第九話 彼らは改めて覚悟を決める。世界を敵にする覚悟を。

「ああ、そうだ皆さん。

「……?」

「まさか……」

 ユーズのみが違和感に気付く。だが同時に首を振り、あり得ないと思う。


 寮までの帰路に就きながらルークとレーアは黙考を続ける。

「やっぱり俺達が見ていた世界は狭かった」

「まぁ、そりゃ世界を相手にしてる人と、個人を相手にしている人じゃあ、その視野は違うよ。在り方、有り様の問題だよ。私達だって世界を相手にするなら、同じくらいの視野を持つようになる」

「ああ、だから言ってんだよ。俺達は世界を相手にしていなかった。そのことを今、正しく自覚した。だから……、って、なんだ?」

 視界の奥に人の視線を感じた。アネット、リンドウ、カイラの三人だ。

「た、助けてッ!!」

 悲鳴だ。言葉とは異なり動きには迷いがない。迷いなくこちらを殺しに来ていた。

「身体が勝手に!」

 手に持っているのは鋭利なナイフ。アネット、リンドウ、カイラの三人が不得手のはずの武器。しかし、その身のこなしは明らかに達人の域に達していた。

 一人一人、あきらかに誰かに操られている。

「乗っ取りかよ。しかも、かなりの精度だッ!」

 ギリギリで躱そうとするが、それにアネット達は追従する。ルークの右目、レーアの左腕、ユーズの右足を切り取った。

「がっ」

「ぐっ」

「チィッ!!」

 一瞬だ。まるで見世物のような解体ショーが、惨劇が繰り広げられた。一閃だけでその腕、足、などを切り裂く。その全てに対して並の騎士や戦士などよりも格段に強いはずの三人が、一切の抵抗すらできずに惨殺された。致命傷を避け、徹底的に痛みを与えてから殺す最悪の殺人術。【ヴァリアン帝国】の中で最高位の処刑人だけが有する技術。それを三人が知ることはない――。


 轟音。


 爆発し、そして縄のような何かが生まれアネット達を捕らえた。

「ガッ!?」

 意識の覚醒と同時に襲ってくる激痛と衝撃。のたうち回り、転がり、それを数時間続けて、ようやく冷静になれた。

「痛ぇよ、レーア」

「こっちのセリフよ、ルーク」

「いや、お前ら二人共だからな……?」

 のたうち回る内に、一体どうやったらそうなるのだという複雑な絡まり方を三人はしていた。

 場所は自分達の寮の中。確実に死んだはず。だが生きている。

「……ああ、そうか。[死還]か」

 訓練の間に行使されている魔術。死を術発動中一度だけ無かったことにし、別の場所に還す魔術だ。

「くそっ、助かった……。いつの間にか魔術を掛けられてた訳か」

「多分、あの時だ。去る時に変な言葉掛けられたろ、学長に。あれが多分[死還]の魔術の呪文だ」

「は? だけどアレは構文じゃなかったじゃん。言霊って訳でもないし。あれはどう考えても普通の言葉だった」

「……違う。あれは最低限、最小効率の詠唱だ。お前らが教えてくれたように魔術ってのは詠唱っていう型に魔力を載せる必要がある。でも、それってつまり型が最初からあれば魔素を使うだけで魔術が使えるってことだろ」

「いや、そうだけど。無理だ。俺もやったことがあるが、無理だ」

「ああ、知ってる。俺もやってみたができなかった。だけど、あの言葉には僅かだけど魔素が乗ってた。どういう練度かは分からねぇが、それをやったんだ。学長は」

「……マジか」

「マジだ。それ以外はあり得ない。実習中に掛けられていた魔術とは出来が違う。だから直近、少なくとも一時間以内でないと効果がない」

「…………」

「…………」

「どうした?」

 くぅ、とルークはうめき声を漏らし、そして――。

「なんだよ、なんだよそれ、最高だなッ!!」

 切り取られてしまった四肢をじたばたと暴れさせ、ルークは身体で喜びを表す。その隣でレーアもまた同じように暴れている。

「ああ、全員、全員ぶっ飛ばして、後悔させてやる。俺達は最強になる。それが俺とレーアの契りだ。なぁ、ユーズ、お前も同じ契りを交わさないか?」

 純粋な瞳。誰よりも強く、誰よりも修羅場を乗り越えていったであろうルークとレーアのその目を見て、ユーズは思う。

 純粋な劣等感。彼らは強い。その理由がこの純粋さだろう。

「ああ、分かった。俺がお前らの勝つところを見届けてやるよ」

「頼むぜ」

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