誰かの為に力を使う。それはつまり己が為である。
そんな予感はしていた、と言えばかなり嘘になるが、だが強制転移をさせられるであろうことを、ユーズはなんとなく予想していた。
「ててて、レーアにルーク、お前ら人使いが荒いにも程があるぞ」
大量の本――この休暇中に読み切るつもりで手近なところに置いていたものだ――も同時に転移され、その角で頭を打ったり、後は床にぶつけたりと散々な頭をさすりながら、ユーズはそんな愚痴を零す。
「自覚はある。直す気はねぇけどな」
「一番最悪じゃねぇか。……で? なんだ、何を俺にさせるつもりなんだ?」
暇だから呼び出した、というようなことはしないことをユーズは理解している。何かがあるから、呼び出したのだ。
「ちょっと観て貰おうと思ってな。お前も多分興味のある分野だと思うぜ。表題は、聖獣憑きの定着或いは剥離の方法」
「乗った」
「まぁ今日は夜遅いから明日ね。領主、レーア・ナーストリアの名において私は貴殿、ユーズ・レイラックを歓迎します」
貴族の古い風習。客人を迎え入れるという宣言。今どき、この儀礼を行う貴族は数少ない。元より、【センドライズ】が【センドライズ】になる前の頃の、現在における称号としてではなく本家本元の意味での貴族が居た頃の風習なのだ。とはいえ、そういった風習があったことは周知の事実であるし、それをしてはいけないという訳でもない。
今のように冗談交じりに、そんなことを洒落てするようなことも多々あるのだ。
「お、おう……。ダメだ、俺はそれ苦手だ。むず痒くて、なんか嫌だ」
「でしょうね。だからやったみたいなところあるし」
ユーズにおいては直近の実践練習において貴族になったばかりだ。そしてその手続きやら何やらで、他の貴族達のところへ行く機会もあった。
現在の貴族は、所謂国家を守ると制約した者達に与えられる報酬としての側面が強く、つまりは大抵の貴族が〈ライドリアの学舎〉の学徒或いはその関係者なのだ。だからルーキーであるユーズをからかう目的もあって、わざと仰々しくするなどのイタズラが行われていた。
そして、最も近しい間柄であるルークやレーアにユーズはそのことを愚痴ってもいた。
「性格悪いな、相変わらず」
「たかが数日で変わる訳がないでしょ」
翌日。
「ルゥ、一旦、力を抜け。こいつは事情を知ってる。表に出しても構わねぇから」
「……はい」
言われたままに、すっ、とルゥは目を閉じる。脱力し、そして制御していた聖獣の片鱗、それがルゥに顕現する。
狼の耳と尻尾、そして鋭い爪。犬歯は鋭く伸びて牙となっていた。
「触るぞ」
「やらしいことはしないでね?」
「誤解にも程がある発言だな!? まぁいいや、ともかく。悪いな、えっとルゥって言ったか。ちょっとだけ、その顕現した部分、触れるぞ」
「……はい」
びくっ、と怯えながらもルゥは触れられること自体には抵抗を見せない。
「感度は高いみたいだな。聖獣っつうのは超濃度の魔素で構築された知的存在だ。だから顕現している部分っつうのは物理的肉体っつう媒体を介さない分、感度が高くなる。この辺りは聖獣降ろしの記述通りだな。つまり、これは正しく聖獣降ろしが成功している、してしまっているってことだ。ただ肉体の変化がない、っつうことは器に対して聖獣の容量が大きかった、だから入る限界量まで入っている。その結果として、聖獣と憑依物の間で最もかけ離れている身体的特徴が顕現している訳だ」
「…………」
「ふむ、だけど、普通の人間に比べてお前は許容量が大きいみたいだな。身体全体に魔素が薄く、膜みたいに展開している。この形になるってことは、聖獣との親和性もそれなりに良いってことだな」
「あー、まぁそうだな。暴走状態の時は、俺達でも手が負えなかった」
「ただ爪や牙などに攻撃という面があるな。元来この聖獣が攻撃性の高い聖獣だったって訳だ。呼び出した奴は兵器流用かな、ただこの術式は【センドライズ】周辺地域のものじゃあねぇな。……いや、見たことがねぇ、独学の術式、か? いや、これ、は――」
ばっ、とユーズは飛び退き、ルゥをまじまじと見つめる。顔面蒼白といった様子で、少しばかり震えてすらいた。
「どうした?」
「これ、誰がやったんだ?」
「さぁな。ルゥは、俺の親父が連れてきたんだ。どこかで何か良からぬことを企んでいたらしい組織を潰した時に、な」
「…………。やっぱ世界ってのは広いな。こんな術式が既に完成していたなんてよ」
「悪い、ユーズ。分かるように言ってくれ」
「本来、憑依、神やら聖獣やらを下ろす術式ってのは、その肉体を器にして下ろすんだ。だけど、これは実は効率が非常に良くない。理由は分かるだろ?」
「肉体によってその許容量が違う。だから許容量の大きい人間を調達する必要がある」
「ああ。じゃあ、なんでそもそも許容量がそこまで異なると思う? 人間ってのはどれも同じはずなのによ」
「それは……えっと」
「そこに既に魂があるから、じゃねぇか?」
「そうだ。そして、その成長の仕方によって人間っつうのは魂の大きさが変わってくる。だからこれを解決するのは憑依術の命題なんだ。だけど、ルゥに施された術式は、その命題を解決している」
「というと?」
「魂と聖獣をそのまま合成させる。二つ合わさって許容量が違うなら、一つにしてしまえばいい。それはつまり魂一つ分、空くってことになるからな」
「…………は? だけど、そんなの」
「ああ、魂の質が違う。聖獣と人間含めた物理的存在は、魂の在り方が違う。合体させてしまえば、その優性の度合いからして聖獣に飲まれてしまう。一体どうやったのかは分からねぇが、それを解決しちまってる。――とりあえず、ルゥは他の誰かにその本質は見せない方がいい。こんなの格好の研究対象だ」
「……魂が合体しちまってる。……ってことは、これを治す術はないってことか?」
「まぁそうだな。無い。言ってしまえば、今、この現状では、この聖獣とルゥは同じ存在に定義されている。出そうと思えば、ルゥはそのまま聖獣の力を制限なく出すことができる。まぁ、今の肉体、魂の状況からしてそれをすれば、そのまま寿命を削ることになるけどな」
「あ、あの!」
「なんだ?」
「ルゥ?」
珍しい、と思う。ルゥは基本的に、ルークやレーア、スゥ相手以外に会話をしない。それは側仕えとしての当然でもあるが、それ以上にルゥは他人との会話を拒絶したがる傾向があった。それを破ってまで、とその場にいたユーズを除く全員が次の言葉を見守った。
「……その力を使いこなすことができれば、人を守ることが、できますか?」
「当然」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
「なぁ、レーア。アイツって好きな奴とかいたっけ?」
「ルーク、とりあえず後でしばくね」
「なんでだ!?」
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