VS勇者(その2)

 魔王城にほど近い都市、ドラグ・マウンテン。

 竜の血を引く亜人である竜人族が、はるか昔に大噴火を起こした岩山をくり抜いて作った巨大な城塞都市だ。

 山を削り丸ごと加工して作られたこの都市からは、武具への加工にもってこいな竜鋼石やブラックミスライルといった鉱石が多く産出される。

 堅牢な山のそこかしこに掘られた坑道からは、ひっきりなしに鉱石を満載にした荷車が屈強な竜人族達の手により運び出されている。

 彼ら竜人族により掘り出された鉱石は、同じく山々に住むドワーフやノーム達の構える工房へと運ばれ、様々な武具へと姿を変えて魔界全土へ広まっていくのだ。


 鉱石が山と積まれた荷車は、相当な重量があるのはハタ目にもわかった。

 もし何かのはずみで横倒しにでもなったら、人間の力では10人集まっても荷車を起こすことは出来ないだろう。

 しかも道にはレールも何も敷かれてはいない。

 車輪に石でも噛んだら、人の手ではもう荷車を動かす事も出来ないだろう。

 にもかかわらず、竜人達はその逞しい二の腕で鉱石のぎっしり詰まった荷車を縦横無尽に押し転がし、鼻歌交じりに運び出し続けている。

 流石は竜の血を引く民なだけある。

 背丈こそ人間やエルフ達とさほど変わりは無いが、竜人族は皆豪の者揃いであった。


 竜人族は溶岩をものともしない頑丈な鱗に、腕の一振りで丸太をへし折る膂力を持つ。

 のみならず、猛禽類顔負けに翼を広げ、竜さながら空を悠々と飛ぶこともできる。

 それだけでなく剣、槍、弓を始めとしたあらゆる武芸にも深く精通しており、彼らの武名は魔界中に知れ渡っている。


 驚異的な身体能力に空を行く翼を持ち、武芸の練度も高い。

 そんな魔界有数の戦士たちが収める都市が、このドラグ・マウンテンなのだ。

 戦乱絶えぬ魔族の歴史の中にあっても、この都市の頑健さと難攻不落ぶりは実に有名だった。


 人間、ドワーフ、ホブゴブリン、トロール、シャドウエルフ、果ては宝石好きなドラゴンまで。

 豊富な鉱石資源を狙い、数多くの者たちが竜人族の住まうドラグ・マウンテンをわが物にしようと攻め込んできた。

 だがその目論見は、堅固な城塞と豪胆な竜人族により全て阻まれた。

 先々代の魔王ですらこの城塞都市を落とす事は出来ず、彼ら竜人族の力を称えて自治を認めたほどである。

 今の時代の魔王も、彼ら竜人族と表立って争うことは無いにせよその動向は警戒していた。

 参謀に命じてひっそりと監視の魔法をかけさせ、不穏な動きがないか常に目を光らせているのがその証拠だ。

 神話の時代から今に至るまで。数々の戦乱に巻き込まれながらも、ついぞこの城塞都市は陥落することはなかったのだ。


「ウバアアアアシャアアアア!!」


 そんな歴戦の強者たちの住まう城塞都市目掛けて、地平線の向こうから一人の若者が猛烈な速度で突っ走っていた。

 その身は武器や鎧はおろか、服も下着も何も身につけていない。

 フルチンである。


 彼こそが先代魔王であり、現魔王の父であり、転生した勇者であった。

 その目は完全に瞳孔が開いており、焦点が合っていない。

 奇声を上げる口の端からは、狂犬病を発症して暴れ回るケルベロスさながら、泡が吹きこぼれていた。


 もうもうと土煙を上げながら爆走する勇者の速度は、どう見ても常人のそれではない。

 音すら置き去りにして走り抜ける勇者の足元では、発生した衝撃波により草が千切れ石が砕け飛んでいる。

 股間のイチモツも超音速でブラブラと揺れ、周囲にソニックブームを撒き散らしていた。


 放たれた砲弾の如く走り抜けるフルチン勇者は、勢いそのままに城塞都市の城壁に轟音と共に着弾。

 破城槌すら物ともしない、頑強なはずの岩壁に大穴が開く。

 その猛烈な衝撃は波紋となって広がり、山全体が軋むような音を立てて身震いした。

 木々がざわめき、異変を感じた鳥たちがけたたましい声で鳴きながら一斉に飛び去る。


 岩山に住む竜人達も、何事かと鳥たちと共に中空へと飛び出してきた。

 ハタから見ると、突かれたスズメバチの巣から大量に蜂が湧いて出てくるようだ。

 飛び出てきたのが武勇で知られる竜人族である事を考えると、危険度はその数万倍以上だろうが。


 勇者の飛び込んだ城塞都市は、程なく山頂部が噴火でもしたかのように爆裂四散する。中から飛び出してきたのはフルチン勇者だ。

 噴石さながらに上空高く飛び上がった勇者が、何事かとやってきた竜人達を眼下に収めてニイと嗤う。

 ギシリと空間が軋まんばかりに拳を固めた勇者は、岩山をくり抜いて作った城塞都市へと無数の拳打を叩き込んだ。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラア!!!!」


 音速を遥か向こうに置き去りにしたおぞましい速度で振り下ろされる勇者の拳は、数千数万もの残像を伴っていた。

 大気との摩擦と断熱圧縮により真っ赤に灼熱している素拳の乱打は、岩山を砂糖菓子さながらに打ち砕く猛烈な衝撃波を生み出していた。

 勇者の拳により生み出された恐るべき破壊の力が、流星雨となって城塞都市全域、ドラグ・マウンテン全体に降り注ぐ。

 堅牢なはずの城塞都市は、見る見るうちにひび割れ、削れ、砕けていった。


 もちろん、自分たちの住処が壊されていくのを竜人族が黙って見ているはずがない。

 異変の元である勇者に気づき、周囲を飛び回る一騎当千の竜人達が弓で、槍で、曲刀で、思い思いの武器を手に取り挑みかかる。


 だがフルチン勇者の振るう拳の雨に、放たれた矢は弾かれ、槍は折れ、振り下ろされた曲刀は砕けた。

 こうなったらと生身で挑みかかった者たちは拳の豪雨に呑まれ、その超暴力の前に武芸の腕も剛力も披露する事も出来ず、瓦礫の一部となった。


 たった数分たらずで山一つを更地に変えたフルチン勇者が、瓦礫と化した大地に降り立つ。

 そしてダメ押しとばかりに狂声を上げながら、地面に直接拳を直接打ち付けた。


「貧弱貧弱ゥゥゥゥウリイイイイイイィィィ!」


 振り下ろされた勇者の拳は岩盤を破壊し、山の地下深くに眠るマグマ溜まりを粉砕。

 ドラグ・マウンテンは、実に数百万年ぶりに噴火した。


 鼓膜が破けんばかりの爆発音が大地を駆け巡る。

 噴火による衝撃波が同心円状に広がり、空に浮かぶ雲を一掃。天にぽっかりと穴が開いたかのように青空が広がった。

 そのすぐ後に、高温の火山性ガスを伴う噴煙が空を覆い世界を灰に染め上げる。

 雨となって空より降り注ぐ噴石が勢いよく地面に激突し、無数の窪みを作った。

 火柱の如く湧き上がる溶岩が、地獄に燃える松明さながらに灰に染まった世界と、凶笑を上げる勇者の裸体を赤々と照らし上げる。

 噴火による強烈な熱気が上昇気流となって雲を作り、瓦解した城塞都市に火山灰混じりの黒い雨が降り注いだ。

 赤々と燃える火山を背景に、勇者がドス黒く濁った空を仰ぎ見て喉を震わせる。


「スゲー爽ヤカナ気分ダゼエエエ! 新シイパンツヲ履イタバカリノ、ハッピーニューイヤーノ朝ノヨーニヨオオォォッッ! 最ッ高ニ『ハイ』ッテ奴ダアアア!」


 何一つ身につけていない勇者の玉袋が、雄叫びに合わせて小刻みに震えていた。

 

 

「……以上が、現場からの映像になります」


 魔王城謁見の間に、参謀の声が静かに響き渡る。

 玉座に座る魔王は中空に浮かぶ色のついた砂の幕、サンドスクリーンを眺めて呆然としていた。

 砂の幕には、もうもうと立ち昇る噴煙を背景に、雄叫びを上げる勇者の姿が色鮮やかに映し出されている。


「もういいぞ、お前たち。下がれ」


 参謀がそういうと、中空に広がっていた砂の幕がザア、と足元に流れ落ちる。

 零れ落ちた砂は、よく見ると赤緑青の三色の光を放っていた。

 サンドスクリーンとは、ありていに言ってしまえば色とりどりに光る砂で出来たゴーレムが、薄く幕状に伸びた物だ。

 細かい砂の一粒一粒が色のついた光を放っており、それが組み合わさる事でサンドスクリーンはあらゆる映像を映し出す事ができる。

 参謀の、あらかじめ設定した特定の地域を見ることの出来るサーチアイの魔法と組み合わせる事で、このように離れた土地の映像を砂に映し出して第三者に見せる事が出来るのだ。

 玉座に座る魔王が、苦い顔で頬杖をつく。


「これ、マズくね? 父ちゃん完全にバーサークしてんじゃん」


「はい、非常にマズいです。何せ先代魔王様は歴代の魔王の中でも腕力魔力共に並ぶもの無く全魔界最強とさえ囁かれ恐れられていたお方。一度暴れ出したらどうなるかは、実際に認知症を患ったお父上の介護をしていた我々が知る通りです」


「嫌がる父ちゃんのおしめ一つ替えるだけでも俺とお前と、メイド長の死神と、あと四天王総がかりで命懸けでやってたしな。その度に魔王城半壊して俺は死にかけ四天王の首はすげかわり……」


 過去の激動の介護生活を思い返し、魔王が顔をしかめる。


「で、父ちゃんいつ頃こっち着きそう? ドラグ・マウンテンからだと、持って1日か2日くらいしか時間は無……」


 どおぉぉぉん!!

 大砲でもブチ込まれたかのような轟音が魔王城を揺るがす。


「一時間と持たなかったようですな」


 天井からパラパラと砕けた建築材が粉となって降ってくるのを尻目に、参謀が落ち着いた声でそう言った。


日常魔王第2話『VS勇者(その2)』……END

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