抱えるものは皆多し。

 案の定というかなんというか。血塗れ泥塗れで帰ってきたレーアとルークを浴場へと叩き込み、体の汚れを洗い流す。

「痛みはないですか?」

「ですかー?」

「ないよ。ありがとうスゥ」

「いいえ、当然のことです」

「痛ぇって言ってんだろ!? ってかルゥ、お前傷口だけ執拗に洗うのやめろ!」

「いいえ、当然のことです」

「頭おかしいのか!?」

 わちゃわちゃと騒ぎながらの平和な時間だ。その時間をこの場にいる誰もがかけがえのないものと思っている。

 すっ、とスゥがレーアの耳元に顔を寄せる。

「レーア様、今日の戦績は?」

「私の全勝。だけどまぁ、お互い全力とはいえセーブしてるけどね。アレは使ってない。聞きたいのはそれでしょ?」

「…………」

「ありがとね。でも大丈夫だよ。ちゃんと使う時は考えてる。ここしばらくは多分使わない」

「…………」

「気にしないで、スゥは私の帰る場所を守ってほしいな。ここが、スゥとルゥの居場所があれば私はちゃんと生きて帰ろうと思えるからさ」

「かしこまりました」

「ありがと」

「なんの話してんだ?」

「なんでもない。乙女の会話に割り込まないでくださーい」

「ああ、へいへい。で、ルゥ、いい加減に落ち着け。

「へ?」

 ルークの言葉につられるように三人がルゥを見る。そしてルゥ自身も自らの頭上を見る。四人の視線の交点、ルゥの頭には狼の耳が。

「っ、ああ、ご、ごめんなさいルーク様ッ!!」

 さっと顔を青ざめさせ、ルゥは叫ぶ。ルークの背中には訓練ではなくたった今ついた傷によって血が流れていた。獣の爪で裂かれたようなそんな傷だ。

 そしてその傷口に丁度合いそうな獣の爪がルゥの手から生えていた。

「気にすんな。満月が近い。お前に本能が抑えきれないのも仕方ない」

「っ、ですが」

「気にすんなって言ってんだろ?」

 泣きそうなルゥの頭を、ルークは優しく撫でる。優しく、怒りなどないと分からせ、落ち着かせるように。それを理解してか、生えていた狼耳と爪はすっと消えていく。

「俺の傷はすぐに治る。知ってんだろ? だから幾らでも俺で失敗しろ。そしてお前が本気で守りたい相手に失敗しないようにしろ。それでいい」

「はい。もう二度とルーク様をこの爪で傷付けないようにします」

「話、聞いてたか?」

「勿論です」

「そうか」

 はぁとルークは溜息を吐き、笑う。


 夜。

「で、どうだ? ルゥのを解呪する方法は、分かったか?」

 呪い。狼の耳と爪。大昔に居た聖獣、その片鱗をルゥは植え付けられている。そしてそれは満月に呼応して、身体的特徴として顕現する。自覚のある今はどうにか制御しているが、自覚のなかった時は毎朝探しにいかなければならず大変だった。

「……いいえ。申し訳ありません」

「大丈夫よ。あの子の呪いは術者さえも想定していない奇跡。だから手掛かりなんてないに等しいもの」

 ルゥは、とある組織の被検体だった。ルークの父親がその組織を潰した時に拾ってきた子供だった。

「…………」

「それに、まぁ可愛い見た目だもの。ルークの背中にいくらでも傷ができたところで、その程度の被害で済むのなら全然問題ないしね」

 狼の耳と爪、きっと性癖のこじらせた人間なら首輪でも付けて、ペットのように扱うだろう。ルゥの従順さと快活さは、きっとその性癖の持ち主にはクるものがあるだろう。

「だな。あいつ自身は嫌がってるが、子犬みたいだしな」

「たまに思うけど、ルーク、本当にそういう壁はないのよね?」

「ねぇな。犬は好きだが、同じくらいに他の動物も好きだしな。人間はあんまり嫌いだが」

「はいはい。じゃあ、話を戻そう。で、今のは前提の確認よ、実はね、ちょっと可能性があるの」

「……と、言いますと」

「〈学舎〉でね、面白い人に出会ったの。知識欲の化け物みたいな人間でね、ちょっと前に呪術を教えたの。そしたら今は、変則的な呪術を幾つか編み出しちゃったんだよね。戦闘には使えないから誰にも言ってないんだけど、きっと彼なら糸口を見つけ出してくれるかもしれない」

「……その方は信頼できる方ですか」

「敵じゃあないよ。……私とルークの目的にもしかすれば最後まで付き合ってくれるかもしれない、そんな人だよ」

「…………」

「まぁ、逆に最後の最後で俺達の行く手を阻む奴かもしれねぇけどな」

 かかっ、とルークは笑う。

「まぁ、その辺はいいんだ。最後の最後にそうなるかもしれねぇけど、最後じゃあなければ大丈夫だ。きっといい仲間になれる。少なくともルゥを助けるのに邪魔にはならない」

「だけど、まぁ解呪っていう方法になるかは分からないけどね。その力を応用するかしれないし、俺やレーア、或いはアイツ自身に移すかもしれない。とにかく、ルゥを助けることには繋がる」

「…………。分かりました。一度その人に賭けてみましょう。それで、その人は今、どこに?」

 にや、とルークとレーアは笑う。

「今どこにいるかは分からねぇけど」

「今から五秒後に、ここに現れる」

 言葉と同時に、魔術が発動する。展開と同時に裂け目が現れ、そして大量の本と共にユーズが現れる。

「紹介しようか。こいつが、ユーズだ。俺とレーアの友人だ」

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