零・五

【番外編】二 零から一へ繋がる閑話

 戦いというのは精神的に優位な方が勝つ。精神的な余裕は取れる選択肢の量が増え、また相手の行動を読む為の猶予が与えられるということだからだ。

 そしてその精神的優位は、戦闘経験の量と自己評価の高さに比例する。ただ、残念なことにこの世界において戦うというのは生き残るか死ぬかの二択であることが大体だ。それ故に生き残っている者は大抵強いし、死んだ者は弱い。それ以前の戦わない者はもっと弱い。それがこの世界の当たり前。

 〈ライドリアの学舎まなびや〉はその例外にあたる。死を無かったことにする魔術による本気の殺し合いによる戦闘経験は、前述の当たり前を覆す。故に、例え非戦闘班の中の最弱であったとしてもそこらのチンピラだったら一歩も動かず、デコピンだけで倒せてしまうし、それが普通だ。

 普通の世界において〈ライドリアの学舎〉の人間は強いし、戦闘班であれば更に強くその他であればその班特有の技能が身に付く。

 だが、それは同時に平和や日常、安定といった言葉からかけ離れた世界に身を置くことを意味している。


「……リーツ様、これでもう二十人目、ですね」

 学長、リーツ・ターレットとその従者セイントーラン。そして学長室を、そして〈ライドリアの学舎〉を去った元学徒の少女。静かな空気感の中で、扉が小さな音を立てて閉まった。

「そうですね、ええ、ですが彼女にとっては新しい門出です。その道に平和があらんことを願うのが私の役目です」

「…………。はい」

 また一人、学徒が学舎を去った。今年度は、少しだけそれが多い。

 理由は、〈アインの部屋〉の代表組が、何者かによって惨殺されてしまった一件だろう。あれは大衆の目の中で行われた惨劇だった。

 警告の意味もあったのだろう。実力の誇示という一面もあったのだろう。そして【ヴァリアン帝国】の皇女、ハンナ達への見せしめだ。

 と、いう精神的な追い詰めをする為の行為。

 しかし、それすらもリーツは。だからあの代表組をあの任務に当たらせたし、殺されるであろうことも推測してやり直しの魔術を掛けておいた。

 彼らなら殺されたところで対して気にしないだろうと。

「元々、多めに人は取っているのです。そして、この環境に合わない人がいるのも普通です。逆に言えばここに残る人間は普通じゃない。私達の目的は異常で常軌を逸していて、尚且狂っている」

「そう言えば、第一〈アインの部屋〉の代表組に我々の真実を告げて良かったのですか? あれは第三位の機密情報だったのでは」

「大丈夫ですよ。あの代表組は恐らく近い内に気付いていました。気付かれるくらいなら、こちらからバラした方が信頼度は高まります」

「……なっ」

「元々、ここが唯の軍属の学舎ではないことくらい、調べ尽くしていましたよ、彼らは。その上で、強さを求めて学徒入りをした。ならば彼らにはここに残って貰う理由を用意してあげたのです。ここにいれば、私達と共にいれば、、とね」

「…………」

「彼らにとっては願ってもないでしょう。彼らは神の思惑によって生まれた、その末裔達です。ならば自らの運命の責任をきっと神に求めるはず。その場を、私達は提供できる。どちらにとっても利益のある話です。まぁ、それに気づくのは相当先でしょうけれどね」

 ふふふ、とリーツは笑う。ただ、ただ、不敵に。


 さて、そんな話をされているとは露知らず、ルーク、レーア、ユーズの三人は、変わらずシーサックを殺す為にいつもの森の中で必死になっていた。


 レーアの突貫が躱される。だがそれは想定済みで躱した先にユーズの拳を叩き込む。だが腕の軸を指叩かれ、それだけで軌道を逸らされてしまう。

 結果、二人に大きな隙ができる。だがそれも想定済み。

「『飛べFlay』、『飛べFlay』」

 任意の物体を飛ばす[跳躍]の魔術を二弾掛け。ルークによって真上に二人は跳躍し、シーサックからの追撃を回避する――だが。

「甘い。真上じゃなく、斜め後ろと、斜め前にするべきだったな」

 レーアとユーズの足首を掴み、そしてそのまま地面に叩きつける。ルークの[跳躍]が地面を跳ねさせることで二人を飛ばしやすくする、そういった補助の魔術だった。

 それは地面を一時的に歪ませる魔術だ。地面はたわみ、柔らかいはずの地面は瞬間的に硬くなっている。その変質をシーサックは逃さない。その角に二人の頭を叩きつけ、頭を、脳髄を確実に粉砕した。

 結果、二人は死亡。死を取り消す魔術によって二人の肉体は消滅し、転送される。

「さて、やるか?」

 シーサックの見据えた先。森の茂みの先、確実に視線の先は切っているはずだが、それでも見つけられていることはハッキリと分かる。

「ああ、もちろん。ここで諦めちゃ、実戦じゃ無駄死にだからなァっ!!」

 叫びながら突撃する。だが、それと同時に強風が起こり、一瞬だけ視線をシーサックから外した。

 簡単な技術、体内に宿る魔素を瞬間的に放出することで空気を飛ばしただけ。だがそれによって視線を切らさせた、それが致命的だった。

「っ」

 殺気は後ろだった。とっさに振り向く。だがそこにシーサックはいない。

「殺気の制御ってのは、こういうこともできるんだぜ」

 ルークの後頭部にずぶり、とシーサックの指がえぐりこむ。

「か、はっ」

 脳の破壊。そして死。当時に意識が消え、瞬間的に違う場所へ転送されていた。

 意識を取り戻しそして叫んだのは、数秒前にレーアとユーズが叫んだと同じ言葉。

「クッソォォォっ!!」

「ははっ、甘いなぁお前らは。後三手先くらいは読まねぇとなぁ? 俺とお前らじゃあ実力が違いすぎるんだからよ」

「「「うるせぇ!!」」」

 そうして、彼らの日常は過ぎ去っていく。

 

 これはまだ、始まりの前の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る