をバカにしてるっぽかったし」


 ガン、と拳で玉座の手すりを殴りつける。

 魔王の怒りのボルテージは、ハタ目にもわかる位に上がっていた。


「アレだ! ダークもシャドウも関係ねえな! エルフは性格悪い! 俺、覚えた! ふざけやがって。こんどエルフ税とか長耳罪とか制定してやる!」


 持っていた手鏡を魔王が足元に叩きつける。

 ガシャンと鏡の割れる音が怒りの声と共に謁見の間に響いた。

 参謀が指を鳴らし、転移魔法陣を床に浮かび上がらせる。

 中からホウキとチリトリを手に持った犬頭の獣人であるコボルトが現れ、割れた鏡の破片と、ついでにポルターガイストが離れた拍子に床に落ちて砕けた皿の掃除を始めた。

 ホウキを動かすのに合わせて頭の三角巾がゆらゆらと揺れている。

 改めて魔王と向かい合った参謀が釘を差した。


「魔王様。それ我が国に住むダークエルフ達には関係ないですし、同盟国にンな事したら普通に離反されるのでやめてくださいね。やるなら本人相手にしてください。耳を引きちぎろうが身ぐるみ剥がそうが好きにして頂いて構いませんので」


「この呪印が解けたらまずザンフラバからそうしてやるわ! にしてもこれ何とかなんねーの? 呪いの紋様にしてもさ、もっとこう、なんというか。バカとか無能とか童貞とか脳筋とか好き放題書きやがって。ちくしょう、なんたる侮辱!」


 唾を飛ばしながら憤る魔王の言葉を、参謀が訂正する。


「それは違います魔王様。事実の指摘により相手の社会的地位を貶める行為は、侮辱ではなく名誉棄損にあたりますゆえ」


「へー、そんな違いがあったんだ。なるほど。つまり俺がバカで無能で童貞で脳筋であるのは事実だと。お前はそう言いたいんだな参謀」


「もしそれを検証するのでしたらその役目は魔界司法裁判所裁判官及び陪審員になるのでしょうが、魔王様のこれまでの経歴や実績を省みるに、まず間違いなく事実であると陪審員たちは判断するでしょうね」


「おのれえええ! あのインテリ魔族どもめ! 何が事実かはこの俺が決めてやる! 裁判所なんて潰してしまえばいいんだ!」


 魔王は、その青黒い肌から今にも蒸気を吹き出さんばかりに怒声を上げる。

 魔王国は陪審員制であるが、その陪審員は魔王国王立大学を卒業したいわゆるインテリにより構成される。

 ちなみに参謀もまた、王立大学の名門タルタロス大学謀略学部奸計科修士課程を優秀な成績で卒業したインテリ組の一人だ。


 魔王国のあらゆる知的産業を担う彼らは、基本的に論理と整合性を重んじる傾向にある。

 それ故にバカでアホで脳筋の魔王は、ひじょーーーーーに人気が無い。

 よって、日ごろから感情的に権力と魔力と暴力を振り回す魔王は、知的階級に身を置くあらゆる魔族から嫌われまくっていた。これが弱肉強食を是とする魔界でなかったなら、間違いなくこうして玉座になど座っていられないだろう。


「魔王様、裁判所潰すのは別に構いませんが、もし本当に潰したら毎日無数に持ち込まれる訴訟案件、全部魔王様に裁決してもらいますからね。そうなったら睡眠なんて一分たりと取るヒマはなくなるでしょうが、一臣下の者として応援します。がんばってください」


 参謀の指摘に、魔王が即座に文句をつけた。


「はあー? ふっざけんな! そんな面倒な仕事やってられっか! お前がやっとけよ参謀!」


「わかりました。では魔王国法務大臣及び魔王国法制局長官である私の裁量の下、今まで通り魔界司法裁判所及びその関係職員に訴状の処理は一任致します。あしからず」


 参謀が、魔王の珍回答をしれっと流す。


「うぬぅ。なんと口の減らない。もういい! で、どうなんだあのゾンビは。何とかなりそうなのか!?」


 こんなやり取りをしたところで不毛だし、どうせ口じゃ何言ってもあしらわれるなと感じた魔王が話を変える。


「はい、とりあえずお針子たちを総動員して削げた肉やら何やらを何とか縫い付けまして、更に絵の得意なピクシー達に肌を特殊塗料で塗らせました」


 床掃除を終えたコボルトが再び転移魔法陣の中へと沈んでいくのと入れ替わりで、新たな魔族が光り輝く魔法陣の中から姿を現す。

 現れたのは、煮詰めた蜂蜜のような甘さを感じさせる肌の色をした見目麗しいダークエルフ、サザンランド森林国王女ラウレティアであった。


 背中の大きく開いた純白のドレスに身を包むラウレティアは肌の色も相まって、幻想的な光と香りを放ち夜に咲く魔界の花、白夜素馨さながらの美を誇っていた。

 つい先日まで肉が腐れ落ち骨が覗いていたゾンビとはとても思えない見た目だ。


「おお! これは素晴らしい! ちょっと目の焦点が合ってないけど! ディ・モールト! パーフェクトだ参謀!」


 ゾンビ姫の予想外の修復具合に魔王が喜びの声を上げる。


「有難うございます」


 魔王の手放しの賞賛に、うやうやしく参謀が頭を下げた。


「それでは魔王様。式場のセットを用意しております。他の式場スタッフ役ともどもまとめてこちらに転送させて、誓いの口づけまでの流れを予行練習しようかと思うのですが。よろしいですか?」


「お、おお」


 参謀の提案に、童貞の魔王がゴクリとツバを飲んだ。



ウエディング・ヘル(その3)……END

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