第六話 敵情視察。だが、それだけでは終わらずに。

 【センドライズ】は世界唯一の大陸、アーク大陸の南西側にある。大陸の三割を占めており、つまりはかなりの大国である。しかも【センドライズ】は豊かな自然に囲まれている。巨大な領地に恵まれた環境。あらゆることにおいて【センドライズ】は他の国よりも一歩抜きん出ている。

 その隣、大陸の南東側にある【ヴァリアン帝国】は、しかしその様相が全く異なる。その土地では魔術と魔法を駆使しなければ作物は育たず、周辺は荒野ばかり。その荒野にだって巨大な竜巻が度々起こり、あらゆる人工物を破壊せんとする。そんな過酷な地域の、かろうじてまだマシなところに【ヴァリアン帝国】は存在している。

 具体的な国境線といったものもまた竜巻が破壊する為に存在しないが、それでも何となくの境界線はハッキリと区別できる。神の加護だなんていう伝承が残るくらいに、荒野と森はクッキリと別れているのだ。豊かな草花の生えた土地から、一歩そこを出れば不毛の大地になり、砂埃と乾燥した空気がこちらを蝕まんとする。

 此度、ルーク達が受けた野盗の対処依頼は【センドライズ】側、つまりは森に近いところにある小さな村にあった。既に滅び、壊滅しているのだが。

 何故こんな辺境に村があるのか、と言えばそれは単純に人の気質の問題だ。どんな場所、どんな地域、どんな世界であれど人である以上、そこには個人差というものが存在する。集団でいることに安堵を覚えるモノもいれば、一人であることに安堵するモノもいる。この村の人々は後者だった。

 とはいえ、社会構築型の動物であり、かつ一体では基本的に脆弱な人間はそれでも最低限の社会を作った。他から干渉されないような、そういう村を。


「だからこそ、あまり人のこない僻地に村を作った訳だが……、そりゃ予期せぬ襲撃者には弱いよなぁ。この辺は安全過ぎる、そこに敵意を持った人間なんぞ現れたら一撃、か」

 [遠見]の魔術を用いて偵察しながら、ルーク・エンパイアは苦々しく呟く。数キロ離れた森の中で身を隠しながら三人は周辺を観察している。

 果たして彼らに非はあったのだろうか。何も罪も咎もなく、ただ蹂躙されたのだとしたら、果たしてそれに何の意味があるのだろうか。

「死、ってのはもっと大事なもんだろうがよ。なんで、それをこんな簡単に」

 崩れ、潰れ、未だ尚火の上がり続けている家屋に、死体がまるで装飾のように突き刺さっている。普通、人はそんな風に家には突き刺さらない。明らかに殺す為の魔術を使った者がいるのだ。

「ルークいた。どうする?」

 静かにレーア・ナーストリアが指差したのは周囲よりも一回り大きな家だ。あの家だけが原型を保ち、存在している。雨風を凌ぎ、また野生動物や魔物――強大な魔素を接触したことでその生態に大きな変化を起こした生物のことだ――から身を隠せるのは、あの場所しかない。

「今回は偵察だ。明日、本番。とりあえず、そうだなユーズ、[索敵]、頼めるか?」

「分かった」

 [索敵]の魔術。対象の条件を絞り込むことで、その周囲に該当者がどれだけいるのかを絞り込む魔術だ。今回で言えば、範囲二十キロ、殺人者、【ヴァリアン帝国】に足を踏み入れたことのある者、そして、だ。条件を複雑かつ適切に重ね合わせることで正確に相手を見つけ出す。

「周辺にいるのは、合計で五十……? いや、七十か」

「そんなに? あの家に全員がいる訳じゃあないでしょ」

 大きい家と言っても、【センドライズ】内で言えばかなり有り触れた大きさの家だ。七十人も入ってしまえばそれで圧死してしまう。

「多分、班を組んでんだろう。朝、昼、夜と交代で厳重に見回りをしてるとか、食料調達とかだな。幸い森は食糧が豊富だ。こんだけいてもしばらくは持つ。まぁ、この森を取り尽くした時が多分、奴らが動く時だろう」

「……なんか、そういう民族みたいだね。羊とかは飼ってなさそうだから遊牧民じゃあなさそうだけど」

「どちらかと言えば、雇われ部隊とかだな。食糧と寝床を一時的に貰う変わりに、その場所を護衛する。一応、大国から離れた辺境の地とかだとそういう奴らも結構いるらしいな。一回くらいは相まみえてみたいと思っていたが、それが……こんな奴らだったとするなら御免こうむるな」

「……そうね」

「地理状況も把握した。敵の戦力も把握した。とりあえず一旦戻ろうぜ、次来る時は制圧する時だ」

「……いや、待て。[索敵]に引っかかった奴らが数人、近くにいる。多分、こちらに気付いてる」

「何? ……ッ! チッ、[魔術検知]か。分かった、とりあえずそいつらを捕まえよう」

 魔術は基本的に人が使うものだ。故に魔術を使った痕跡――魔素の励起反応、活性化状態などを監視することで魔術を使った者と場所を検出する。それが[魔術検知]だ。

「じゃあ、先生を倒したときと同じ感じで行くか」

「そうね。でも殺さないように加減してね。捕まえる方が何倍も難しいのよ?」

「分かってるよ。レーア、ユーズ、目を閉じてろ。『見よ、見せろ、見ろ。我が瞳は汝の瞳。汝の瞳は我の瞳My eye is you have,and your eye is we have』」

 唱えたのは[視覚共有]の魔術。名前その通りに、三人は他の二人の視覚を共有する。当然、脳の処理は何倍にも跳ね上がるが言葉を介さずに互いの息を合わせることもできる。理屈として、理想としてその戦法を考える者はいるが、しかしあまりにもそれは実用的ではない。脳の処理の数倍以上に跳ね上がり、戦闘の技量が格段に落ちるからだ。

 だが、三人はその処理に。だから安易に三人は[視覚共有]をする。

 元々、ルークとレーアは[視覚共有]を頻繁にしていたこともあり慣れ切っているし、そんな二人に付いていく形でゆっくりとユーズも慣れてきている。

「ッ……。やっぱ、最初は違和感覚えるな」

「そう?」

「ま、もうじき慣れるさ」

 「それじゃあ、一斉にだ。いいな?」

「ああ」

 三人はそれぞれ別方向にいる敵の存在を気取り、――つまり複数人を同時に気取った。

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