帰郷。ほんの少しばかりの休息日に休まない彼らと、彼らに仕える者達。

〈ライドリアの学舎〉にルーク達が学徒入りを果たして、初めての長期連休が訪れた。主に教師となっている者達の本業が忙しくなる時期に合わせてのもので、幾つかの課題――一年は簡単な座学と体力、能力の維持程度だが、二年、三年となるとノルマの追加となり地獄となる――を与えられた上で、完全な自由となる。

 半数程が寮でその期間を過ごし、もう半数は帰郷する。第一〈アインの部屋〉の代表組は、後者だ。

「お帰りなさいませレーア様、エンパイア家当主様」

「ただいま」

「失礼する。……別にそんなに畏まらなくてもいいよ、スゥ。それに、どうせ俺の家は消える。畏まるような相手でもないさ」

 スゥことレーアの世話係。露出の少ない侍女の制メイド服をきちんと身に纏った大人の女性だ。恭しく礼をするその所作は完璧だ。

 幼い頃には泥塗れになったレーアとルークの体を水魔法で洗い流したこともある、もう一人の親と言っても過言ではない女性だ。年齢不詳、最古の記憶のスゥと今のスゥは何も変わらない、そんな謎の侍女。確かレーアの母親に拾われた元奴隷、そんな経緯を持っていたはず。

 そして恐らくは――。と、ルークは思う。

「いえ、それでも今はエンパイア家のご当主様です。身を弁えるのはレーア様の品位を保つ為に必至です」

 お前の為ではなく、あくまでも主の為だ。言外の意味を受け取ってルークは「そうか」と苦笑いを漏らす。

 いつからかスゥはルークに対してそんな距離感を取るようになった。遥か昔、遠い昔の頃には地獄のような追いかけっこを繰り返し、尻を叩かれたことだってある。

「……まぁ、どうでもいいか。んじゃあ、夏季休暇の間、こっちでお邪魔させて貰うよ」

「はい。承りました。そうだろうと思いましてルゥをお呼び致しております」

「げっ、ルゥいるのかよ」

「呼びましたか、ルーク様!」

 ルークのルゥという言葉に反応し、ずさささという音と共に少年が現れる。右目に眼帯を着けた褐色肌の少年だ。何故かスゥと同じ侍女の制メイド服服を着ている。動きやすいように一部改造されている。それらは何かを勘違いしたルゥの独断専行なのだが、一部ではルークの趣味ではないかという疑惑が立っている。

「呼んでねぇ! 帰れ!」

「嫌です、帰りません!」

「主に従えな!?」

「嫌です。主の為に、主の命には従いません!」

「お前、矛盾してることに気付いてるか!?」

「はい!」

「頭おかしいのかお前は!」

「あはははっ、相変わらず面白いね、二人は」

「こっちは必死なんだよ! 助けてくれ」

「ルゥ、ストップ」

「はい! レーア様のお言葉なら」

「お前は誰の側仕えだ!?」

「だって最終的にはレーア様のモノになりますし」

「ったく、お前は相変わらず身も蓋もねぇな」

 溜息を吐きながらルゥを癖の悪い足で蹴飛ばし、視界から退ける。

「まぁいいや。ルゥ、荷物を全部、いつもの部屋に運んでおいてくれ」

「りょーかいです!」

「じゃ、スゥは私のものを」

「かしこまりました」

 そんな件が終わってスゥとルゥは屋敷の仕事を初めた。元々、ナーストレア家とエンパイア家には繋がりがあり侍女、側仕え達も面識がある。だから連携も上手く取れている。不安要素がどこにもないと安心しきっているルークとレーアは、ひとまず、と屋敷の裏手にある山へ向かい、そしていつもの如く戦闘訓練を開始した。

「ん~。なんだかんだ、久しぶりに本気で戦うね」

「ああ。それも今回はいつもの魔術を使えるからな、まさしく本気で戦える訳だ。最高だな」

 念入りに体をほぐし軽く魔素を体内に通しながら体内の調子を整えていく。

 〈学舎〉からルーク達二人の自領までかなり距離がある。ほとんど【センドライズ】の端から端を移動するようなもので、鉄道と馬車を使って数日といったところだ。その間は当然ながら思うように体を動かせず、簡単に言えば鈍っている。その状態っで下手に本気を出せば、何らかのミスが起こるだろう。

 状態の二人にとっての、その些細なミスはだ。

 数十分を掛けてほぐして、そして二人はようやく訓練を開始した。


 爆発に近い轟音が屋敷の遠くで響く。

「またやってますね、お二人は」

「ですねー」

 泥まみれ血塗れになって帰ってくるであろう二人の為に風呂と昼食の準備をテキパキと他の仕えのもの――と言ってもルゥとスゥを除けば料理人と見習いの者が二人だけだが――と連携しながら、二人はそんなことを漏らす。

「……スゥ、そんなに怯えなくともいいんだよ。ルーク様のことは、ちゃんと分かっているでしょ」

「…………。ええ、それは、……はい」

 ぎゅっ、と重ねた手を強く握る。

「あの方は、お優しいです。我々の為に多くのもの犠牲にしてくださったこともあります。それは承知しています」

「まぁ、でもがあったらね」

 あははは、と笑うルゥの笑顔は、自分もまた強がっているだけであると告げている。

「お二人もちゃんと分かってますし」

「…………。私はまだまだレーア様にとって不足ですね」

「それは多分、ないと思いますけれど」

 はは、あはは、と二人にしか分からない会話を続ける。その脳裏に過るのは、ルークとレーアの過去について。ドス黒い赤と黒と、悲鳴と誓いと契約と、そして悲惨な運命を確定させられた地獄のような一件だ。

 思い出しただけでぞっとするようなそれを、しかし内心に閉じ込め、二人は主の出迎えの為に精を出す。

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