VS勇者(その3 結)
魔王城の城門前。
いかなる侵入者も許可なく通る事を許さぬ、誰もが見上げるほどの大きさを誇る、アダマン鋼鉄製の城門である。
ただでさえ分厚く頑丈な作りの城門は、魔王の魔力によりさらにその強度を強められていた。
怪力無双で知られる巨人族が束にかかってすら、破るのは難しいだろう。
だが、その城門から今、金属の軋む悲鳴のような音が聞こえていた。
「ノックシテ、モシモォォォォシ!!!」
原因は勇者だ。
人類の救世主、平和の使者である勇者が、完全に瞳孔の開いた目で口から泡を吹きながら城門をノックしている。
勇者が城門を叩くたびに、攻城用の投石器から投げられた岩塊がブチ当たったかのような衝突音が響き渡る。
本人からすれば、本当にただ扉をノックしている程度のつもりなのだろう。
だが、その異常極まりない膂力により叩かれた扉には、次々と亀裂が生じていた。
門と同じアダマン鋼鉄製のカンヌキは曲がり、蝶番も歪み始め、頑強なはずの城門は今にも叩き壊されそうである。
「ふうむ。魔王様、この様子ですと感動の親子対面までそう時間は掛からなそうですね」
城門脇に備え付けられた魔道カメラと視覚を共有した参謀が静かに告げる。
カメラには、見る見るうちに変形していく城門と、その後ろに広がる瓦礫の見本市と化した中庭が映っていた。
城門を守っていたトロールやオークといった重量級の兵士たちも勇者の手により叩き飛ばされ、かつては噴水や彫刻だった破片と共に瓦礫の山に埋まっている。
「呑気な事を言ってる場合か! 兵隊共は……時間稼ぎにもならんな。四天王どもはどうした!? 早く呼べ!」
切羽詰まった声を上げ、玉座から立ち上がった魔王が指示を飛ばす。
「魔王様。魔王軍幹部の四天王達は先代魔王様の最後のおしめを替えた際に負った傷が未だ癒えず、全員逆十字病院のベッドの上でございます。内、火と土の四天王は危篤状態で明日をも知れぬ身のようで、この前遺言を家族に残しておりました」
「あーくそ! じゃ、じゃあメイド長だ! そうだメイド長の死神がいるじゃん! あの死神も父ちゃんの介護役の責任者だったろ!? 責任取って勇者に転生した父ちゃんの面倒も見させろよ! 役目でしょ!」
「そもそも死神を老人介護の責任者にするという発想が、今考えるとどうかしてたわけですが。それはさておき魔王様、メイド長の死神リッチーは先代魔王様の葬儀が終わった日より有休消化に入っておりまして。来週末まで南国リゾート地として名高い人魚の国オキナヴァーナでウクレレ片手にバカンス中でございます」
「っかー、役に立たん! 結局動けるのは俺とお前だけか!」
頭をガリガリ掻いて嘆く魔王の言葉を聞いて、参謀が首を横に振る。
「いえいえ。先代魔王様をなだめるなど、私では10秒と持ちません。実質、多少なりとも立ち向かえるのは、現在バカンス中でここに居ないメイド長か魔王様だけです。というわけで、私は役に立たないのでこれでおいとまさせてもらいます。魔王様、今までありがとうございました。お別れは言いません。たとえ魔王様が亡くなろうと、いつまでも私の胸の中で生き続けているのですから。それでは失礼」
優雅に一礼し、くるりと背を向ける参謀を必死で魔王が呼び止める。
「ちょっと待てえええ! 何華麗に主を見捨てようとしてんだお前は! 何でもありな我ら魔族とはいえ、やっちゃならん事ってのはやっぱりあるんじゃないかと思うぞこの俺は!」
「そうは言いましても魔王様。先代魔王様は、魔界と人間界を二分した天魔大戦時に勇者2万人まとめて叩きのめし、ギネヌ記録に載ったような全魔界ぶっちぎりで最強なおかた。あんな存在自体がぶっ壊れな方をマトモに相手にするのは、ただの自殺でございます。私共一族の家訓は『いのちをだいじに』でして。そういう役回りは『ガンガン死のうぜ』を信条とされております魔王様にこそふさわしいかと思いますが」
「何だその不吉極まりないファンキーな信条は! んな信条もっとらんわ! 俺も自分の命は大事にする派だ!」
「そうですか。ではお大事に。私は逃げます。お元気で」
そう言うと参謀は背中から蝙蝠の羽を生やし、外に通じる窓に向けてそのまま叩き割る勢いで飛んでいく。
だが窓を破る直前で、参謀は見えない壁におでこをぶつけ、床に叩き落とされた。
「くっくっく、参謀よ。知らなかったのか? この魔王からは逃げられない」
ひたいに脂汗を浮かべてにやりと笑う魔王に、参謀が背中に生えた羽を消して向き直る。
「ふむ、結界ですか」
ぶつけたおでこを無表情に撫でながらつぶやく参謀に、脂汗を垂らしながら魔王が答える。
見ると、魔王は床に手をつき四つん這いの状態になっていた。
両の腕からは禍々しい黒い波動が放たれ、床をつたって城全体を覆っている。
耐火、耐爆、耐熱、耐衝撃、防毒、絶縁、全ての魔法、全ての物理干渉を遮断する、魔王最強の結界。
通称『闇のころも』だ。
相当な魔界の実力者や勇者であっても打ち破る事の困難な強度を誇るシロモノだが、元先代魔王なバーサーク勇者を相手するにはそれでも心細い。
「そうだ! 今魔王城全体に俺が全魔力を注いで結界を張った。もう魔王城の中から出ることも出来なければ外から入ることも出来ん! これで多少は持つからその間にお前のセコい悪知恵で何か解決策を考えろ! 言っとくけどマジで逃がさんからな! 死ぬ時は一緒だかんな! 俺と一緒に死ね、参謀!」
焦りからか必死に引き止める魔王の声は、最後の方は裏返り始めていた。
「何というヤンデレ。男二人で無理心中とは、私の性癖が疑われかねませんな」
こんな時でも冷静に、参謀がやれやれとため息混じりで首を振る。
「うっさいわ! はよ何とかしろ! 力仕事は引き受けるが、頭脳労働はお前の役目だ! 生きて明日を迎える案をひねり出せ!」
「かしこまりました。まあ、案が無いわけでもないので、準備してまいりますか。魔王様、お辛いでしょうが少しそのまま結界の維持をお願いいたします」
「わ、分かった! だかぶっちゃけ長く持たんぞ!?」
一礼して去る参謀に、魔王が余裕の無い上擦った声で了承する。
ヒビの入った魔王城の城門前に、一人の青年が立っていた。
武器も持たず防具も纏わず。
一糸まとわぬ生まれたままの姿で仁王立ちをするこの変態こそが、世界の希望、人類の救世主、平和の使者、すなわち勇者である。
ノックしていた手を城門へと勇者が伸ばすと、触れる寸前に中空で火花がはじけた。
魔王が先ほど張った結界だ。
この世界の魔族を束ね、頂点に立つ者が全力で練り上げた結界である。
魔王の結界はダテではない。
ドラゴンの群れが一斉に火を吐こうが、ゴーレム達が束になって突撃してこようが破る事はまず出来ないシロモノだ。
とはいえ、そんな魔界有数の結界だろうと、この常軌を逸したフルチン勇者の前では心もとない。
「オオオオオ! フルエルゾ玉袋! モエツキルホドヒート!」
奇声を上げた勇者が拳を握りしめる。
凶悪なまでの魔力が拳に生まれ、その規格外の力に拳の周囲が陽炎のように揺らいで見えた。
城塞都市を砕いた拳を、勇者が振り上げ城門に向かって叩きつける。
何度も、何度も、何度も、何度も。
結界に拳が激突するたびに中空に火花が散り、地響きが起き、大気が震えた。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァッ!」
連続して叩き込まれる山をも砕く拳の群れに、本来であればいかなる魔法も物理干渉も受け付けないはずの結界にヒビが入る。
魔王が全力で作り上げた結界は、ガラスの割れるような甲高い音を立ててあっけなく砕けた。
「突撃オマエガ晩ゴハンンンンンンッッ!」
割れた結界の先、魔王城の城門へと勇者は全速力で体当たりをする。
門の蝶番が衝撃に耐えかねてはじけ飛び、重々しい城門は開くのではなく魔王城の中へと叩き飛ばされた。
魔王城の内部へと足を踏み入れた勇者は、広々としたロビーを焦点の合って無い目でぐるりと見渡し、ふと目の前のあるものに気づく。
「コ、コレハ!?」
足早に駆け寄った勇者の眼前には、大きな陶器の皿に山と盛られた餅があった。
よだれを垂らした勇者が矢継ぎ早に餅へと手を伸ばし、掴んだそばから凄まじい速度で平らげ始める。
一抱えはあろうかという餅の山が、みるみる少なくなっていった。
「ゥンマアアアアァァァァイ!」
口の端から餅の欠片を飛ばしながら勇者はそう叫ぶと、突然喉を押さえて苦しみだした。
「コッ、コッ、呼吸ガ! ンパッンパッ!?」
餅をのどに詰まらせた勇者は床に大の字に倒れ、喉を抑えて痙攣をし始める。
何かを掴もうとするかのように宙へと伸ばしていた手が、力を失いパタリと床に落ちた。
しばらくしてバルコニーの階段から参謀と魔王が姿を現し勇者の元へと降りてくる。
魔王が勇者の顔の前で手を振り、参謀が勇者の手首を握り脈を確かめる。
「魔王様。お亡くなりになっております。上手くいきましたな」
「うむ。そのようだな」
ふぅー、と額の汗をぬぐって魔王が一息つく。
「だがそれにしても」
魔王が、餅をのどに詰まらせて倒れている先代魔王にして現勇者である自分の父を見下ろす。
「二度も同じ死に方するとはな」
「先代魔王様は、お餅が大好きでしたから。ところで魔王様、ご遺体はどうされます?」
参謀の言葉に、魔王は頭を掻きながらぼやく。
「もっかい葬式するかぁ? ったく……」
心底面倒くさそうな魔王のぼやきに、参謀が口をはさんだ。
「やれやれだぜ、と言った所でしょうか」
「あ、お前! 俺が言おうと思ってたのに!」
VS勇者(その3 結)……END
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