第十話 始まりの章の終わり
生まれてから何度目になるか分からないくらいの大敗北を喫した、ルーク・エンパイアとレーア・ナーストリア、そしてユーズ・レイラック。
その後の彼らは変わった。
研ぎ澄まされた、と言った方が正確だろうか。実践訓練では他の誰よりも上を狙い、座学においては新しい道を発見しようと躍起になる。
他の誰よりも優秀という面では初めからそうだったが、しかしその中でも更に質を高め、異質さを増していた。
だが、それを傍目から見れば単純な一言で纏められる。
「何を焦ってんだ、お前らは」
一切の攻撃を受けず、完璧に三人を殺し切った後にルーク達の担任であるシーサック・コーズは言う。
「焦る、か」
バッサリと切り捨てられたその言葉に、ユーズは苦笑いを漏らす。
「確かにお前らの戦い方は変わった。あの日から比べりゃ、容赦はねぇし、見違えるくらいに昇華されてるぜ? だが、そんなに性急にやっちまうから、頭と体に齟齬が生まれてる。結果、それまでに比べりゃお前らは弱くなってる」
あの日、とは当然ながら何者かに殺されたあの日のことだ。同じ〈アインの部屋〉の仲間、アネット、リンドウ、カイラの体を操り、一切の抵抗を許さずに三人をバラバラに刻んだ何者か。
大方の予想はついている。【ヴァリアン帝国】陣営のモノであり、【センドライズ】に逃げてきた皇族、ハンナ達と敵対する者達。そしてもっと単純に、今の三人よりも圧倒的、絶対的に強い相手。
そんな相手が存在している。そして、少なくともこちらに殺意を向けている。
「何度も言っとくが、【ヴァリアン】の皇女達はお前らよりも強い奴らが護衛として就いているし、こちら側で手は尽くしている。完全に向こうに協力する形でな。そして、そこにお前らの入る余地は一つもねぇ、足手纏いにもならねぇ。これはリーツ・ターレット学長からの命令だ、あの一件に関わるな」
「分かってるわよ。でも、それでも私達は強くなりたいの」
「知っている。お前らは根っからの戦士だ。戦う場所にしか生きられない。だから戦う場所を求める。しかもバカみたいに自分が死ぬ可能性のある場所ばかりをな。……だから言っている、焦るな、と」
「…………」
珍しい、と三人は思う。シーサックに真面目な感情のようなものを受け取った。
シーサックはものぐさで、その癖バカみたいに強く、そして適当な人間だ。授業は平気でサボって自習にするし、ふと実技中に気が付けば眠りこけている――その隙を狙って攻撃しても無意識の反射で殺されてしまうのだが――し。そんな彼のいつもとは違う態度が、少しだけ気になった。
「ま、焦るなって言って焦らなくなるやつなんていねぇけどな。それでも言っとくぞ、焦るな。お前らの戦場は、まぁそのうちにやってくる。喜ばしいことにこの世界は全然、平和じゃねぇからな」
「そこは残念ながら、じゃなくて?」
「嬉しいだろ? 戦士さんよ」
数日後、実技も終わり、全員がくたくたになって寮へとなだれ込む時間帯。そうなってから三人には新たな習慣ができていた。正確に言えば、三人とそしてもう三人だが。
追加の三人は、アネット、リンドウ、そしてカイラだ。
と言っても、別に生臭い戦いをする訳ではない。戦闘訓練やら戦術の講義でもない。「そんなものは俺から吸収できるもの全てを吸収してからにしろ」、とシーサックに言われている為だ。やることは要するには、買い食い、だ。
〈ライドリアの学舎〉は言ってしまえば一つの街でもある。本校舎から一キロ離れてしまえば普通の街がどでんと存在している。そこには甘味屋もあり、校舎内の食堂とは違った品々を楽しめる。
「……美味ぇ」
ぼそり、と呟いて、ルークはもう一口頬張る。その隣では別のケーキを食べて足をジタバタとさせて美味しさを表現しているレーア。更にその隣で、ほぉと唸るユーズ。
「でしょでしょ?」
そんな珍しい態度の三人を対面で見ながら笑うアネット達。
組み合わせとしては意外なものだが、流れとしては不自然でもない。
ことの始まりは、アネット達が謝罪に来たところから始まる。焦るなとシーサックに言われたその日に、意を決したようにアネット達が三人の元にやってきた。内容は言うまでもなく、殺してしまったことへの謝罪。とはいえ、単純に操られていただけのこと、アネット達に罪はなくルーク達からすれば、自分が弱かっただけのこと。逆に殺させてしまったことをルーク達が謝罪した。
そこで噛み合わず、なんだかんだと互いに謝罪を受け取ってもらう為の口論に発展。その結果、トンチンカンな方向へと話が進み、現在に至る。互いに価値観がズレている者同士特有の謎結論に落ち着いた。
結論から言えば、単純にルーク達は戦いなど血生臭いことにおいてはずば抜けて優秀だが、それ以外のことはからきし。そしてアネット達は戦いはそこまでだが、その他は意外と優秀。だから互いに補い合おう、という話になった。
ある意味でストイックに寮から校舎へ行き、座学と実技を受けて、寮に戻り互いに自習や鍛錬を続ける。といった日々を繰り返していた三人にとっては、買い食いや休日に遊ぶなどという概念は衝撃的なものだった。
そして、そういった類のことがどうやら体には物凄く良い――精神的な疲労緩和と肉体的な超回復によるものだ――ことを実感していた。程良き休息、そしてそこで入手できる新たな景色。それらは着実にルーク達の価値観や概念を変えていった。
そして、それから――。
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