第八話 〈ライドリアの学舎〉
「――つまり、【ヴァリアン帝国】の後継者争いに負けた皇女様が野盗共の脱走に紛れ込んでいた。それを知った上で【ヴァリアン帝国】は【センドライズ】側に対処の依頼を出し、【センドライズ】側はその全てを承知した上で、借りを作る為にあえて何も伝えなかった。んでもって〈ライドリアの学舎〉はそれすらも全て把握した上で俺達、第一学年――〈アインの部屋〉の代表を試す為に何も伝えずに依頼を出したってことだな?」
「さぁどうでしょうね」
詰め寄るルーク・エンパイアに、学長のリーツ・ターレットは表情すらも変えない。本来、生徒は立ち入り禁止の学長室。レーア、ユーズは扉の前に立ち、二人の行く末を待っていた。
ルークにとってリーツは強さの象徴のような存在だった。彼女の強さを知っているルークからすれば憧れだ。だが、それでも、それ以上に怒りの方が勝っていた。
「所詮、私達は国直下の軍隊育成機関ですからね。上の思惑など関係なく、命令が来れば従わざるを得ません。情報開示に関しても同じです。私達は要求する権利はありますが、それを受けるか断るかは軍次第です」
「それは、形式だけの話だ。その軍に、〈ライドリアの学舎〉は各国と戦争中だった頃――三十年以上前からずっと一定量の軍人を送り出してきた」
「当たり前でしょう。そういう機関なのですから」
「つまり、今の幹部にだって〈ライドリアの学舎〉だった人間が多くいるはずだ。なら、実際の立場はこっちの方が上なんじゃあねぇのか?」
「…………。全く、貴方のような頭の回る人間が、どうしてこの〈学舎〉には多いのでしょうね。いや、そういう人間を探しているというのも事実ではありますが」
「……認める、ってことか?」
ふふっ、とリーツは笑った。学徒入りの日に見せた笑みと同じような笑み。――同時に周囲の空気が震えた。
「……[雑乱]だ」
ぼそり、とユーズが漏らす。空気が震えたのではなく、空気中にある魔素を震わせたのだ。魔素が乱れれば魔力を用いたものは正しく機能しなくなる。
「よくぞ見抜きましたね、ユーズ・レイラック。私が色々と曰く付きなのはご存知でしょう? ですから、私には熱心な想い人が沢山いるのですよ。とはいえ、たまには息抜きなども良いかもしれないと思いましてね」
「さっきまでは体裁があったから、監視者の目があったからはぐらかしていた訳か」
「その通りです。さて、では本題ですが、――ええ、全て承知の上で行いました。それが何か?」
「……。潔さってのは、総じて良いことだと俺は思わねぇんだよ。もしも俺達が気付かなかった場合、一人の皇族が死んでいた可能性だってある」
「そうですね。あなたがその手で殺めていた可能性だってあります」
「全て、俺達を試す為だけに」
「ええ、そうです。貴方達にどれだけの素質があるのか、測る為に全てを利用しました」
「……ッ」
無慈悲。人の命を何とも思っていない。そんな風にルークは受け取った。だが、ならばどうして目の前の、その冷徹な女はこんなにも慈悲深い表情をしているのか。
「――そして貴方達は私達の期待を越えてくれた。もしもそのまま彼女、ハンナ・ヴァリアンが死んでいれば、近々この国は【ヴァリアン帝国】と戦争をすることになっていたでしょう」
「なッ!?」
「貴方達ならばきっとこの依頼の違和感に気づくであろうことは分かっていました。ですがその先は? 真相にまで辿り着くことができるのか。そういった資質を試しました。この国の何万もの命と天秤に掛けて。そして貴方達は、期待を越え、何万もの命を無為に捨てることなく、そして【ヴァリアン帝国】にも多くの犠牲を支払わせることなくあの国の問題を解決できる選択肢を齎した。これは第一〈アインの部屋〉がこの学舎、国、そして世界に齎した大いなる成果です」
「……世界、だ?」
ある種の倫理観が飛んでいるだとか、自分達を試す為だけに戦争というリスクを背負わせたことだとか、そういった問題点もあるが、しかしそれ以上に、ルークはその言葉が気になった。
「……おや? どうしてこの学舎が、世界を創り直した女神、〈ライドリア〉の名を冠し、そして貴方に、彼女の真名〈アイン〉の名を付与しているのか、貴方は未だ気付いていないのですか?」
「……おいおい、ふざけんなよ」
神の名を冠する学舎。世界に利益を齎す。そして今現状で、皇族の人間を匿っている事実。戦争が起こらないとすれば、次に起こるのは裏の戦争――つまりは政治ということでもある。
そういった複数のことを鑑みて、ルークは嫌な結論を見出す。それはルークだけではなく、黙りこくり、様子を見ていたレーアもユーズもだった。
嫌な汗を流しながら、呟く。
「世界を丸ごと管理する。その為の、機関」
リーツが学徒入りの日に言っていた言葉がる。
この学舎の人間は皆、総じて家族だ、と。
それは例え、この国を離脱――つまり、裏切っても。だが、その裏切りは果たして本当に裏切ったのか。
「そうだ。軍の思惑を見抜いていたのは、軍にこの学舎の人間が多いから。……じゃあ、どうして軍は【ヴァリアン帝国】の思惑を知っていた? 既に【ヴァリアン帝国】にも間者が。……いや、【ヴァリアン帝国】だけじゃなくて、全世界に……!」
「……さぁ、どうでしょうね?」
リーツは微笑む。[雑乱]の効果が消えてしまったのだ。ここから先、リーツは真実を口にしない。
「…………。分かりました。リーツ様、ではこれにて失礼します」
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