第1話 邂逅
「―――ったた…。爺のやつ、死にかけであんな魔法使うとか私を殺す気…?」
爺が最期に使ったのは『ランダム転移』というエルフの固有魔法。
距離だけで場所を指定できない代わりに消費する魔力がバカみたいに少ないし転移先を補足されないという魔法。しかし構築を間違えると…
「…自分の全魔力を引き換えに、距離まで完全ランダムとなる…」
そう。最悪の場合、埋められたり沈められたり、宇宙空間に飛ばされることもある上に、超近くに転移して全く意味を為さない場合もあるのだ。
「にしても、ここは…?」
彼女がいたのは、暗くて左右を高い壁に挟まれた狭い通路のようなところ。地面も硬く、土などではないようだ。
「と、とりあえず精霊さん出てきて?」
何も起こらない。
「嘘…私の呼びかけに答えてくれないなんて…」
彼女はエルフの中でも精霊術に長けていて、一声掛けるだけで何百という精霊を呼び集めることができた。つまり、彼女の呼びかけに精霊が答えないということは、半径数百キロの範囲に精霊が一匹もいないということを意味していた。
「なら、せめて明かりだけでも。『ライト』………え?」
初級光属性魔法で明かりを確保しようとすると―――今まで味わったことのない壮絶な倦怠感とともに彼女は再び意識を失った。
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「あーー!やっと終わったー!」
尋常じゃない量の残業が終わった。時計を見るともう日付が変わっている。唯一の救いは職場が家から非常に近いので帰宅にそれほど時間がかからないことだろうか。
「さてと、帰るか」
今日は金曜日。つまり明日は休み!その事実に心躍らせながら遠藤雄二(21)は会社を後にする。
雄二が務めるのは至って普通の貿易会社。今日の残業も、ブラック企業というわけではなく、普通に雄二がヘマをやらかして仕事が増えたためである。
そんなわけで全く人気のない会社からの帰り道。途中のコンビニで安い弁当、ビールを数本とつまみのスナック菓子を買ったレジ袋をぶら下げて土日の予定に思いを馳せていると、
ビルの隙間に、エルフかなにかのコスプレイヤーだろうか、黄緑色の髪に半裸にしか見えない服、そしてなんとも言えない色気と気品を漂わせた美人の女性が倒れているのを見つけた。
何かイベントでもやっていたのだろうか。
「はあ…レイヤーが酔い潰れて寝てんのか?…おい、起きろ。風邪引くから帰って寝ろ」
女性の頬をペシペシと叩きながら声を掛ける。
「…ん、あとちょっと…」
妙に艶めかしい声で二度寝をおねだりしてくる。思わず赤くなってしまう。
「おい、早く帰んなきゃ家族が心配するぞ」
「!!そう!そうだ!早く帰んないと!」
慌てて跳ね起きた。そんなに勢いよく起き上がられると…
ゴッ!
「「痛ー!」」
彼女の額が俺の鼻を直撃。悶絶する俺。
「いたた…。ごめんね、大丈夫?…って、人間!?」
「てめえ…頭突きして怪我させといて尚そのエルフっぽいコスプレの設定突き通すのかよ!」
こいつ、もしかしてマジで自分がエルフだと思ってるかなりヤバいタイプのやつじゃないか?関わったのは間違いだったか…
「はあ!?何言ってるかよくわからないけど私は正真正銘のエルフよ!」
「あーはいはいそうですか。じゃあエルフさん、転移魔法なりなんなりでどーぞお帰りください」
「言われなくてもそのつもりよ!……え?あれ?使えない!なんで!?」
ああ…こいつは重症だな…
「何よ!その憐れむような目は!いいわよ、私がエルフだって証明してあげるわよ!後悔しないことね!『ウィンドカッター』!」
重症者の手元に緑に輝く魔法陣が発生し――――
え?待って。魔法陣!?
「ちょっ、ちょっとタンマ!」
「そんなの知らないわ!喰らいなさい……え?」
魔法陣がいよいよ輝きを増し、やられる!とそう覚悟した時、霧散するように魔法陣が消え去り、彼女が前のめりに倒れてきた。
「え?…おっと」
咄嗟に受け止める。うっ、柔らかい感触が…。いや、これは不可抗力。下半身が反応してしまうのもまた不可抗力なのだ。
「…にしても…。どうすっかな、コレ…」
俺は、気を失ったエルフを抱え、コンビニの袋を持ったまま途方に暮れるのであった。
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